東京高等裁判所 昭和49年(ラ)261号 決定
本件仮処分申請はいわゆる満足的仮処分を求めるものであるが、その必要性について、抗告人は、「現在生活が窮迫しており、本件交通事故による傷害はいまだ治癒にいたらず、治療費だけでも約金一三〇万円が未払いであるところ、相手方は在日米海軍司令部参謀長(米海軍大佐)として横須賀基地に勤務しているが近く退役して離日する予定のため、相手方が離日すれば抗告人の救済は絶望的となるから、入院治療費、休業損害および慰藉料合計金三四六万七、〇九七円の支払を命ずる仮処分によって早急に救済を受ける必要がある。」と主張するので審按するに、本件記録中の各疎明資料を総合すると、抗告人(大正五年生)は大正九年生の妻千鶴子(無職)および昭和二六年生の三女由利子(京浜急行勤務)と同居し、横須賀市営住宅に入居していること、抗告人の治療費としてすでに合計金二三〇万円(自動車損害賠償責任保険金五〇万円および任意保険金一八〇万円)が支払われ、治療費の未払残金は約金一三〇万円であること、抗告人は相手方を被告として横浜地方裁判所横須賀支部に損害賠償請求の訴を提起し同裁判所昭和四九年(ワ)第二三号事件として係属していること、右本案訴訟の進行状況としてはすでに第二回の口頭弁論期日が開かれ、本月中に和解期日が予定されていること、相手方は在日米海軍司令部参謀長(米国海軍大佐)として横須賀基地に勤務しているが近く退役による離日が予想されること、以上の事実を一応認めることができる。
ところで、本案判決確定前においても、債権者の現在の緊迫した危険を除去する必要があるときは、仮の地位を定める仮処分としてあらかじめ債務者に権利の内容に副う履行を命じて債権者にその全部又は一部の満足を得させることも許容しうるものというべきであるが、この種仮処分は本案判決確定前に債権者に満足を得させることにより債権者の現在の緊迫した危険の除去ができることの反面、仮処分の審理および裁判は本案訴訟における証明手続に基づくのと異なり疎明による一応の心証に基づいてなされ、しかもかかる仮処分によって当該権利が実現したのと同様の重大な結果をも招来せしめるものであるから、右のごとき満足的仮処分の許容性については、とくにその必要性の要件につき慎重な配慮を要すべきことは民事訴訟制度における保全処分の本質に照らし明らかなところであるといわなければならない。したがって、単に被保全権利につき本案の確定判決に基づく将来の強制執行が不能又は困難となる危険を防止するためという理由のみでは右のような満足的仮処分は許されず、かかる場合の保全措置としては、強制執行の対象となるべき債務者の財産又は目的物件の現状の維持保全をはかる仮差押又は係争物に関する仮処分をもって足り、さらにすすんで債権者にその権利の全部又は一部を実現したのと同様の満足を得させる仮の地位を定める仮処分をなすことは、その必要性の限度を超過するものといわなければならない。
これを本件についてみるに、相手方は近く退役により離日することが予想されるところ、抗告人は右事情をもって本件満足的仮処分を命ずべき緊急の必要性に該当する旨主張するが、かかる事由は仮差押により相手方の財産を緊急に保全すべき必要性としては格別、かかる事情の生じたことから直ちに相手方に対し抗告人主張のごとき金銭の支払を命じて抗告人に権利の内容を実現したのと同様の結果を得させる仮処分の必要性があるものとはなし難く、また、抗告人の提出にかかる疎明資料によると、駐留軍従業員(甲板員)をしていた抗告人は本件事故による受傷の結果人員整理により退職し再就職できない事情にあることが一応認められるが、抗告人がその申請にかかる満足的仮処分によって支払を求めている金三四六万七、〇九七円を相手方から一括して早急に支払を受けなければ抗告人の現在の危険を避けることができない緊急の必要性があるとの点については別段の疎明はなく、その他叙上に認定した諸般の事実に本件記録中の疎明資料を総合参酌しても、抗告人の申請にかかる金銭の支払を命ずることを内容とする仮処分の必要性があるとはいまだ認めるに足りないから、抗告人の本件仮処分申請は結局失当として却下を免れないものといわなければならない。
(古山 青山 小谷)