大判例

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東京高等裁判所 昭和50年(う)1005号 判決

被告人 寺内和雄

〔抄 録〕

ところで、原判決は原審で取り調べた証拠によって、被告人は自車の左後車輪によって大堀を「轢過」したものと認定しているところ、ここに「轢過」という言葉は、その通常の用法に従って、被告人車の左後車輪のタイヤが大堀の身体を乗り越え、その上を通り過ぎたという趣旨に理解することが出来る。しかしながら当審証人益子健一の尋問調書によると、同医師は大堀博由が受傷後約九時間もたってから腹腔がガスで充満して来たことから見て、同人の腸の損傷は小さいものであると推定したことが認められ、これと、同人は受傷後約一一時間も生存していたことをあわせ考えると、被告人車のような重量ある車体の左後車輪が大堀のような幼児の身体の上を乗り越え、通り過ぎたものとは到底考えられない。従って、この点では原判決は事実を誤認したものといわざるをえない。

しかしながら、前記益子健一の尋問調書によると、大堀博由は、受傷直後に耳から血液と脳漿を流出させており、その頭蓋底骨折、脳挫傷の傷害は重篤なものであったこと、そのような傷害は、幼児が自ら自転車より転げ落ち、路面等で頭部を打撲しただけでは通常発生しないものであることが認められるから、結局右の傷害は大堀が被告人車の左後車輪で轢かれた(「轢過」ではない)ことから生じたものと推認することが出来る。もっとも本件では大堀にかような傷害が生じた過程については、これを認めるに足りる証拠がなく、その工学的解明はなされていないが、右のような傷害は、大堀の身体が被告人車の左後車輪に轢かれたこと、すなわち同車輪のタイヤによって、路面に押しつけられたり、こすりつけられたり、引きずられたり、弾き飛ばされて路面あるいは車体下部に強打させられたりして生じうるものと解されるから、工学的解明がなされていないからと言って、大堀が被告人車に轢かれたため右の傷害が生じたことを認定する妨げとなるものではない。そして右尋問調書によれば、大堀の受けた右傷害のうち頭蓋底骨折、脳挫傷が死亡の直接原因であると認められるので、被告人の運転行為と大堀の死亡との間には相当因果関係を認めることができるものというべきである。

(綿引 石橋 藤野)

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