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東京高等裁判所 昭和49年(行ケ)36号 判決

以上の争いのない事実によれば、本件審決は違法であるから取消を免れない。よつて原告の本訴請求は正当であるから認容する。

〔編註〕 本件における事実関係は左のとおりである。

第一 原告は主文同旨の判決を求め、請求原因として次のとおり述べた。

一 特許庁における手続の経緯

原告は、昭和四〇年六月一五日特許庁に対し、名称を「モノマー溶液中での一―オレフインの立体規則性重合」とする発明につき一九六四年(昭和三九年)六月一五日アメリカ合衆国にした特許出願に基づき優先権を主張して特許出願をしたが、同四四年三月二〇日拒絶査定を受けた。そこで原告は同年九月一七日審判の請求をし、同年審判第七五〇一号事件として審理されたが、同四八年八月二八日「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決があり、その謄本は、出訴期間として三ケ月を附加する旨の決定とともに同年一一月七日原告に送達された。

二 本願発明の要旨

後記審決の理由で認定されているとおりである。

三 審決の理由

(一) (審判請求の理由)

審判請求人が請求の理由として主張した点は、次のとおり要約することができる。

1 原審において、本願発明は特公昭三六―六六八六号公報(以下「第一引例」という。)の記載から容易に発明されうるとの拒絶理由を受け、請求人は本願発明は第一引例の記載から容易に発明することができない旨を主張したが、審査官はさらに特公昭三三―五七四四号公報(以下「第二引例」という。)を引例として、次の理由で拒絶査定をした。

「第一引例には、液相ブテン―一中でブテン―一を重合させる方法が記載されている。

第一引例と本願方法とは温度条件を異にしているが、オレフインの精製などに際して、上曇り点と下曇り点との間の温度に保つて均一な溶液を得ることは例えば特公昭三三―五七四四号公報等で知られているから、溶媒としてブテン―一を使つた場合にもこのような温度条件下で均一な溶液重合を行ないうることは容易に想到できることと認められ、その効果も溶液重合にもとづく効果であつて格別顕著なものとは認められない。」

2 請求人は、原査定には承服することができない。その理由は次のとおりである。

(1) 原審において引用された第一引例は、オレフインの重合法にかかるものであつて、その実施例はオレフインとしてプロピレンまたはブテン―一を用いるものである。

(2) ポリプロピレンはプロピレンに不溶性であるから、第一引例におけるプロピレンの重合はスラリー状でしか行われない。

(3) 第一引例の第二頁左欄第二二行ないし第二六行、同欄下から第一〇行ないし第八行、および第三頁右欄第一一行ないし第一四行の記載に徴して、第一引例に記載された方法はスラリー重合法である。

(4) 第一引例の第一頁右欄第一六行ないし第二一行、および特許請求の範囲の記載に徴して、第一引例の方法は沸点近くの温度で操作することが一つの特徴なのである。

(5) 上曇点は低濃度の溶液では沸点よりはるかに低い温度であるのが一般である。このことは参考例二を参照することによつて容易に理解される。したがつて、第一引例の教示にしたがつてオレフインの還流を得ようとするなら、当然上曇点以上の温度で反応させることになり、したがつてスラリーが生じる。

(6) 要するに、第一引例は液相ブテン―一中でのブテン―一のスラリー重合法を開示したにすぎない。

(7) 原審の拒絶査定において初めて引用された第二引例は、オレフイン重合法とは関係のないものである。

(8) 第二引例の方法においては、ポリマーは炭化水素溶媒中に溶解される必要がある。この炭化水素溶媒はモノマーとは限らない。事実、第二引例に示されているのは、ポリエチレンの溶媒として二・二・四―トリメチルペンタン、シクロヘキサン、メチルシクロヘキサン等である。したがつて第二引例の方法は、重合されるべきモノマーそのものを溶媒として使用することを特徴とする本願発明とは本質を異にする。

(9) 第一引例に示された温度は沸点に近い温度であり、第二引例に示された温度は上曇点と下曇点との間の温度であるから、両引例の要求する温度条件は相容れないものである。したがつて第二引例は補強証拠とはなりえない。

そこで原審認定のとおり第二引例に示された温度が重合法にも適用されるとすると、原審においては拒絶査定において新しい拒絶理由を示したことになるから、原査定は違法である。

(10) 本願発明の利益は、従来スラリー重合で行われて来た際の不利益が除去されたことと、重合されるべきモノマー以外の溶媒の使用を避けることを可能にしたことであつて、工業的にきわめてすぐれた改善である。したがつて本願発明は、きわめて大きな技術的進歩をもたらしたものである。

(二) (本願発明の要旨)

