東京高等裁判所 昭和49年(ラ)109号 決定 1975年1月30日
抗告人 甲野梅
右代理人弁護士 鈴木信一
同 米津進
主文
本件抗告を棄却する。
理由
抗告人は「原審判を取消す。被相続人亡乙村花子の遺産全部を抗告人に分与する。」との裁判を求め、その抗告理由として別紙のとおり述べた。
(当裁判所の判断)
一 本件記録及び取寄せにかゝる千葉家庭裁判所佐倉支部昭和三一年(家)第三五四号事件、昭和四二年(家)第九八号事件記録によれば、次の事実が認められる。
1 被相続人亡乙村花子(以下、単に花子という)は、大正四年四月八日、亡戸主乙村一郎の長男亡乙村正と当時その妻であった亡乙村ハル(以下単にハルという)との間の長女として出生したが、大正六年一一月二日父正が死亡し、次いで同七年五月二二日祖父一郎も死亡したので、同日代襲相続による家督相続によって右一郎の遺産である佐倉市○○○町字○○××番、畑二〇四平方米外八筆の土地の所有権を取得した(以下、右各土地を単に花子の遺産という)。ところが、花子の母ハルは祖父一郎死亡後、大正七年八月一二日、実家である丙川丙吉の家に復籍し、花子の傍から離れたので、その後は主として花子の叔父(一郎の二男)亡甲野太郎がその妻である抗告人と共に花子を養育し、且つ花子の遺産を管理してきた。花子は右甲野夫妻の許で高等小学校を卒業し、成人したが、昭和二五年一〇月一七日、配偶者も子供もいないまま死亡した。しかし、花子の母ハルは当時その生死も所在も明らかでなかった。そこで、亡甲野太郎が花子の葬儀を行い、引続き同女の遺産を管理した。
2 右花子の死亡後、花子の遺産については、次のような手続が進行した。
(一) 亡甲野太郎が昭和三一年五月八日、原裁判所に対し、花子の相続人のあることが明らかでないとして、相続財産の管理人選任の申立をしたので、同裁判所は同年六月四日右申立を相当と認め、右甲野太郎を花子の相続財産管理人に選任した。(千葉家庭裁判所佐倉支部昭和三一年(家)第三五四号)。
(二) ところが、甲野太郎は昭和四一年六月五日死亡したので、原裁判所は抗告人の申立に基づき同四二年三月二九日、甲野三子(抗告人の三女)を花子の相続財産管理人に選任した(前同庁昭和四二年(家)第九八号)。
(三) 右相続財産管理人甲野三子は、昭和四五年三月二四日、民法第九五七条第一項に基き、一切の相続債権者及び受遺者に対し同項所定の公告をした。次いで原裁判所は、同年六月一八日、右相続財産管理人の請求によって、同法第九五八条に基き、同条所定の公告をした。
(四) 昭和四七年七月二一日、原裁判所に対し花子の母ハルに対する失踪宣告の申立がなされたので、同裁判所は法定の手続を経た後、同四八年五月三〇日同女の失踪宣告の審判をした。(前同庁昭和四七年(家)第二一二号)。
(五) 前記(三)の手続後、遂に花子の相続人である権利又はその相続債権者もしくは受遺者であることを主張する者がいなかったので、抗告人は昭和四六年二月二五日、原裁判所に対し民法第九五八条の三に基き、前記花子との特別縁故関係を理由として、花子の遺産につき全部又は一部の分与を求める申立をしたところ、同裁判所は同四八年七月四日右申立を相当と認め、花子の遺産全部を抗告人に分与する旨の審判をした(前同庁昭和四六年(家)第五三号)。
(六) ところが、その後、花子の母ハルについては、前記丙川家へ復籍してから大正一五年一一月四日丁山丁治(昭和四三年八月二二日、丁山丁二と変更)との間に丁山丁三が出生し、次いで昭和一三年一一月一八日右丁治と婚姻し、更に同二三年二月二四日夫丁治と共に戊村花江(現在己野花江)と養子縁組を結び、遂に同三二年二月二三日東京都渋谷区幡ヶ谷において死亡したこと(以上いずれも届出済)が判明したので、原裁判所は、まず前記丁山丁三の申立に基き同四八年八月二八日前記ハルの失踪宣告を取消し、次いで右丁山丁二、丁山丁三、己野花江の申立に基き、同四九年一月一四日「花子が死亡した当時、同人には相続人として母ハルがあったので、相続人のあることが明らかでないときにあたらない」として、家事審判法第七条、非訟事件手続法第一九条により、前記(一)の事件につきした甲野太郎を花子の相続財産管理人に選任する旨の審判及び前記(二)の事件につきした甲野三子を同上管理人に選任する旨の審判をいずれも取消し、前記各相続財産管理人の選任申立を却下する旨の審判をし、更に同年二月一五日「亡花子には相続人のあることが判明したので、特別縁故者へ相続財産の全部を分与するのは相当でない」として、前同様、家事審判法第七条、非訟事件手続法第一九条により、前記(五)の事件につきした花子の遺産全部を抗告人に分与する旨の審判を取消し、前記相続財産分与の申立を却下する旨の審判をした(これが本件抗告の対象である原審判である)。
