東京高等裁判所 昭和50年(う)1460号 判決 1976年5月10日
被告人 桜井清一
主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中二八〇日を原判決の本刑に算入する。
当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人山口邦明提出の控訴趣意書に記載するとおりであるから、ここに、これを引用する。
控訴趣意第一点理由そご並びに理由不備の主張について、
一、所論一は、覚せい剤の所持犯はいわゆる継続犯であるところ、原判決の認定したところは、被告人は昭和四九年一二月三日原判示覚せい剤を所持したというのであつて、同日の午前〇時から同日午後一二時迄の間継続してこれを所持した事実を判示したものと解されるところ、原審昭和五〇年押第四七二号の符号一の覚せい剤一二袋は同日午後二時五分から同一〇分迄の間に司法警察員によつて差押がなされているものであるから、同時刻以降被告人に所持は存在せず、又同符号の二の覚せい剤一袋は原審相被告人内村清人が前同日昼前に同人の背廣内ポケツトに隠匿したもので被告人に所持がないばかりか、右覚せい剤一袋は同日午後八時四五分から午後九時一〇分迄の間に司法警察員によつて差押がなされたものであるから、以上いずれの覚せい剤についても同日午後一二時迄被告人の所持が継続していなかつたことは明白である。してみれば、原判決にはこの点において理由そごの違法がある、というのである。
然しながら、覚せい剤の所持とは、覚せい剤であることを知りながら、これを事実上自己の実力支配内に置く行為をいうのであつて、その所持の態様としては一定の時間の継続を伴うことを常態とするであろうが、その犯罪の成立要件として一定の時間の継続を必要とするいわゆる継続犯ではない。そして、原判決が被告人が原審相被告人内村清人と共謀のうえ、昭和四九年一二月三日原判示覚せい剤を所持したと判示したのは、所論の如く同日午前〇時から同日午後一二時迄継続してこれを被告人らの実力支配内に置き所持した旨を判示したものではなく、原判決引用の証拠と対照して明らかなように、右同日原判示覚せい剤が司法警察員によつて差押え又は領置されて被告人らがその所持を喪失する迄の時点において同日被告人らが原判示覚せい剤を被告人らの実力支配内に置き所持した事実を認定判示した趣旨であることは明白であるから、所論はすでにその前提において失当であつて採用の限りでない。又所論の前記符号二の覚せい剤一袋については前記内村清人の隠匿行為後同人の所持に帰したものであるとしても、被告人と右内村清人との共謀による所持を認定した原判決の判示するところに毫も所論の如き瑕疵は存しない。論旨は理由がない。
二、所論二は、前同押号の符号三の覚せい剤二包については、前同日被告人らがこれを原判示銀座第一ホテル五五四〇号室において所持したとの証拠はなく、右符号三の覚せい剤を司法警察員が入手した経路は不明であつて違法に蒐集されたものというべく証拠能力を欠くものであるから、もとより証拠に供し得ないものであり、右符号三の覚せい剤の所持については原判決には証拠理由不備の違法がある、というのである。
然しながら、原判決引用の証拠、特に、被告人の原審公判廷の供述、被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書によれば、所論符号三の覚せい剤二袋についても原判決摘示事実に副う証拠は備わつていることが明らかである。なお、所論は右符号三の覚せい剤二包は違法蒐集証拠で証拠能力を欠くというが、記録によれば、原審においては、被告人、弁護人とも被告人に対する原判示覚せい剤の所持の事実については営利目的の点を除き毫もこれを争わず、符号三の覚せい剤二包の証拠能力、特に司法警察職員のこれに対する所持獲得手続の違法を問題とした形跡はどこにも認められないのであるから、いま新に当審においてその証拠能力を控訴理由として争うことは許されないものというべきである。のみならず、当審公判調書中証人菅原千代治、同樋口束の供述記載によれば、右符号三の覚せい剤二包は、昭和四九年一二月三日司法警察員において原判示銀座第一ホテル五五四〇号室の当時の被告人らの投宿先を被告人不在中捜索した際アタツシユケースに入つていたものを発見したのであるが、被告人の所有物かどうかが判明しなかつたため、右第一ホテルの管理者の同意を得て司法警察員においてその提供を受け、翌一二月四日午前九時司法警察員菅原千代治がこれを丸の内警察署に留置中の被告人に示し、被告人の所有物たることの確認を得てその任意提出を受けこれを領置したものであることが認められるのであるから、これを違法蒐集証拠として証拠能力を欠くとの非難は当らず、又所論の司法警察員に対する被告人の昭和四九年一二月四日付供述調書中の所論引用の符号三の覚せい剤二包は、「捜索差押許可状で押収されたものである」旨の供述記載部分は事実に反するものであるが、その前段の所論引用部分はこれと可分に被告人の右符号三の覚せい剤二包に対する原判示場所における所持関係を証明する証拠たることは明らかであるから、この点の論旨も採るを得ない。
同第二点事実誤認の論旨について、
三、所論は、前同押号の符号二の覚せい剤一袋は原審相被告人内村清人が同人の背廣内ポケツト内に所持していたものであつて、原判決がこれについても被告人が所持していたと認定したことは事実を誤認したものである、というのである。
