東京高等裁判所 昭和49年(行ケ)42号 判決
一 当事者参加人主張の請求原因事実のうち、特許庁における手続の経緯等、本願発明の要旨(要旨中の試薬が水を含まない試薬にかぎられるものであることも含む。)、審決理由の要点は、当事者間に争いがない。
二 そこで、審決を取消すべき事由の有無について検討する。
(一) 取消事由(一)について
当事者間に争いのない審決理由の要点によれば、審決は、本願発明をもつて本出願前公知の立体特異性触媒を用いて四―メチル―ペンテン―一を重合することにより得られたポリ―四―メチル―ペンテン―一の透明性を改良することを意図して成立したものと解すべきであるとする。しかし、成立に争いのない甲第二号証によれば、本願発明の明細書における発明の詳細な説明には、本願発明の目的に関し「多くの結晶性重合体(特にポリエチレン及びポリプロピレン)は、分子配向を起すように固体の状態で伸張せしめるときに、透明なフイルムを与える。しかしながら、貧弱な程度の半透明以外の光透過性を有する硬い成型或は押出し製品に成形せしめることのできる結晶性の重合体は従来知られていない。押出し結晶性ポリオレフイン製品の透明なモルドはこれまで未知でありそしてポリオレフインが有用である適用範囲はこの事実によつて制限されている。本発明の主な目的は高度に有用な光透過性を有する製品に成型或は押出しするのに適した新規な結晶性の重合体を提供せんとするものである。」と記載されていることが認められる。この記載によれば、本願発明は、透明な結晶性ポリオレフインの製品を得ることを目的とし、従来白色あるいは灰白色を有するものであつて不透明なものとして認識されていたポリ―四―メチル―ペンテン―一について透明な製品を得る方法を考案したものと解するのが相当である。
被告は、重合体を溶融温度より急冷すれば、高い結晶性の高分子化合物からでも透明な製品が得られることは周知であるから、四―メチル―ペンテン―一の重合体であつても、成形に際して急冷すれば透明な製品は得られると考えられていたはずである旨主張する。そして成立に争いのない乙第二号証の一および二によれば、朝倉書店刊行合成高分子化合物Ⅰ二二ページには「溶融温度より急冷する場合には高い結晶性を示する高分子といえども、大部が非結晶形の状態(透明製品)にもちきたすことができるのである。」との記載が見られる。しかし、この記載は一般的な記載にすぎず、この記載のみからではポリ―四―メチル―ペンテン―一についても同様な結論が導き出されるかどうか必ずしも明らかではない。したがつて、四―メチル―ペンテン―一の重合体であつても成形に際して急冷すれば透明な製品が得られると考えられていたということはできない。それ故、本願発明をもつて、審決のいうように単にポリ―四―メチル―ペンテン―一の透明性を改良することを目的としたものと解することはできず、審決にはその判断を誤つた違法がある。
(二) 取消事由(二)について
1 当事者間に争いのない審決理由の要点によれば、審決は、ポリ―四―メチル―ペンテン―一の透明性を改良するに当り、脱灰処理を行うことを考えることは理の当然であるという。
ところで、ポリ―四―メチル―ペンテン―一は結晶性ポリオレフインに属するものであるところ、前記甲第二号証、成立に争いのない甲第一〇号証の一から三まで、同第一一号証によれば、本出願当時においては、結晶性ポリオレフインに関しては、その内部に存在する結晶性部分と非結晶性部分との屈折率の相違により透明な製品に成形できるとは考えられていなかつたこと、結晶性ポリオレフインの一種に属するポリ―四―メチル―ペンテン―一についても同様にその製品は不透明なものと考えられていたことを認めることができ、前記乙第二号証の一、二の記載もポリ―四―メチル―ペンテン―一についてのこの認定を妨げるものではなく、他にこの認定をくつがえすに足りる証拠はない。そして、前掲各証拠および本件に現れたその他の全証拠を検討しても、このようにポリ―四―メチル―ペンテン―一をも含めて結晶性ポリオレフインが透明性を欠く原因が不純物たる立体特異性触媒の存在のみにあると考えられていたと認めることはできず、また、そのように解すべきであるとする根拠もない。してみれば、透明なポリ―四―メチル―ペンテン―一の製品を得るためには、不純物たる立体特異性触媒の除去すなわち脱灰処理を行うことを考えることが理の当然であるということにはならない。