本願発明の要旨は次のとおりである。

立体規則性重合体を生じさせるために四~一〇炭素原子を有する一―オレフインモノマーを、又は立体規則性共重合体を生じさせるために四~一〇炭素原子を有する一-オレフインモノマーと二〇モル%迄のエチレン又はプロピレンコモノマーとを、立体特異性バルク重合又は共重合させる方法において、液相中で該一―オレフインモノマー又は該一―オレフインモノマーと二〇モル%迄のエチレン又はプロピレンコモノマーとの混合物を周期律表四A五A、六A又は八族の遷移金属の化合物であつて該金属がその最大原子価以下の原子価状態にあるところの成分Aと周期律表第二又は三族の金属の有機金属化合物であるところの少くとも一つの成分Bとからなる触媒系と、立体規則性重合体又は共重合体を形成するところの量より過剰量の且つ液状一―オレフインモノマー中に重合体の濃度が三〇重量%を超えない重合体の溶液を形成するに充分な量の該一―オレフインモノマーの存在で、液状一―オレフインモノマー中の重合体溶液の下曇点及び上曇点の間の重合温度で接触させることを特徴とする該立体特異性バルク重合又は共重合方法

(三) (原査定の理由)

査定書の記載からみて、原査定の理由は拒絶理由通知書に記載されたとおりのものであることが認められ、そして拒絶理由通知書に記載された拒絶理由の趣旨は次のとおりである。

「この出願の発明は、その出願前日本国内に頒布された特公昭三六―六六八六号公報に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができないものと認める。」

なお、査定書には、請求人が査定の理由と解した事項が追書されている。

(四) (引例の検討)

1 第一引例は、その記載からみて昭和三六年六月三日(すなわち本件出願の出願前であり、かつ優先日以前である。)に特許庁から発行されたものと認められる。また第二引例は、その記載からみて昭和三三年七月三〇日(すなわち本件出願の出願前であり、かつ優先日以前である。)に特許庁から発行されたものと認められる。

2 第一引例の記載内容については、次の諸点が認められる。

(1) 操作圧力下で沸点に近い温度に維持した液相中において、使用プロピレンまたは(および)ブテン―一と不活性稀釈剤との合計重量に対して一五パーセント以下の不活性稀釈剤を含有するプロピレンまたは(および)ブテン―一を反応帯中で、周期律表第一、二あるいは三族の非遷移金属の有機化合物と、最大原子価よりも低い原子価の状態にある周期律表第四、五あるいは六族の固体ハロゲン化物との反応により生成された物質と接触させることから成るプロピレンまたは(および)ブテン―一を重合あるいは共重合させて高分子量の固体の重合体を製造する方法(特許請求の範囲の項)

(2) 前記の不活性稀釈剤の代りに液状単量体そのものを使用することができること(第一頁左欄下から第二行ないし右欄第一五行)

(3) 不活性稀釈剤の代りに液状単量体そのものを使用する場合には、生成する重合体と残存する液状単量体との量比について格別の制限がないこと

(4) 前記不活性稀釈剤として液状ブテン―一そのものを使用した実施例三において、生成したポリブテン―一の濃度は、ポリブテン―一と残存したブテン―一との合計重量の約二八重量%と計算されること

(5) 第一引例に示された発明は、不連続式に実施することもできると認められる。そしてその場合には、重合がスラリー状で行なわれなければならないという趣旨の記載がないから、バルク重合が不可であると解することはできない。

(6) 重合温度の上限は単量体の臨界温度であること(換言すれば、単量体が液体として存在することができる温度範囲内の任意の温度を選択することができること)、ことに〇~八〇℃の温度範囲内で重合させることが好適であること(第二頁左欄第一七行ないし第一九行)

3 第二引例には以下の記載があることが認められる。

(1) 炭化水素溶剤中の重合体溶液より不溶性の固体を除去するために濾過して常温で固体のオレフイン重合体の溶液を精製するにあたり、該溶液の温度を濾過操作中、上下曇り点の間に維持することを特徴とする固体重合体溶液の精製法(特許請求の範囲の項)

(2) オレフインの固体重合体と炭化水素溶剤とから成る系には、上曇り点と下曇り点とが有ること、そしてこの系は、上曇り点と下曇り点との間の温度においては、単一な均一溶液となること(第一頁右欄下から第七行ないし第二頁左欄第六行)

(五) (本願発明と引例との比較)

前記検討の結果、本願発明と第一引例の発明とは以下の点において一応の相違があることが認められる。

1 本願発明は上曇り点と下曇り点との間の温度で重合させるものであるが、第一引例の発明は操作圧力下における沸点に近い温度(すなわち沸点よりすこし低い温度)で重合させるものである。

2 本願発明はバルク重合法であるが、第一引例の発明は、それを不連続式に実施する場合にはバルク重合法かスラリー重合法か明瞭でないこと

(六) (重合温度の差異についての検討)