二 そこで按ずるに、民法第九五一条にいわゆる「相続人のあることが明らかでないとき」とは相続人の存否不明をいうのであって、相続人の生死不明又は行方不明等は含まれないものと解するを相当とするところ、本件においては、前認定のように被相続人花子が死亡した当時、その相続人としては同女の母ハルがあったが、その生死及び所在が不明であっただけであるから、右ハルにつき失踪宣告又は不在者の財産管理の手続がとられるのは格別、花子についてたやすく相続人の存否が不明であるということはできなかったものである。従って、本件における前記二個の相続財産管理人の選任の審判は、いずれも前記法条の解釈を誤り、相続財産管理人の選任の要件の判断を誤った違法のものというの外ないから、その後家事審判法第七条、非訟事件手続法第一九条により、右各審判を取消し、前記各相続財産管理人の選任申立を却下した前記審判はもとより正当である。ところで、右のような取消の審判、即ち相続財産管理人選任の審判が最初からその前提要件を欠くため不当であることを理由としてこれを取消す審判は、事柄の性質上(本来の相続権者の利益を保護すべき必要上)、当然遡及効を有するものと解するのが相当であるから、右取消の審判がなされれると、右相続財産管理人選任の審判を前提としてなされた爾後の手続はすべてその存立の基礎を失い、遡って違法となるというべきである。従って抗告人に対する本件相続財産分与の審判もまた取消を免れないから、右取消の手続につき後記のような問題があるとしても、右審判を取消し、抗告人の前記相続財産分与の申立を却下した原審判は結局正当であるといわなければならない。
ところが、抗告人は、次のような理由によって、原審判は違法であると主張する。
1 抗告人に対する本件財産分与の審判は、当時いずれも適法な一連の手続、即ち花子の母ハルに対する失踪宣告及び民法第九五八条による相続人捜索の公告を経た後なされた適法なものであるから、仮に右公告期間経過後に花子の真正の相続人が現われたとしても、右相続人は同法第九五八条の二により相続人としての権利を行使することができないものである。従って、原審判当時、亡花子には相続人はいなかったものというべきであるから、抗告人に対する本件財産分与の審判を取消した原審判は不当である。
2 仮に抗告人に対する本件財産分与の審判が違法であるとすれば、抗告人はまさに相続権侵害者に該当するところ、花子の真正の相続人は同女が死亡した昭和二五年一〇月一七日から二〇年を経過した同四五年一〇月一七日の満了と共に、時効によって、花子の遺産につき相続回復請求権を失ったものであるから(民法第八八四条)、結局右相続人は抗告人に対し相続人としての権利を行使することができないものである。従って、原審判当時、亡花子にはやはり相続人はいなかったものというべきであるから、抗告人に対する本件財産分与の審判を取消した原審判は不当である。
3 また、原審判は家事審判法第七条、非訟事件手続法第一九条により、職権で、抗告人に対する本件財産分与の審判を取消しているが、右財産分与の審判については家事審判規則第一一九条の七により即時抗告ができるところ、右非訟事件手続法第一九条第三項によれば即時抗告を以て不服申立をすることができる裁判については、これを取消すことができない旨定められているものであるから、原審判は右法条にも違反していること明らかである。
しかしながら、右抗告人の主張は、次のような理由によって、いずれもこれを採用することができない。即ち、
1 民法第九五八条の二によれば、成程、同法第九五八条による相続人捜索の公告期間内に、相続人である権利を主張する者がいないときは、相続人並びに管理人に知れなかった相続債権者及び受遺者はいずれもその権利を行うことができない旨定められているので、右失権の効果により同法第九五八条の三に基き相続財産の分与を受ける特別縁故者の地位が保護されていることは明らかであるが、特別縁故者に対する相続財産分与制度の存在理由及び本来の相続権者の利益と特別縁故者の利益との合理的な調整を考えると、右失権の効果は、これに順次先行し且つ前提要件をなす前記相続人捜索の公告及び相続財産清算のための債権申出の公告(同法第九五七条)並びに相続財産管理人選任の公告(同法第九五二条)、従って窮極的には相続財産管理人選任の審判が適法有効であることを当然の前提とするものと解するのが相当であるから、本件のように右管理人選任の審判が最初からその要件を欠くため違法であって、しかもこれが取消された場合は、前記失権の効果は生じないものというべきである。従って、抗告人の主張第一点は採用できない。
2 次に、いわゆる相続回復請求権は相続開始の時から二〇年を経過すれば時効によって消滅するが(民法第八八四条後段)、右相続回復請求権の時効消滅の有無は、民法第九五八条の三に基く特別縁故者に対する相続財産の分与の許否とはなんらかゝわるところがないものというべきである。蓋し、右特別縁故者に対する相続財産の分与は、相続人のあることが明らかでない場合に、相続財産を法人とし、これに管理人を置き、合理的且つ慎重な清算等の手続を経た後、相続人並びに一定の相続債権者及び受遺者の権利を失権させ、しかる後、被相続人の特別縁故者に対し残存する相続財産の分与をするものであるところ、相続人のあることが明らかになった場合は、その根本前提を欠くことになるものであるから、右相続人の相続回復請求権が既に時効によって消滅しているか否かにかかわらず、右相続財産の分与をすることはできないものと解するのが相当であるからである(民法第九五五条参照)。従って、抗告人の主張第二点もまた採用できない。