ひるがえつて、成立に争いのない甲第六号証から第九号証までによれば、参照例一から四までは、ポリ―四―メチル―ペンテン―一と同様に結晶性ポリオレフインに属するポリエチレン、ポリプロピレン、ポリブチレン等について脱灰処理を行つた旨の記載があるが、その結果本願発明において達しえたような透明性が得られた旨の記載はないことが認められる。これに前記甲第二号証の記載を総合すれば、本出願当時においては、ポリエチレン、ポリプロピレンなどの結晶性ポリオレフインについては、脱灰処理を行つてもフイルムはともかくその他の成形品では本願発明の達しえたような透明性は得られなかつた事実を認めることができる。そうすると、ポリ―四―メチル―ペンテン―一については、ポリエチレン、ポリプロピレンなどと異なり脱灰処理によつて透明な製品が得られると想到するには特段の事由がなければならないと解すべきところ、審決の説示からはその事由は明らかではなく、またその事由らしいものを認めるに足りる証拠もないといわなければならない。
2 次に、参照例の一から四までを検討すると、前記甲第六号証から第九号証までによれば、これらはいずれも結晶性ポリオレフインのスラリーから立体特異性触媒を除去するに際し、できるだけ水を含まない脱灰剤を使用すべきことが記載されている事実を認めることができる。しかし、これによつて本願発明の方法が達しえたような澄明度、くもり度の製品が得られた旨の記載が見当らないことは、前記認定のとおりである。もつとも、前記甲第六、第七、第九号証によれば、参照例一には灰分が〇・〇一%以下および〇・〇二%以下である旨、参照例二には酸化物灰分が〇・〇三六%から〇・〇〇三五%までである旨、参照例四には灰分百分率が〇・〇九%から〇・〇一%までである旨が記載され、また、参照例二には遷移金属であるチタンの含量が〇・〇〇一%である旨が記載されている事実が認められる。しかし、これらの記載はいずれもポリエチレン、ポリプロピレンなど通常のポリオレフインに関するものについてなされた結果にすぎず、本願発明のポリ―四―メチル―ペンテン―一に関してなされたものはないから、これらの記載から脱灰処理によつて得られた重合体が本願発明の規定するような澄明度、くもり度を有するものと断ずることはできず、またこれを示唆するものともいえない。また、前記甲第九号証によれば、参照例四の実施例一および二には、透明な白色熔融状態に熔融する重合体、透明な麦わら色の熔融状態に熔融するポリプロピレンが得られた旨の記載があるが、この記載だけからでは本願発明の規定する澄明度、くもり度に達しているものかどうか明らかではなく、むしろ、前記認定のようにそのような透明性は得られていなかつたと認めるのが相当である。
3 被告は、ポリオレフイン中の残留物たる触媒残渣は重合体の透明性、色調、電気的性質などにおいてマイナスの因子をなすものであり、成形品用重合体を製造することを目的とすれば、重合体の劣化および変色の防止や電気的性質を向上させるために重合後の後処理として触媒除去につとめるのは当然であるから、ポリ―四―メチル―ペンテン―一の透明性の改良を意図すれば、ポリオレフインの触媒除去技術をポリ―四―メチル―ペンテン―一に適用することは容易である旨主張する。
しかし、本願発明は被告の主張するように単にポリ―四―メチル―ペンテン―一の透明性の改良を意図したものでないことは前記認定のとおりである。前記甲第六号証から第九号証まで、成立に争いのない乙第一号証によれば、ポリオレフインの精製法において重合体中の触媒残渣を除去することが一般に行われていたことは肯定してよいであろう。また、重合体より不純物たる触媒残渣を除去すればそれだけ重合体の透明性の向上に役立つであろうことは、前記甲第九号証の記載をまつまでもなく予想のつくことである。けれども、従来一般に行われていたポリオレフインの脱灰処理によつては、本願発明の規定するような透明性が得られなかつたことも前記認定のとおりである。これに対し、本願発明は、従来透明な製品が得られないとされていたポリ―四―メチル―ペンテン―一に関し、明細書において規定するような顕著な透明性を得たものであるから、従前の脱灰処理によつては得られなかつた顕著な作用効果を有するものといつて差支えない。そうだとすれば、参照例一から四までに見られるようなポリオレフインの触媒除去の方法を本願発明のポリ―四―メチル―ペンテン―一に適用することが容易であるということはできない。
4 以上の次第であるから、ポリ―四―メチル―ペンテン―一について本願発明の規定するような透明性を得るためには脱灰処理を行うことを考えることが理の当然ともいえず、また、重合体から立体特異性触媒を除去する周知の方法を転用することが容易であるともいえない。
したがつて、ポリ―四―メチル―ペンテン―一についてその透明性を改良するために本願発明の方法を用いることは容易に推考しうるとした審決の判断は誤りであり、違法であるといわなければならない。
三 よつて、当事者参加人の主張するその余の点について判断するまでもなく、審決の違法を主張してその取消を求める当事者参加人の本訴請求は正当であるから認容する。