東京高等裁判所 昭和49年(行ケ)88号 判決
本件審決にこれを取消すべき違法の点があるかどうかについて考える。
二 (一) 第一発明について
成立について争いのない甲第九号証――本件明細書――第二頁第七、八行によれば、本件発明における「珪酸カルシウム結晶の活性スラリー」の「活性」とは、「自己硬化性を顕著に発揮する性質」と定義されていることが認められるところ、原告は、本件発明でいう右「珪酸カルシウム結晶の活性スラリー」とは、これを単に成形し、脱水乾燥するだけで強固な成形体を得ることのできる自己硬化性を有するものをいうとし、また、『原料スラリーの「結晶化」を行なわせる』とは、原料スラリーの結晶を生成させるのみならず、その結晶を成長させることまでをも含むものであると主張するのに対し、被告は、本件発明でいう右原料スラリーの「結晶化」とは結晶の生成段階のみを指し、結晶の成長段階(硬化段階)は含んでおらず、一般に、ゾーノトライト結晶の結晶化と硬化(成長を含む)は、同時的又は一体的に起るものではなく、まず結晶化し、次いで徐々に結晶化だけが進む段階があり、その後ある段階で硬化が急激に起るのであり、その結晶化段階(結晶の生成段階)では安定にして自己硬化性をもつたスラリーの状態が存在し得るものであるところ、引用例(成立について争いのない甲第二号証)においても、ゾーノトライト結晶の比較的安定な活性スラリー状態が存在し、且つ、この状態のまま止め得るものであるから、第一発明は引用例記載の技術に基づいて当業者が容易に発明できたものであると認められるとの趣旨の主張をする。
成立について争いのない甲第二八号証(桐山良一著無機構造化学Ⅲ鉱物の構造と性質、昭和二九年初版発行)によれば、一般に「結晶化」とは結晶核の発成及び結晶の成長を含む概念であることが認められ、本件明細書には「結晶化」につき右と異なる意味を付して使用している旨の記載はないから、第一発明でいう「結晶化」も右の通常の意味、すなわち、結晶の生成のみならず、その成長をも含むものとして使用されているものと認むべきである。そして、第一発明でいう「珪酸カルシウム結晶の活性スラリー」とは、第二発明で、これを乾燥することによつて珪酸カルシウム結晶粉末が得られることが示されており、また、第三発明でこれを成形し乾燥することによつて珪酸カルシウム成形体が得られることが示されているから、これを乾燥することによつて珪酸カルシウム結晶粉末が得られるような自己硬化性を有するものというべきであり、また、第一発明においては、原料スラリーを加圧下加熱攪拌しながら(あるいは攪拌を一時中止して)水熱合成反応及び右に述べたような意味の結晶化を行なわせるものであるところ、引用例の方法は、原料スラリーを成形し、静置下に加圧加熱して水熱合成反応を行なわせて成形体を得るいわゆる静置法をとるものであり、また、原料スラリーの水熱合成反応時に攪拌を行なうものではなく、且つ、生成した結晶は常に硬化した成形体として得るものであり(以上の事実は、当事者間に争いがない)、引用例には、第一発明におけるように、生成した珪酸カルシウム結晶がスラリーとして得られる旨及び得られた結晶スラリーが活性を有している旨の記載はない。
被告は、引用例の方法では、型内で、活性状態の結晶化段階を経て更に硬化まで行われるものであるが、本来結晶化段階で止め得るものであることを考慮すると、途中に、比較的安定な活性スラリーの状態が存在するということができる旨主張するが、被告のいう「結晶化」とは、前記被告の主張として摘示したとおり結晶の生成段階のみを意味するものであつて、この段階でスラリーが被告主張のように比較的安定であるとしても、この状態のスラリーを第一発明における活性スラリーと同一のものであるとすることはできない。
被告は、また、成立について争いのない乙第三号証や乙第六号証等に記載の、従前の技術において、水熱合成反応時に攪拌する方法も存在することを考慮すると、一般に、鋳型を用いる従前技術(静置法)で攪拌が常に避けられるべきものとされていたと断じ切れるものではなく、その方法の一つである引用例の方法をもつて、攪拌が全く排除されているとはいえない旨主張する。
しかしながら、水熱合成反応時において攪拌する方法が公知であつたからといつて、引用例のものが同じく水熱合成反応時において攪拌するものであるということはできないのみならず、乙第三号証、同第六号証にも、得られた結晶が自己硬化性を示す旨の記載はないから、右乙号証及び引用例の記載から、原料スラリーの水熱合成反応及び結晶化を行なわせるに当つて攪拌することが、当業者が容易に想到し得るものであるとすることはできない。
右のとおりであつて、第一発明は引用例の記載から当業者が容易に発明し得たものであるとすることはできない。
(二) 第二、第三発明について
第二発明は、第一発明の方法によつて得られる珪酸カルシウム結晶の活性スラリーを乾燥してその結晶粉末を得る方法であり、第三発明は右スラリーを成形、乾燥して成形体を製造する方法であるところ、右活性スラリーを製造する方法は引用例の記載から当業者が容易に想到し得るものと言えないことは、(一)の項で述べたとおりであるから、第二、第三発明も引用例の記載から当業者が容易に想到し得たものとすることはできない。
三 右のとおりであつて、本件各発明は、引用例から当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法第二九条第二項により特許を得ることはできないとした審決は違法であつて、取消を免れない。
〔編註〕 本件における発明の要旨は左のとおりである。
(一) ワラストナイト、珪酸原料と石灰原料とのほぼ等モル混合物、及び水とから成る原料スラリーを、加圧下加熱攪拌しながらあるいは攪拌を一時中止して水熱合成反応並びに結晶化を行なわせることを特徴とするゾーノトライト系結晶を主成分とする珪酸カルシウム結晶の活性スラリーの製造法。(以下「第一発明」という。)
(二) ワラストナイト、珪酸原料と石灰原料とのほぼ等モル混合物、及び水とから成る原料スラリーを、加圧下加熱攪拌しながらあるいは攪拌を一時中止して水熱合成反応並びに結晶化を行なわせてゾーノトライト系結晶を主成分とする珪酸カルシウム結晶の活性スラリーを生成せしめ、ここに得た活性スラリーを乾燥することを特徴とするゾーノトライト系結晶を主成分とする珪酸カルシウム結晶粉末の製造法。(以下「第二発明」という。)
(三) ワラストナイト、珪酸原料と石灰原料とのほぼ等モル混合物、及び水とから成る原料スラリーを、加圧下加熱攪拌しながらあるいは攪拌を一時中止して水熱合成反応並びに結晶化を行なわせてゾーノトライト系結晶を主成分とする珪酸カルシウム結晶の活性スラリーを生成せしめ、ここに得た活性スラリーを成形し乾燥することを特徴とするゾーノトライト系結晶を主成分とする珪酸カルシウム成形体の製造方法。(以下「第三発明」という。)