東京高等裁判所 昭和50年(う)1978号 判決
被告人 浅沼正矢
〔抄 録〕
しかしながら、所論に鑑み、記録および当審における事実取調の結果に基づいて検討してみると、先ず、本件の各道路は、路側帯の部分を含めると、被告人の進行道路の方が交差道路に比べ若干広いものの、当時それぞれ両側が未整備の状態にあったため、その広狭の差が明らかであったとまでは認められないが、被告人の進行道路は、交差点内にも中央線が設けられていることにより、交差道路に対し優先道路であることが明白であるから、同交差点に入ろうとする場合、相手方の田島としては、道交法三六条二項、三項により徐行しなければならないとともに、被告人車の進行を妨害してはならないのに対し、他方被告人としては、同法四二条一号により徐行義務を免除されている筈である。
もっとも、関係証拠によれば、田島の進行方向からは被告人の進行道路が優先道路であることを比較的認識しにくい状況にあったことが窺われなくはないが(それも、通常の用心深い運転者にとって特別に認識困難といえるほどではない)、そのことは、被告人の進行道路を進行する通常の運転者の知りうる状況であったとは認められないから、それがために被告人が右の交差点において特に徐行義務を課せられるものと解することはできない。
次に、被告人が田島車を発見した時の状況等について、被告人の供述その他の関係証拠を総合すれば、被告人は、交差点に向かって進行中、右斜め前方五〇メートル位の所に、交差道路を進行して来る田島車の前照灯の照射を認めたが、その光は直ぐに土盛の陰に隠れて見えなくなったので、その時には同車の速度その他具体的な走行状態までは判らなかったこと、また、田島車の進行道路は新しく出来たばかりの道で舗装されてからも日が浅く、産業道路と呼ばれる被告人の進行道路に比し、通る車両の数も極めて少ない道路であったところ(事故当日の実況見分調書によると、事故直後の実況見分中に産業道路通過車両は二〇台、交差道路通過車両は皆無となっている)、被告人としても、当時毎日のように自動車を運転して、本件と同じコースを通っていたけれども、その日頃の経験によれば、本件の交差道路を進行する車両はいずれも交差点の手前で一時停止してくれていて、産業道路を進行する車両に一時停止するものはなく、自分の方が優先道路であるという自覚を持っていたので、田島車の光を見たものの、当然一時停止してくれるものと思い、そのまま進行することに格別ちゅうちょしなかったことが認められる。
そうすると、本件においては、被告人は、田島車の出現によって具体的に危険の切迫した事態が発生したとは認識するに至らなかったと認められるのであり、また、被告人の立場にある通常の用心深い運転者ならばそのように認識したであろうといえるような特段の事情(田島車が一般の車とちがって特に危険な行動に出るかも知れないと気付くべきであったといえるような特段の事情)があったものとも到底認められないのである。
以上述べたところに徴して、本件における被告人の過失の有無について考察すると、被告人としては、相手方車両が交差点の入口附近で徐行し、かつ被告人車の進行を妨げないように一時停止するなどの措置に出るであろうことを信頼して交差点に入れば足り、田島車が、被告人の方に優先権を認めた交通法規に違反して交差点に入り、一気に高速度で直進しようとするかも知れないということまでも予想して、減速・徐行その他の措置をとるべき注意義務はなかったものといえるのであって、本件事故については、被告人は過失責任を負わないものと解するのが相当である。
(戸田 大沢 本郷)