東京高等裁判所 昭和49年(ネ)935号 判決 1979年11月19日
控訴人 甲野太郎
右訴訟代理人弁護士 津田騰三
同 河原崎弘
被控訴人 乙山一郎
右訴訟代理人弁護士 村井藤十郎
同 柘植欧外
同 佐治良三
同 太田耕治
主文
本件控訴を棄却する。
控訴人の当審で拡張した請求を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人らは、「一、原判決を取り消す。二、被控訴人は控訴人に対し、金八四〇万円及びこれに対する昭和五三年一〇月一七日より完済まで、年五分の割合による金員を支払え。三、被控訴人は、日本弁護士連合会が本判決の確定直後に発行する「自由と正義」の誌上に、原判決添付「謝罪広告」の文案の謝罪広告を、表題は三号活字、本文は四号活字をそれぞれ用いて一回掲載せよ。四、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに右第二項につき仮執行の宣言を求め(但し、金八四〇万円のうち金二九〇万円及び金八四〇万円に対する年五分の割合による金員の支払いを求める部分は、当審で拡張した請求である。)、被控訴代理人らは、控訴棄却及び当審で拡張した請求棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、次のとおり付加訂正するほか、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。
一 原判決五丁裏五行目の末尾につづけて次のように加える。
「被控訴人が丙川理事長の辞表を代筆したのも、便宜的措置として、関係者一同の同意を得てしたものであって、これにより何人にも損害を与えていない。」
二 同六丁裏二行目の末尾につづけて次のように加える。
「右各訴訟が行われていた頃、控訴人は○○大学の教授、理事又は理事長の地位にあり、これらの訴訟の実質上の当事者であったところ、たまたま弁護士の資格を有していたので訴訟代理人となったにすぎず、従って弁護士法違反の問題は生じない。」
三 同七丁裏八行目の次に行を改めて次のように挿入する。
「(三) 本件懲戒申立てについては、昭和四〇年一一月一九日、第一東京弁護士会により懲戒委員会の審査を求めない旨の決定がなされたのみならず、昭和五〇年六月一七日、日本弁護士連合会により、右決定に対する被控訴人の異議申出を棄却する旨の裁決がなされており、本件懲戒申立ては理由がないことが明らかとなったにもかかわらず、被控訴人は本訴において従前の主張をくり返しているのであり、被控訴人に故意、過失のあることは明白である。」
四 同八丁表二行目の「精神的苦痛を被ったが」から次行末尾の「相当である。」までを「多大の損害を被ったので、被控訴人は控訴人に対しその賠償をすべき義務がある。」と改める。
五 同九丁表四行目の「精神的苦痛を被ったが」から次行末尾の「相当である。」までを「精神的苦痛を被ったので、被控訴人は控訴人に対し慰謝料を支払うべき義務がある。」と改める。
六 同九丁表七行目の「慰謝料合計金五五〇万円」を「金八四〇万円及び右金員に対する本件不法行為の後である昭和五三年一〇月一七日より完済まで年五分の割合による遅延損害金」と改め、同一〇行目末尾の「求める。」の次に「右金八四〇万円の内訳は次のとおりである。」を加え、右一〇行目の次に行を改めて次のように挿入する。
「(一) 弁護士報酬金一四〇万円
本訴勝訴の際は、原審訴訟代理人弁護士津田騰三に金五〇万円、同辻畑泰輔に金二五万円、当審訴訟代理人弁護士河原崎弘に勝訴額の一割(五五万円の見込み)を支払う旨の約束があり、同加藤一昶には金一〇万円を支払った。
(二) 控訴人の時間的浪費による損害金六〇〇万円
本件懲戒申立てに対する防禦、本件訴訟追行に要した時間は三〇〇時間を下らない。(本件原審の口頭弁論は四八回、当審のそれは一六回、懲戒申立て応答八回、計七二回で、各回少なくとも五時間を要する。)控訴人は、一時間当たり少なくとも金二万円の報酬を失なった。(控訴人の年収は約金三、〇〇〇万円であり、稼働時間を年一、二〇〇時間とすると、一時間当たり金二万五、〇〇〇円となる。)従って、時間的浪費による損害は金六〇〇万円となる。
本件懲戒申立に関する時間的浪費による損害賠償請求権が時効により消滅している旨の被控訴人の主張は争う。控訴人は本訴提起時から右損害を請求しているものである。
(三) 慰謝料金一〇〇万円
理由なき懲戒申立て、その事由の新聞への掲載により控訴人の名誉が侵害されたことに対する慰謝料の額は、金一〇〇万円を下ることはない。」
七 同一〇丁表五行目の「なお、」の次に「本件懲戒申立の事由(一)につき、控訴人はやむを得ぬ措置であった旨主張しているが、控訴人らとしてはこの様な場合、理事会を招集して同理事長を解任するか、その他法律上の緊急措置をとるべきであった。同理事長の自発的意思にもとづかずに、控訴人は勝手に辞表を作成したのであるから、これが文書偽造であることは明らかである。」を加える。
