東京高等裁判所 昭和50年(う)1547号 判決 1977年2月28日
控訴人 被告人
被告人 山本勝
弁護人 平岡俊将 外三名
検察官 斎藤吾郎
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役五年に処する。
原審における未決勾留日数中一四〇日を右刑に算入する。
押収してある納税証明書七通(東京高裁昭和五〇年押第五三六号の一ないし五、七、九)、納税証明書写九通(同押号の一八、三一、四四、五〇、五九に各添付)の各変造部分及び納税証明書八通(同押号の七ないし一四)、納税証明書写八通(同押号の八五、九一、九七、一〇三に各添付)の各偽造部分を没収する。
訴訟費用は、別紙記載のとおり被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人平岡俊将、同坂間孝司、同笠原力連名の控訴趣意書及び控訴趣意補充書、弁護人田原義衛作成名義の控訴趣意補充書、同その二及び同その三(但し、同弁護人は、当審第四回公判期日において、「理由齟齬」の主張の点は裁判所の職権調査を促す趣旨であり、同第五回公判期日において右「控訴趣意補充書その三」は裁判所の職権発動を促す趣旨及び量刑事情として述べる趣旨である旨それぞれ陳述した)に各記載するとおりであり、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官検事西村常治作成名義の昭和五〇年一一月一九日付、同五一年一月一七日付各答弁書に各記載するとおりであるから、ここに、これらを引用する。
弁護人平岡俊将、同坂間孝司、同笠原力の控訴趣意第一及び弁護人田原義衛の控訴趣意第一点の(一)(法令解釈適用の誤の主張)について、
所論は、要するに、原判示第一ないし第四の原判示各証明書の原判示各事項欄の改ざんは、これに続く複写文書の作成のためのものであつて、被告人らには原判示の改ざんの各証明書の原本をいずれも真正なものとして使用する意図が全くなく、「行使の目的」を欠くから、犯罪が成立せず、また、右各証明書の改ざんは、その複写文書を作成するための準備行為であつて、刑法上の「予備」を構成するに止り、犯罪を構成せず、更にまた、原判示第一ないし第四、第七、第八、第一二、第一四の改ざんの各証明書の複写文書は、原本ではなく、あくまでも写であつて、いずれも被告人らが自由に作成することのできる内容虚偽の私文書に過ぎないから、右各複写文書の作成行為は、いずれも公文書偽造罪を構成せず、仮に、右各複写文書が、公文書に当たるとしても、いずれも無印公文書と解すべきであるから、原判示第一ないし第四の各事実に対し有印公文書変造・同行使の、原判示第七、第八、第一二、第一四の各事実に対し有印公文書偽造・同行使の該当法条を各適用した原判決は、法令の解釈適用を誤つたものであり、右誤りは、判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。
そこで、所論にかんがみ検討すると、文書偽造罪における「行使の目的」とは、他人に対し、偽造(変造)文書を真正な文書と主張して、当該文書の作成名義、内容につき他人を誤信させようとする目的をいうものと解すべきところ(大審院大正二年四月二九日判決・大刑録一九-五三二頁参照)、なるほど被告人らにおいて原判示第一ないし第四の原判示各証明書の原判示各事項欄の改ざん行為(変造)はその各改ざんした各証明書の原本をいずれも真正な文書としてそれ自体を証明用に使用する意図がなかつたことは所論指摘のとおりであるが、右各証明書の改ざん行為は、これを複写機を用いてその改ざんに係る公文書と同一作成名義、同一内容の複写文書(以下写真コピーという)を作成しこれを原判示用途に使用するためであつたことは原判決の認定するとおりであるから、被告人らとしては、物理的に右改ざんに係る原判示各証明書自体を他人に対し、行使する目的がなかつたにせよ、右各証明書と同一の作成名義、内容でその原本自体の存在に取引上疑問を抱かせない後記各写真コピーを作成することにより、これを介して、右改ざんに係る原判示各証明書を真正な文書として他人に対し主張する意図であり、かかる場合、たとえ写真コピーを介するにせよ、改ざんした証明書の内容の真正を主張せんとするものである以上、行使の目的をもつて原判示各証明書を改ざんしたものと認めるに支障はないというべきである。