3 次に、原審判における取消の手続について考えてみると、成程、原審判は、判文上、家事審判法第七条、非訟事件手続法第一九条第一項により、職権を以て、抗告人に対する本件財産分与の審判を取消していることが明らかであるから、形式的に見れば、一応、抗告人主張のとおり、非訟事件手続法第一九条第三項に違反しているものといわざるを得ない。しかしながら、抗告人に対する本件財産分与の審判は、当時何人からも法定の即時抗告期間内に抗告されることなくそのまゝ確定したものであったが、後にその基礎となった前記各相続財産管理人選任の審判が当初から不当であることを理由として取消された(記録によれば、この取消の審判に対しては不服の申立がなく、確定したことが認められる)ため、あたかも民事訴訟法第四二〇条第一項第八号の再審事由が附着するのと同様の状態になったものであるから、いかなる方法によるかはともかく、正義と公平の要求上、結局これは取消される外ないものである。ところで、この場合、右取消の方法として考えられるのは、民事訴訟法の再審の規定を準用するか又は事情変更による取消によるかのいずれかである。非訟事件手続法には再審に関する直接の規定がない。そこで、同法第二五条に「抗告には、特に定めたものを除く外、民事訴訟法の抗告に関する規定を準用する」とあるのを理由に民事訴訟法第四二九条の準用を認め、即時抗告を以て不服を申立て得る裁判には民事訴訟法の再審の規定を準用するという見解がある。しかし、右同法第四二九条は再審に関する規定であって、抗告に関する規定ではない。従って非訟事件手続法第二五条を根拠として民事訴訟法第四二九条の準用を認めることは、文理上困難であるというべきである。のみならず非訟事件においては、裁判の確定後においても、後記のように事情変更による取消が是認されるものと解するを相当とするから、強いて民事訴訟法の再審の規定を準用する必要はないものといわなければならない。そこで事情変更による取消について考えてみると、非訟事件手続法には右事情変更による取消について一般的な規定はないが、非訟事件の本質即ち同事件における裁判所の後見的役割及び合目的性の優位に鑑みれば、非訟事件においては、裁判が事情変更によって不当となった場合は、たとい既に確定した後であっても、原裁判所は同法第一九条の規定にかゝわらず、理論上これを取消し得るものと解するのが相当である。そうとすれば、抗告人に対する本件財産分与の審判は事情変更によってこれを取消し得るものというべきである。もっとも、事情変更による取消は継続的法律関係に関する裁判についてなされるのが通常であるが、本件のような相続財産を分与するという一回限りの法律関係に関する裁判であっても、継続的法律関係に関する裁判である相続財産管理人選任の審判を前提とし、その後一連の段階的手続を経た後、最終の手続としてなされた裁判で、しかも前者の適法有効なことをその存立の基礎とするものにあっては、なおこれを広義の事情変更による取消の対象たる裁判に含めて差支えないものというべきである。ところで、事情変更による取消の管轄裁判所は当該事件の第一審裁判所であり、又右取消の対象たる裁判が申立によってのみなされる場合には、右裁判を事情変更によって取消すためには申立を要するものと解するを相当とするところ、原裁判所が相続財産(花子の遺産)分与の申立についての第一審裁判所であることは明かであり、又花子の遺産の真正の相続人である丁山丁二外二名の者が、請求によってのみなされる抗告人に対する本件財産分与の審判の取消の申立をしたことは前認定のとおりであるから、右丁山丁二らに、右取消の方法として、非訟事件手続法第一九条第一項に基く原裁判所の職権による取消しか求めない旨、換言すれば同法条による取消の職権発動を求める趣旨でのみ前記取消の申立をしたことの認められない本件においては、右丁山らの申立は事情変更により本件財産分与の審判の取消を求めたものとも解することが可能である。しかも本件記録によれば、原審判は、申立が右事情変更による取消を求めるものであるとしても、なおこれを却下する趣旨のものではないことを看取するに難くない。してみれば、原審判は、前記法条により、職権を以て、抗告人に対する本件財産分与の審判を取消すことができないときは、その形式的に挙示した根拠法条の如何にかゝわらず、予備的に、事情変更によって右財産分与の審判を取消したものと解して妨げないものというべきである。そして、かく解することが本来の相続権者の利益を保護する上において合目的的であり、又訴訟経済にも合致する所以であることはいうまでもない。従って、抗告人の主張第三点も結局、採用することができない。
三 よって、以上と理由は異なるが、抗告人に対する本件財産分与の審判を取消し、抗告人の前記相続財産分与の申立を却下した原審判は、結論において正当であって、本件抗告は理由がないから、非訟事件手続法第二五条、民事訴訟法第四一四条、第三八四条第二項によりこれを棄却することとして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 杉山孝 裁判官 古川純一 岩佐善己)
<以下省略>