八 同一〇丁裏二行目「第三項」を「第三号」と改める。
九 同一一丁表三行目の末尾につづけて次のように加える。
「控訴人は自ら各訴訟の実質上の当事者であった旨主張するが、登記簿によれば、控訴人が理事になったのは昭和三三年一二月一日、理事長になったのは同三五年二月一四日であるから、それ以前の訴訟に関する控訴人の地位は、訴訟代理人そのものである。」
十 同一三丁表一行目の次に行を改めて次のように挿入する。
「控訴人主張の弁護士報酬については、その主張の報酬契約の存在は不知。仮りに契約があったとしても、原審では控訴人が敗訴しているから、その代理人に報酬請求権はなく、又控訴審での訴訟の追行は、主として控訴人本人によりなされているから、勝訴額の一割の報酬額は過大である。弁護士費用は、我が国の法制上本人訴訟が認められているので、必ずしも不法行為による損害にはならない。時間的浪費による損害の主張は争う。仮りに本件懲戒申立てに関して時間を浪費したとしても、右申立て事件は昭和五〇年六月一七日の日本弁護士連合会による裁決により確定しており、控訴人の本件追加請求は、右の日から三年を経過した後になされたものであるから、消滅時効を援用する。本訴追行に要した時間的浪費も、不法行為に伴う当然の損害とはいえない。」
理由
一 本件懲戒申立てについて
原判決記載請求原因3の事実は当事者間に争いがない。控訴人は、本件懲戒申立ての各事由がいずれも虚偽の事実であると主張するので、まずこの点につき判断する。
1 辞表の偽造等について
昭和三五年二月頃、控訴人らが、当時○○大学の理事長であった丙川春夫の辞表をその意思に基づかないで作成したことは当事者間に争いがない。
《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。昭和三五年二月頃、○○大学の理事長であった丙川春夫が脳溢血で倒れ、執務できなくなったため、控訴人及び月山次郎らの理事は、新理事長を選ぶため理事会を開くことにし、右丙川の意思に基づかないで同人名義の理事会招集通知を発送し、同月一四日これを開催したが、同理事会には、右月山、控訴人らの派に反対する理事は出席しなかった。同理事会では、便宜上丙川理事長が辞表を提出したことにし(但し、同議事録には、理事長月山次郎が辞任した趣旨の記載となっている。)新理事長に控訴人を選任し、その頃控訴人は右丙川の意思に基づかないで、有り合わせの印を使い、理事長を辞任する旨の右丙川の辞表を作成した。右辞表偽造の事実は、その頃○○大学内に噂として広まり、同年には同大学の理事たる甲海夏夫から控訴人に対し、丙川理事長が辞表を提出した事実や右理事会を招集した事実がないことを理由に、控訴人の理事長としての職務執行停止及び職務代行者選任の仮処分申請がなされ、又被控訴人自身、右丙川に前記辞表等に関する事情を確かめたところ、同人には辞任の意思も、辞表を提出したこともなかったことが明らかとなった。
右認定に反する証拠はない。従って、この点に関する被控訴人の本件懲戒申立の事由は、同人が直接丙川から確かめた事実等に基づくものであり、かつ真実に合致している。控訴人は、右辞表の作成は便宜的措置として関係者一同の同意を得てしたものであって、何人の利益も害するものでない旨主張するが、仮りにそうであるとしても、右丙川名義でした理事会招集通知書及び理事長の辞表の作成は丙川自身の意思にもとづくものではないから、右各文書が偽造されたものでないということはできない。《証拠判断省略》
2 双方代理等について
控訴人が原判決添付訴訟一覧表記載のとおり、各訴訟等において訴訟代理人あるいは当事者となったことは、当事者間に争いがない。右によれば、控訴人は昭和三〇年九月訴提起のあった同一覧表一、二の事件については○○大学の代理人となり、同年一〇月訴提起のあった同一覧表三、四の事件については同大学を被告とする訴の原告の訴訟代理人となったこと、昭和三五年二月申立てのあった同一覧表六の事件では月山次郎の代理人となっているのに、同年六月申立てのあった月山次郎らを被申請請人とする同一覧表七の事件では控訴人自身がその申立人の一人となっていることが認められる。又《証拠省略》によれば、控訴人は右六の事件の代理人の辞任届を出さないまま右七の事件の申請人となったことが認められ右認定に反する証拠はない。
そうすると、この点に関する本件懲戒申立ては、その摘示した事実は真実に合致しており、又これを外形的にみれば、弁護士法二五条三号の趣旨に反するとみられなくもないので、後記のとおり控訴人と対立していた被控訴人が、この外形的事実関係を双方代理、あるいは厳密な意味での双方代理ではないが弁護士として不徳義な行為と主張したとしてもその点のみを捉えて虚偽の事実を申し出たとすることはできない。