然し、原判決引用の証拠、特に、被告人及び原審相被告人内村清人の原審公判廷の各供述、内村清人の司法警察員並びに検察官に対する各供述調書によれば、所論の符号二の覚せい剤一袋は、被告人と内村が相謀り大阪方面から購入し原判示銀座第一ホテルの止宿先で所持していた覚せい剤の一部であり、被告人が注射用として自ら施用した残量を昭和四九年一二月三日午前中他出するに際し同ホテルの居室内に残しておいたものを内村清人がマツチ箱に収めて同人の背廣内ポケツト内に隠匿していたものであることが明らかであり、原判決がその挙示引用の証拠により所論の符号二の覚せい剤一包についても、被告人と原審相被告人内村清人の共謀による所持を認めた措置は十分首肯できるものというべく、所論は独自の主張に過ぎず、記録を精査してみても、この点の事実認定に誤認のかどは認められない。論旨は理由がない。
四、所論は、前同押号の符号一の覚せい剤一二袋のうち一袋(〇・六九六グラム)は販売のための見本として所持していたものであり、同符号二の同一袋は被告人の注射した残りの物であり、同符号三の二包は被告人らが大阪の木村から購入したとき見本として持つてきたものであつて、これらについてはその所持についていずれも営利目的があつたものとは認められず、原判決はこの点において事実を誤認したものである、というのである。
営利目的の所持とは財産上の利益をもつてする所持をいうことは所論のとおりである。
ところで所論の符号一ないし三の各覚せい剤は、前記の如く被告人が内村清人と相謀り他に販売して利益を得る目的で大阪方面から購入して所持していたものであることは原判決引用の証拠上明らかであり、そのうち所論符号一の覚せい剤一二袋中の一袋〇・六九六グラムが他に販売する際の見本あるいは試用品として用いられるためのものであつて、それ自体を他に販売するためではないにしても、被告人らが所持する覚せい剤を他に販売するための手段として用いられるものであるばかりでなく、その試用品として用いられた残量は直ちに販売の客体と化しうるものであることは看易い道理であるから、見本あるいはその一部を販売のための試用品として所持していた場合であつても財産上の利益を得る目的、すなわち営利目的でこれを所持したものと認めることは許されるものというべく、又符号三の覚せい剤二袋が被告人らが所論の如く大阪の木村から購入する際の見本として入手したものであつても、木村からの購入が他に販売する目的に出たものであり、営利目的でこれを所持するものである以上、それと一体をなして購入した符号三の二袋についても営利目的でこれを所持したものと認定するのに支障はない。次に、符号二の覚せい剤一包が被告人が自己施用したものの残量であることは所論のとおりであり、記録並びに原判決引用の証拠によれば、右符号二の覚せい剤一包は被告人らが大阪方面から購入した覚せい剤の一部であることは明らかであるが、被告人が何時これを自己施用に充てる目的で選択して特定したものであるかを明らかにすることができず、昭和四九年一二月三日以前既にこれを自己施用のため選択して特定していた疑いが十分に存するのであるから、この分についてまで営利目的の所持を認定することには合理的疑いを容れるものというべきである。従つて、原判決がこの分についてもその所持について営利目的の存在を認定したことは事実を誤認したものというべきであるが、その量は一・一〇七グラムで全体一〇九・八六三グラムの中で約一パーセントに過ぎず極めて少量であるし、その所持自体が罪となるべき場合であるから、右の誤認は未だ判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいえない。論旨は結局理由がない。
同第三点量刑不当の主張について、
記録並びに原裁判所及び当裁判所が取り調べた証拠を検討し、これらにより認められる被告人の素行、経歴、本件犯行の動機、態様、罪質、特に、被告人は昭和四八年一一月八日麻薬取締法、覚せい剤取締法各違反罪で懲役一年二月、執行猶予三年に処せられた前歴があるのに、今回さらに転売して利益を得る目的で原審相被告人内村清人と相謀り本件犯行に及んだものであり、その違反数量も一〇〇グラムを超える大量のものであつて、犯情悪質というべく、しかも、被告人は覚せい剤仕入れのため韓国にまで出向いたこともあり、その背景には暴力団も介在していた疑いが濃厚であり、現時この種事犯に対する取締りの実情を考えれば、被告人としても相当の責任を負わざるを得ないこと、また共犯者内村清人との関係においても、同人は被告人方の仕事を手伝つていたもので、本件においても内村に比べて被告人が主導的立場にあつたと認められること等の諸点を考えれば、所論の事情のうち被告人に有利な又は同情すべきところを十分参酌してみても未だ原判決の被告人に対する量刑が重きに過ぎ不当なものであるとは認められない。論旨は理由がない。
よつて、刑訴法三九六条に則り本件控訴を棄却することとし、刑法二一条により当審における未決勾留日数中二八〇日を原判決の本刑に算入し、当審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項本文に従い全部被告人に負担させることとする。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判官 谷口正孝 金子仙太郎 小林眞夫)