1 上曇り点は低濃度の溶液では沸点よりはるかに低い温度であるのが一般であるという請求人の主張は、証拠がないから採用しない。

2 参考例二の実験はブテン―一とポリブテン―一とをガラス管中に封入して、その温度を種々に変化させて下曇り点と上曇り点とを観察したものと認められる。このような密閉器内の圧力は、温度の上昇にしたがつて増大することは当業者の技術常識である。そして周囲圧力が増大するにしたがつてブテン―一の沸点が上昇することは、当業者の技術常識にもとづいて推認される。そこで上曇り点が沸点より低いことを示すためには、その時の圧力下における沸点を示さなければならないのに、参考例二には上曇り点を観察した時の圧力におけるブテン―一の沸点が示されていない。したがつてポリブテン―一とブテン―一とからなる系において、上曇り点が沸点よりはるかに低いという請求人の主張は採用しない。

3 明細書に記載された本願発明の種々の実施例において、重合温度は五四℃、六六℃および七四℃のうちのいずれかに当る。こうしてここに示された重合温度は、そのすべてが第一引例において好適であると指摘された重合温度の範囲内にある。

4 ポリブテン―一と液状ブテン―一とからなる系における曇り点は、一般の固体―液体系における溶解―析出現象における通則からみて、圧力の影響をほとんど受けないものと推認される。

5 ポリブテン―一と液状ブテン―一とからなる系の沸点は、一般の液体の沸点に関する通則からみて、圧力の上下に応じて上下するものと推認される。

6 前記4と5の認定に立脚すると、ポリブテン―一と液状ブテン―一とからなる系の圧力を適当に選定すれば、上曇り点と下曇り点との間の温度で沸騰させることができると認められる。

7 第一引例の記載((四)の2の(6)参照)によつて該引例の重合を約三五℃ないし八〇℃で行なうことができると認められる。

8 前記の約三五℃ないし八〇℃の重合温度が上曇り点と下曇り点との間にあることは、参考例二の記載からみて明白である。

9 したがつて本願発明の重合温度は、第一引例において好適であると指摘された重合温度範囲のうちの比較的高い温度範囲を選定したことに帰着する。してみれば本願発明の重合温度は、第一引例の教示にしたがつて容易に選定することができたといわなければならない。

(七) (溶液とスラリーについての検討)

1 前項において説示したとおり、第一引例の発明における重合温度は本願発明における重合温度と一致する範囲を包含するから、その範囲内においては第一引例の発明にあつてもバルク重合が行なわれると推認される。

2 請求人が請求理由の(3)において指摘した第一引例の記載は、いずれも該引例の発明を連続式に実施する場合のみについての説明と認められ、しかも該引例の発明は不連続式に実施する態様を含むと認められるから、該引例の発明においてバルク重合が行なわれると推認することを妨げない。

3 請求理由の(2)において請求人が主張した事項は、第一引例の発明においてプロピレンを重合する場合のみに該当する事項であるから、本願発明とは無関係である。

(八) (第二引例についての請求理由の検討)

1 第二引例は重合方法とは関係のないものであるが、該引例は炭化水素溶剤中のポリオレフイン溶液には上曇り点と下曇り点とがあり、そして上曇り点と下曇り点との間の温度においては単一な均一溶液になることが知られていたことを示すものと解される。そしてポリブテン―一の溶液がポリエチレンの溶液と同様の挙動を示すことは、該引例に記載されている。してみれば第二引例は本願発明と無関係であるということはできない。

2 第一引例に示された温度と第二引例に示された温度とが一致する範囲があることは、すでに説示した((六)の9参照)ところであるから、両者の温度が相違することを前提とする請求理由の(9)は採用しない。

(九) (まとめ)

1 前記(七)の項に説示したとおり第一引例の発明においてもバルク重合がおこると推認されたのであるから、請求理由の(10)に述べられた本願発明の利益は第一引例の発明においても同様にもたらされると認められる。

2 結局のところ、本願発明は原査定の理由に示すとおり第一引例に記載された発明にもとづいて容易に発明されたものというべきであり、審判請求の理由は採用することができない。

よつて結論のとおり審決する。

四 審決を取消すべき事由

審決は、本願発明と第一引例とが温度限定の意味および重合の仕方において、次のとおり本質的に相違している点を看過誤認して、両者を対比した判断の誤りがあるから違法であり、取消されなければならない。

(一) 温度限定の意味の相違

第一引例における温度限定は、重合反応の発熱性に起因する重合温度調節の困難を克服するという課題解決のためのものであり、このために液相の沸点近くで方法を実施することによつて反応熱を単量体の気化により反応帯から除去し、反応帯中の温度を操作圧力の調節により決定される所望の値に容易に調節し、液状単量体の沸騰をもつて反応混合物の混合を促進しようとしたものである。これに対して、本願発明における温度限定は、重合温度の調節ではなく、スラリー重合法における重合体製品、未反応モノマー、および不活性稀釈剤の分離困難や触媒残滓の回収困難克服といつた課題解決のために、溶液状重合を確保するための必須要件である。審決はこのような両者の温度限定の意味の本質的相違を看過している。

(二) 重合の仕方の相違

本願発明は溶液状重合法である。これに対し、第一引例はスラリー重合法であつて、溶液状重合を示唆するものではない。審決はこの点を誤認している。

第二 被告は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、原告主張の請求原因事実をすべて認めると述べた。

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