そして、原判示各証明書の改ざんに行使の目的を認めうる限り、改ざんによる変造行為は完成し、これを単に写真コピー作成のための準備行為ないし予備行為として不可罰視することは許されない。この点の論旨は理由がない。また、公文書偽造(変造)罪は、公文書に対する公共的信用を保護法益とし、公文書が証明手段としてもつ社会的機能を保護し、社会生活の安定を図ろうとするものであるから、公文書偽造(変造)罪の客体となる文書は、これを原本たる公文書そのものに限る根拠はなく、原本の写であつても、それが原本と同一の意識内容を保有し、証明文書としてこれと同様の社会的機能と信用性を有するものと認められる限り、偽造(変造)の客体たる文書に含まれるものと解するのが相当であり、複写機等を使用し、機械的方法により原本を複写した写真コピーは、写ではあるが、複写した者の意識が介在する余地のない機械的に正確な複写版であつて、紙質等の点を除けば、その内容のみならず筆跡、形状にいたるまで原本と全く同じく正確に再現されているという外観をもち、これを見る者をして、同一内容の原本の存在を信用させるだけでなく、印章、署名を含む原本の内容についてまで、原本そのものに接した場合と同様に認識させる特質をもち、複写した者の意識内容でなく、原本作成者の意識内容が直接伝達保有されている文書とみうるものであり、このような写真コピーは、そこに複写されている原本が右コピーどおりの内容、形状において存在していることにつき極めて強力な証明力をもちうるものであり、それゆえに、公文書の写真コピーが実生活上原本に代わるべき証明文書として一般に通用し、原本と同程度の社会的機能と信用性を有するものとされている場合が多いから、公文書偽造(変造)罪の客体たりうるものであつて、原本と同一の意識内容を保有する原本作成名義人作成名義の公文書と解すべきであり、右作成名義人の印章、署名の有無についても、写真コピーの上に印章、署名が複写されている以上、原本作成名義人の印章、署名のある文書として文書偽造(変造)罪の客体たりうるものと認めるのが相当であり、原本の複写自体は一般に禁止されているところではないが、原本の作成名義を不正に使用し、原本と異なる意識内容を作出して写真コピーを作成することは、もとより原本作成名義人の許容するところではなく、行使の目的をもつてするこのような写真コピーの作成は、公務所又は公務員の作成名義を冒用して本来公務所又は公務員の作るべき公文書を偽造(変造)したものに当たることは、最高裁判所昭和五一年四月三〇日第二小法廷判決に示すとおりである。そこで、これを本件についてみると、本件各写真コピーは、いずれも公務員である税務署長等がその職務上作成すべき同税務署長等の職名及び記名押印のある法人税納税証明書等を改ざんし、これを複写機で正確に複写した形式外観を有する写真コピーであつて、いずれも東京信用保証協会からの信用保証決定を得るための添付資料として提出され、同協会においてこれと同一内容の原本の存在を信用して異議なく受理され原本と同一の証明力を有する文書として扱われていたものであることは明らかであるから、本件写真コピーは改ざんにかかる原本と同様の社会的機能と信用性を有する文書と解しても差支えない。してみると本件各写真コピーは、いずれも原判示の税務署長等の記名押印のある有印公文書に該当し、これらを原判示の方法で作成行使(ただし、原判示第二の変造公文書行使は、後記のとおり当裁判所判示の方法による)した被告人の原判示第一ないし第四の各所為は、有印公文書変造・同行使罪(ただし、原判決は、原判示第二の事実につき変造有印公文書行使の事実摘示を欠く)、原判示第七、第八、第一二、第一四の各所為は有印公文書偽造・同行使罪に該当するものというべきであるから、原判決には所論のような法令解釈適用の誤は存しない。所論は、確かに聴くべき見解を展開するものではあるが、複写技術が格段に飛躍し、証明手段として写真コピーが原本に代わるものとして一般的に使用されている現在の社会の状況を考えれば、文書偽造の客体を原本に限るとする理論にも確たる根拠がないこととあいまち、最高裁判所の前記引用判例は解釈論として十分説得力のあるものと考えられるので、当裁判所もこの判例に従うことにした。従つて、この点の論旨も採るを得ない。
