大判例

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東京高等裁判所 昭和50年(う)1815号 判決

被告人 佐藤勝治

〔抄 録〕

論旨は要するに、被告人は原判示二、の業務上過失致死の犯行については過失がなく、被告人は無罪であるというに帰する。

しかし、原判決の挙示した関係証拠によれば、所論の過失の点を含め原判示二、の業務上過失致死の犯行を肯認するに十分であり、被告人も当審公判において、右過失があった旨をほぼ自認しているのである。すなわち前記各証拠によれば、被告人は原判示のように原動機付自転車を運転進行中、同判示の、交通整理の行なわれていない丁字路交差点を右折するにあたり、その右折しようとする道路の見通しが悪いのに、被告人は一時停止はしたものの、右方道路上の交通に対して十分な安全確認をしないで時速約一〇キロメートルで右折進行した過失により、折りから同道路上を直進して来た及川誠(当時六三年)運転の原動機付自転車の前部に自車を衝突させ、同人を車両もろともその場に転倒させ、死亡させた事実が認められ、以上の事実によれば、被告人の過失は明らかである。

所論は、本件衝突事故の原因は、及川誠の高速運転およびハンドル操作の誤りにあると主張する。そして記録によれば、原審証人林一幸は右事故現場付近においてこれを目撃した者であるが、同人は被告人および及川誠のいずれとも全く利害関係のない第三者であって、その証言内容は十分信用すべきものと認められるところ、林証人の原審尋問調書によって認められる被告人車および及川車を発見した当時の両車の所在位置および進行状況に関する目撃状況、司法警察員作成の実況見分調書二通(とくに各現場見取図)および原審検証調書(とくに現場見取図第二図)によって認められる被告人車が一時停止した地点から右折徐行して衝突地点に至るまでの距離および林が及川車を発見した当時の及川車の所在位置から衝突地点に至るまでの距離等を総合検討すれば、及川車の当時の時速は遅くも原動機付自転車の最高速度である三〇キロメートルを若干超えていた(被告人の原審・当審各公判における、及川車の時速は五〇キロメートル以上或いは約四五キロメートルないし約五〇キロメートルであった旨の供述部分は信用できない。)ことは否定できないところであるとともに、及川誠は、道路左側を進行して本件交差点の手前少くとも約三〇メートルの地点にさしかかった際、突然同交差点内に進出して来た被告人車を認め、右にハンドルを切って衝突を避けようとしたものの、前記時速のためもあって避けきれず、被告人車に衝突されたものであることが認められるのである。以上認定のような及川誠の運転態度に徴し、また前記のように被告人車の進行道路の見通しが悪いことに徴すれば、及川誠に所論のようなハンドル操作の誤りがあったとはいい難いとしても、前記のように最高速度を若干超えていたという点において(所論のような高速運転であったか否かはしばらく措く。)、本件事故の発生について同人に全く過失がなかったということはできない。しかし、たとえ同人に右の程度の過失があるとしても、それは、被告人の前記のような及川車の進行道路に対する安全確認の不十分という過失に競合したというにとどまり、本件事故の最大原因である被告人の右過失の存在に何ら消長を及ぼすものではない。

(石田 柳原 小林)

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