大判例

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東京高等裁判所 昭和49年(行コ)2号 判決 1974年11月14日

控訴人

市川善三郎

外二名

右三名訴訟代理人

田代源七郎

被控訴人

群馬県知事

神田坤六

右指定代理人

布村重成

外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら代理人は、「原判決を取消す。政府が自作農創設特別措置法(以下自創法と表示する)により、昭和二三年三月二日、控訴人市川善三郎から買収した原判決別紙目録記載の番号1ないし9の各土地を、被控訴人が同目録記載のとおり、それぞれ訴外佐藤染吉、同吉沢和藤太、同本白根開拓農業協同組合に売渡した処分の無効であることを確認する。政府が自創法により、昭和二三年三月二日控訴人山口禎三郎から買収した原判決別紙目録記載番号10の土地を、被控訴人が同目録記載のとおり売渡した処分の無効であることを確認する。政府が自創法により、昭和二三年三月二日控訴人小倉健二の先代小倉正恒から買収した原判決別紙目録記載番号11の土地を被控訴人が同目録記載のとおり売渡した処分の無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上、法律上の陳述、証拠の提出、援用、認否は、次に記載したほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

(控訴人の陳述)

一、農地、未墾地等の被買収者すなわち旧所有者が、農林大臣に対し、当該土地の売払いをすべきことを求めることができる場合に関し、最高裁判所昭和四二年(行ツ)第五二号農地売渡処分取消等請求事件について、大法廷が昭和四六年一月二〇日にした判決(以下大法廷判例という。)は、「これを要するに旧所有者は、買収農地を自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実が生じた場合には、法八〇条一項の農林大臣の認定の有無にかかわらず、直接農林大臣に対し、当該土地の売払いをすべきことすなわち買受けの申込みに応じその承諾すべきことを求めることをできるものというべきである。したがつて、このような場合に都道府県知事が右土地につき売渡処分をしたときは、旧所有者は行政訴訟法手続により右処分の取消しを求めることができるものといわなければならない。」としているから、農地法八〇条一項により売り払いの対象となる土地(農地、未墾地)は(イ)自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実が生じたものであること(ロ)売渡処分をしないで国がこれを保有しているものであることの二要件を具備したものでなければならない。

ところで控訴人らの土地は、右大法廷判例の(ロ)の土地と異なり、既に売渡処分がなされているものである。控訴人らも売渡処分が無効であれば、当該土地の所有権が国にあることを否定するものではないが、買収土地を国がそのまま保有している場合と、それを売渡処分をした場合とでは、控訴人らの法的利益ないし権利に差異があると解すべきである。

二、次に農地等の買収処分が無効の場合には「買収処分が無効であれば、本件土地の所有権は依然として上告人らにあるのであるから、買収処分が無効であることを前提として売渡を受けた者らに対し、土地所有権の確認、土地の明渡、所有権取得の抹消登記手続の請求等現在の法律関係に関する訴えを提起することができる(最高裁判所昭和三九年(行ツ)第九五号農地買収処分無効確認請求事件昭和四五年一一月六日第二小法廷判決。以下第二小法廷判例と称す。)。」のであるが、控訴人らは、自分らには右第二小法廷判例の上告人が売渡しを受けた者に対してなしうるような法的利益ないし権利はないと解し、かつ、行政事件訴訟法(以下行訴法と表示する)三六条にいわゆる「現在の法律関係に関する訴によつて目的を達することができないものに限り」にいう「目的を達する」とは、右第二小法廷判例のように現在の法律関係一切を解決することができる場合と解するのである。すなわち、控訴人らが国に対し、本件各土地について、売払いの申請に対する承諾の意思表示を求めることができるということだけでは、いまだ現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができるものではないと解するのである。何となれば、前述のとおり本件各土地は、いずれも売渡処分済のもので、登記簿上所有名義人は各売渡を受けた者であり、しかも同人らは(イ)該土地に農地法三条による許可を条件とする売買予約の登記をしているもの(ロ)根抵当権設定の登記をしているもの(ハ)土地を他に賃貸しているもの等複雑な法律関係が生じているからである。

三、被控訴人の後記主張のとおり、前記引用の大法廷判例が取消訴訟に関するものであることは、控訴人らもこれを承知している。しかし、取消訴訟と無効確認訴訟とは本質的に異なる訴訟形態ではなく、両者は出訴期間の制限があるかどうかの差異があるにすぎないものである。

(被控訴人の陳述)

一、行訴法三六条は、無効等確認の訴えを提起することができるのは「……法律上の利益を有する者で」、「……現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないものに限」るとしている。

ところで、当該処分の無効を前提とする「現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができない」とは、処分に基づいて生ずる法律関係に関し、処分の無効を前提とする当事者訴訟又は民事訴訟によつては、本来、その処分のため被つている不利益を排除することができないことをいうのである(最高裁判所昭和四五年一一月六日第二小法廷判決民集二四巻一二号一七二一ページ)が、農地法八〇条の規定による買収農地の旧所有者に対する売払いは、私法上の行為であり(控訴人ら引用の大法廷判例)、私法上の売払請求権を有する旧所有者は、「売払いにつき農林大臣を主管者とする国を被告として意思表示の給付を求める訴訟」を提起できるのである(最高裁判所昭和四七年三月一七日小法廷判決、民集二六巻二号二三一ページ)。したがつて、本件売渡処分が無効であれば、当該土地の所有権は国に存するのであるから、控訴人らにおいて売払請求権を有する場合には、控訴人らは国を被告として売渡処分の無効を前提に売払承諾の意思表示を求める訴えを提起することができ、この訴えはもちろん現在の法律関係に関する訴えであるから、控訴人らは、無効確認の訴えを提起することはできないものといわなければならない。

