東京高等裁判所 昭和49年(行ケ)98号 判決
一 成立に争いのない甲第四号証の一、二(本願明細書および図面)および弁論の全趣旨によれば次のとおり認めることができる。
(一) 本件出願前においては、履板は、その強度を上げるため、油焼入または水焼入を加えた後これを焼戻し、ラグ部について平板部より高い耐摩耗性および疲労限が要求される場合には、右熱処理後、ラグ部分だけに高周波または火焔による二段目の焼入を加え、その後に二段目の焼戻しを加えるという二段階の熱処理が行われていた。そして、高周波による二段目の焼入方法による場合には、二段目の焼入を加えた部分の組織と、これを加えない部分の組織の境界部が不安定な組織となり、機械的性質も不安定となつて弱い部分となる欠点があつた。
(二) これに対して、本願各発明は、右従来技術の欠点および工程を改良することを目的とし、高周波コイルと被処理物との間隔を各部で調節して磁束を拡散または集中することによる該被処理物の各部を不均一な温度に加熱する手段と、冷却手段とを有機的に結合することにより、
1 平板部および小ラグ部については、殆んど一様な硬さと高い靱性を持ち、平板部から大きく立上つた大ラグ部は、それ自体に与えられた加熱と平板部加熱の影響および熱伝導により、その付け根から先端にかけて硬度が漸増し、高い耐摩耗性と必要な靱性を有し、かつ、高い硬度部と低い硬度部および高い靱性部と低い靱性部が履板の表面各部においても、表面から芯にかけても、それぞれなだらかな硬度差で連続する、従来のものよりも高品質の履板を得ることができる。
2 従来技術に比べて、一回の焼入、焼戻で足り、熱処理工程が半減し、能率化されるという顕著な作用効果を奏するものである。
二 ところで被告は、熱処理部材の各部において、不均一な焼戻し硬さを、なだらかな硬度差をもつて入るように、一回の焼入れと一回の焼戻しだけで得るという熱処理技術は、例えば乙第一号証(特公昭二五―一七七五号公報)の記載から明らかなように本件出願当時の技術水準として既に存在しており、このような技術水準と引用例の示唆するところによれば、本願各発明における加熱手段は、引用例に示されたものを適宜設計変更することにより容易に推考しうるものであり、また本願各発明による作用効果もこれらのものから当然に予測される以上のものではなく、格別顕著なものとはいえないと主張する(なお原告は、乙第一号証を根拠とする被告の主張は、審決において判断されていない新たな公知例に基づく主張であるから、本件訴訟でこの主張をすることは許されないと主張する。しかし、被告のこの主張は、本件出願当時の熱処理技術の技術水準を述べたものであり、乙第一号証は、その例証であるから、その例証としての適否の点はともかくとして、右主張自体が許されない訳ではない。)。
そこで以下において右主張を検討する。
成立に争いのない乙第一号証によれば、特公昭二五―一七七五号公報には、木工用糸鋸等の如く、その一辺に鋸状の歯を有する帯状鉄鋼製品を一旦焼入した後、その歯先部以外が焼戻しされるように、通電加熱する熱処理法と、この加熱処理において、歯先は殆んど加熱されず、温度も熱伝導によつて僅か上昇するのみであることが記載されている。したがつて、そこに示された加熱処理の対象は、履板に比べ質量がはるかに微小で形状も複雑でないものである。そして、履板のような複雑な立体形状の大質量鋼材を右乙第一号証に記載されている電気抵抗方式やフレーム加熱方式により、各部位に異なる温度を附与することは、その加熱管理コントロールの困難性により実施不可能であること、および本願各発明は、これを高周波コイルの使用により達成した点において、また熱伝導を利用して該各部位間に勾配のなだらかな温度差をつけることができるようにした点において新規な技術であることは、いずれも当事者間に争いがない。
そうすると、熱処理部材の各部において、不均一な焼戻し硬さを、なだらかな硬度差をもつて入るように、一回の焼入れと、一回の焼戻しだけで得るという熱処理技術が、履板のような複雑な立体形状の大質量鋼材にも適用可能な一般的技術水準として、本件出願前に存在していたとは到底いうことができない。
次に、成立に争いのない甲第三号証によれば、引用例には、歯車の歯縁に、均一な焼入れ硬度を得るための焼入法を得ることを目的とし、そのため、歯縁端に対し、逃げ間隙を与えた高周波コイルを用いて加熱し、これによつて歯縁に均一な焼入れ硬度を生ぜしめることを内容とする考案が記載されていることが認められる。そうすると、本願各発明と右考案は、高周波コイルと被処理物との間隔調整によつて、該被処理物の各部分の単位面積に印加される磁束密度を異なるようにする点において一致している(この点は当事者間に争いがない)にすぎず、両者はその指向する技術課題、構成および作用効果において全く異ることが明らかである。
してみれば、本願各発明における加熱手段はもとよりのこと、これと冷却手段の有機的結合を内容とする構成要件を、本件出願前の技術水準と引用例に示唆された事項から容易に推考することができるとは到底いえない。したがつて本願各発明による作用効果もこれらのものから当然に予測しうるものではなく、その顕著性を否定できない。
そうすると、本願各発明の進歩性を引用例の記載にもとづいて否定した審決の判断は誤りであるから取消を免れない。
三 よつて原告の本訴請求は正当であるからこれを認容する。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
(一) 全部に一様な焼入硬さを附けた断面における各部熱容量が異る鋼製履板を、この履板との相対運動で履板に高い硬さを要求される部位には高周波磁束が拡散し靱性を要求される大きい熱容量部位には結合された磁気材料で高周波磁束を集中し靭性を要求される小さい熱容量部位には高周波磁束を拡散するように履板を取囲んだ誘導子で加熱し、その後履板を各部位になだらかな温度差を附けて冷却することを特徴とする断面の各部が一様でない熱容量を持ち一様な焼入硬度を持つ履板の焼戻法
(二) 全部に一様な焼入硬さを附けた断面における各部熱容量が一様でない形状を持つ多数の鋼製履板を連続且つ定速に移送して水槽に投入する移送機と、その中腹において該履板の一つ宛を取囲み履板に高い硬度を要求される部位には高周波磁束が拡散し靱性を要求される大きい熱容量部位には結合された磁気材料で高周波磁束を集中し靱性を要求される小さい熱容量部位には高周波磁束を拡散する誘導子とからなることを特徴とする断面の各部が一様でない熱容量を持ち一様な焼入硬度を持つ履板の焼戻装置