3 控訴人が調停に応じなかった点について
○○大学の紛争を解決するため、昭和三七年七月、学校法人紛争の調停等に関する法律(以下「学校調停法」という)に基づく調停が開始されたが、控訴人は右調停に応じなかったことは当事者間に争いがない。
《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。
○○大学においては、昭和二九年頃より理事、教授らの間に同大学の運営等をめぐって紛争が生じ、昭和三三年頃右紛争は一応収まったものの、翌三四年に再燃し、理事、教授らは、二派、三派に分かれて対立し、相互に理事長、理事の地位等を争って数十件に及ぶ訴訟を提起し、相手方を横領等で告訴、告発し、あるいは弁護士会に懲戒申立てを行なうようになった。その間、学生は授業料を学校に納めず、その相当額を××××金庫に預金し、学生、教授、職員により構成されたいわゆる三者審議会がこれを管理するに至ったため、当時の理事らは必要経費を得るため同大学の法人財産を処分する事態も起きた。そして訴訟による紛争解決方法も効を奏さず、紛争は泥沼化し、同大学の正常な運営は不可能となり、一種の社会問題になった。控訴人と被控訴人とは相対立する派に属し、それぞれその中心的人物の一人と目されていた。このような○○大学の紛争等を解決するため昭和三七年学校調停法が成立し、これに基づき文部大臣は調停委員を選任し、調停が開始された。ところが控訴人は、右法律は違憲である等の理由を主張して、文部大臣を相手に右調停委員の選任の効力を争う訴を提起し、あるいは文部大臣に対する公開状を配布して、右調停委員らの作成した調停案は、資本主義、司法権優位の原則を否定するものであり、右調停案を拒否して右原則を守ることが○○大学の学生の利益等より重大である旨主張し、一貫して右調停に応じない態度をとってきた。他方被控訴人を含む多数の関係者は、長期間にわたり泥沼化した紛争を解決するためには、右調停に応じ、紛争の当事者たる理事、教授らが全員辞任する以外に方法がないと考えていた。
右認定を左右するに足る証拠はない。そうすると、被控訴人の本件懲戒申立ての事由である控訴人が学校調停法による調停に応ぜず、調停委員の任命の効力を争う訴訟を提起したとの点に関する事実は真実であり、又控訴人が○○大学を解散・廃校に追い込むことを意図しているとの主張は、やゝ誇張されたきらいがあるとはいえ、右事情のもとで紛争の渦中にあった被控訴人らがそのように考えたとしても無理からぬところであり、全体として見ればこの事由もまた虚偽の事実であると認めることはできない。
4 以上のとおり、被控訴人のなした本件懲戒申立ての各事由は、被控訴人の推論ないし評価にやゝ誇張した部分があるにしても、その主要部分において真実に合致しており、いずれも虚偽の事実であるとは認め難い。しかも右各事由はいずれも控訴人の○○大学の教授、理事、理事長又は弁護士としての職務に関する、公共の利害に関係のある事項であることは明らかであるから、懲戒制度の趣旨から考えると、本件のような懲戒申立ては違法性を欠き不法行為を構成しないものと解すべきである。なお、本件懲戒申立につき東京第一弁護士会が昭和四〇年一一月一九日控訴人を懲戒委員会に付すべきでない旨の決定をし、右決定に対する被控訴人の異議申出につき日本弁護士連合会が昭和五〇年六月一七日棄却の議決をしたことは、《証拠省略》により認められるが、懲戒機関は懲戒申立の事実の存否のみならず、その軽重や諸般の事情、情状等を勘案考慮して決定をするのであるから、懲戒がなされなかったことにより懲戒申立が違法となるものでないことはいうまでもない。
二 新聞の懲戒申立て掲載について
1 被控訴人は、本件懲戒申立てを△△△△新聞に掲載したことに基づく損害賠償の追加的請求は、本件懲戒申立てを請求原因とする従来の請求との関係で請求の基礎に変更があり、訴訟手続を著るしく遅滞させる旨主張する。しかしながら、従来の請求及び追加的請求のいずれにおいても、本件懲戒申立ての事由が控訴人の名誉を害するか否かが主たる争点になるわけで、その基礎になる紛争及び証拠資料を相当程度共通にしているから、請求の基礎に変更があったものといえず、又右追加的請求の申立ては訴訟手続を著るしく遅滞させるものとは認められないので、被控訴人の主張は採用できない。
2 右追加的請求の成否に関する当裁判所の判断は、この点に関する原判決理由説示(原判決二三丁裏九行目から二五丁表末行まで)と同様であるからここにこれを引用する。
三 よって控訴人の本訴請求は、爾余の点につき判断するまでもなくいずれも失当であり、これを棄却した原判決は相当で、本件控訴及び控訴人が当審で拡張した請求は理由がないから、いずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 沖野威 谷澤忠弘 裁判長裁判官川島一郎は転任につき署名捺印できない。裁判官 沖野威)