二、大法廷判例を引用した控訴人らの主張は、誤解に基づくものである。すなわち、右大法廷判例中の控訴人らの引用部分は、行訴法九条の「処分の取消しの訴え」に関して原告適格の有無を判示するものなのであつて、「無効等確認の訴え」の原告適格に関し判示したものではない。大法廷判例の事例においては、売渡処分が取消されない限り国には所有権が存しない場合であるから、旧所有者は売渡処分を存続させたままで売払請求権を行使し、国を被告として売払いの意思表示の給付を求める訴訟を提起することはできず、この訴えを提起する前提として、「処分取消しの訴え」を提起する必要があるわけであるが、このことから、「処分無効確認の訴え」をも提起できると考えることは、「無効」と「取消し」との差異を忘れた主張であつて、とうてい是認できないものである。

三、次に最高裁判所第二小法廷の判例を引用しての控訴人らの主張も、誤解に基づくものである。すなわち、右判例中の控訴人らの引用部分は、控訴人ら主張のように、「現在の法律関係一切を解決することができる場合」をもつて、無効等確認の訴えを提起できない場合にあたる旨の判示をしているわけではなく、「買収処分」が無効である場合に被買収者が提起できる現在の法律関係に関する訴えの例を挙げたにとどまるものであつて、本件のように「売渡処分」の有効・無効を争おうとする場合とはその事案を異にし、農地の買収・売渡の場合においては、買収が無効な場合、売渡が無効な場合、その両者とも無効な場合等のほか、具体的な事実関係の異なるのに応じて「現在の法律関係に関する訴え」もその態様等を異にするのは、けだし当然である。買収地を国がそのまま保有している場合とその売渡処分をなした場合とについても具体的な事実関係を異にするにとどまり、行訴法三六条の解釈に関する法理を異にすることはなく、この場合売払いを受けた上で控訴人らが売渡処分の相手方に対し「現在の法律関係に関する訴え」としてどのような訴えを提起すべきかは、問題ではないのである。右第二小法廷判例の事案は、そもそも買収処分が無効な場合なのであつて、買収前の旧所有者はもともと土地所有権を失つてはいないのであり、農地法八〇条による売払請求権を論ずる必要がない場合であるのに対し、本件は、買収そのものは有効であつて、買収前の旧所有者たる控訴人らは土地所有権を失つたものではあるが、売渡処分は無効であると主張するものであるところ、右主張のとおりとすれば、控訴人らは農地法八〇条により国に対して売払請求権を行使する可能性のある場合なのであるから、両者がその事案を異にすることはいうまでもない。

(証拠関係)<略>

理由

一当裁判所の判断は、次に記載したほかは、原審の判断と同一であるから、原判決の理由の記載をここに引用する。成立に争いのない甲第二〇号証の記載をもつてしても右判断を左右するに足りない。

(一)  控訴人らは、最高裁判所大法廷の判例(昭和四六年一月二〇日言渡)を引用して、本件訴えが適法であると主張する。しかし、右判例が判示しているのは、農地法八〇条の規定によつて売払請求権を有すると主張する旧所有者につき「……都道府県知事が右土地につき売渡処分をしたときは、旧所有者は行政訴訟法手続により右処分の取消しを求めることができるものといわなければならない。」というのであつて、無効確認の訴えを提起できるとしているのではないから、右判例をもつて直ちに本件無効確認の訴えの適法性の根拠とすることはできない。なお、控訴人らは、行政処分の取消しの訴えと無効確認の訴えとは、後者が前者の出訴期間経過後のものであるという差異があるにすぎないのであるから、右大法廷判例の趣旨は、本件にも適用されるものであると主張する。しかし、行政処分の取消しの訴えと無効確認の訴えとの差異は、単に出訴期間の有無のみに止まらず、取消原因と無効原因との差異、主張立証責任の差異のほかに、原告適格の差異等の重要な差異が存するのであつて、(そして、まさに本件においては、原告適格の差異が問題とされているわけであるが)、両者を同一に扱うべしとする右主張は採用できない。

(二)  控訴人らは次に最高裁判所第二小法廷の判例(昭和四五年一一月六日言渡)を根拠として、行訴法三六条にいう「目的を達すること」とは、「現在の法律関係の一切を解決すること」を意味するものであると主張し、本件で控訴人らが国に対して本件各土地の売払いの申請に対する承諾の意思表示を求めることができるというだけでは、いまだ現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができるとはいえないと主張する。しかし、行訴法三六条にいう「目的を達する」とは「処分の無効等を前提とする現在の法律関係に関する訴えの形態をとることができる」ことを意味するに止まり、必ずしも右訴えによりさえすれば、それによつて一切の紛争が解決できることまでを必要とするものと解すべきではない。蓋し、このことは、行訴法三六条の趣旨が、無効確認訴訟を他の訴訟方式によつては救済しえない場合の、補充的救済方法として制限的に認めようとしたものであることから、窺うことができる。

二以上のとおりであつて、本件訴えを、行訴法三六条所定の原告適格を欠くものとして却下した原判決は相当で、本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条に従い、主文のとおり判決する。

(浅賀栄 小木曾競 深田源次)

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