なお、職権をもつて調査すると、原判決は、その理由「罪となるべき事実」第二において、被告人の原判示変造法人税納税証明書及び同事業税(法人)・都民税納税証明書の一括行使の事実の摘示がないのにかかわらず、その理由「法令の適用」の項において、右第二の事実に変造有印公文書行使に関する刑法六〇条、一五八条一項、一五五条二項、同条一項を適用し、原判示の一所為数法、牽連犯の罪数処理をしたうえ、一罪として変造有印公文書行使罪(法人税納税証明書)の刑で処断し、かつ、納税証明書写二通の各変造部分は原判示第二の変造有印公文書行使の犯罪行為を組成した物として同法一九条一項一号、二項により没収しているから、原判決は、理由相互間にくいちがいのあることが明らかであるから、原判決は、この点において到底破棄を免れない。よつて、その余の控訴趣意に対する判断を省略し、刑訴法三九七条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により被告事件につき更に判決する。
当裁判所の認定した被告人に対する罪となるべき事実は、原判示第二事実中の「事実無根の内容を記載した信用保証委託書等を提出し、」とあるのを「事実無根の内容を記載した信用保証委託書等に、前記変造のうえいずれも複写機械にかけ原本と同一のものとして用意していた芝税務署長作成名義の法人税納税証明書写一通および東京都港税務事務所長作成名義の事業税(法人)・都民税納税証明書写一通を真正なもののように装つて一括提出して行使し」と付加訂正するほか、原判決に摘示するところと同じであるから、ここに、これを引用する。
証拠の標目は、原判決に掲げるところと同一であるから、ここに、これを引用する。
(法令の適用)
被告人の判示各所為につき、原判決と同一の刑罰法令を適用し、同一の科刑上の一罪の処理をし、同一の併合罪加重をした刑期の範囲内で被告人を処断すべきところ、本件は、被告人が、主犯者たる地位にあつて、原判示の共犯者らを指示命令し、右共犯者らと共謀のうえ、綿密な計画のもとに本件各犯行の重要な役割を分担実行し、多数回にわたる納税証明書等関係書類の偽造、変造、その行使等によつてばく大な金員を騙取した事案であつて、その社会的影響が大きいなど、犯情が悪質であること、被告人は、昭和四二年五月八日詐欺罪により懲役二年六月及び同六月・いずれも四年間執行猶予に処せられた前科があるのに、本件各犯行の一部が右執行猶予期間中に犯されたものであつて、被告人の刑責は重大であること、しかしながら、本件は、原判示の東京信用保証協会の信用保証決定に至る審査についても問題がないわけではなく、又右保証決定があると融通手形であつても安易にこれを割引している金融機関の措置にもとがめられるべき点がないわけではないこと、被告人は結果は得られなかつたとしても、病弱の身体をおして示談、弁償のため努力を払つてきたこと、その他被告人の年齢・健康状態・反省の程度・共犯者らに対する量刑等諸般の情状を考慮して、被告人を懲役五年に処し、原審における未決勾留日数の算入につき刑法二一条を、没収につき同法一九条一項一号、二号、二項を、原審及び当審における訴訟費用の負担につき刑訴法一八一条一項本文を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長判事 谷口正孝 判事 金子仙太郎 判事 小林眞夫)
(別紙)
(一) 原審における訴訟費用のうち、左記証人に支給した分の全額
証人桜井竜二郎、同藤野保昭、同松本日出男、同柑子山貞政、同長田進、同毛塚昇之助、同川上豊彦、同畑中清蔵
(二) 同左記証人に支給した分の二分の一
証人青木安夫、同松葉茂直、同三瀬薫紀、同岡田寿、同鈴木正彦、同南須原清正、同小島盛永、同平尾孟久、同大野宏平、同中川雅夫、同吉田正一、同小野賢保、同伊賀上湛、同山坂又喜、同浜田忠耀
(三) 当審における訴訟費用の全部