東京高等裁判所 昭和50年(う)256号 判決
被告人 片岩宏彰
〔抄 録〕
(二) 次に、所論は、原判示第一の各事実のうち保険証類の窃盗は使用窃盗というべきもので、不法領得の意思がなく、そのほとんどすべてを持主に返却している旨主張する。そこで、この点につき検討すると、別紙一覧表(一)の番号1ないし16の各被保険者証、共済組合員証(以下一括して単に保険証等という)について、被告人はこれらを永続的に自己のものとするために窃取したものではなく、原判示第二の各事実のように、他人になりすまし、その他の人の名義で市中の金融機関より金融を受けるにあたり、身分証明資料として使用するため、すなわち金員騙取の手段として用いるために窃取したものであることは、記録上容易に推認できるところであり、原判決別紙一覧表(一)の番号1、3、7、11及び15の保険証等については、右窃取した保険証等を用いて金員騙取の犯行に及んだのち、被告人が各被害者の許に郵送したり、各被害者の自宅や勤務先の郵便受に投入するなどしてこれを自ら返還していることが証拠上明らかであるが、右以外の保険証等については、被告人がこれを駅、病院窓口、金融機関の窓口等に置き去りにしたため、それらの機関から間接的に被害者の手に戻ったものが一部あるだけで、結局被害者の手には戻らなかったものが相当数あることも証拠上明らかな事実である。そして窃盗罪の成立に必要な不法領得の意思とは、権利者を排除し他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従い利用しまたは処分する意思をいうものであり、その権利者の排除あるいは所有物のようにする利用、処分は必ずしも永続的なものであることを要しないのであって、本件の場合、被告人が、当該保険証等を身分証明資料として使用しその保険証等の所有者の名義で市中の金融機関より金融を受けるなど、当該保険証等の所有者の意に反してその所有者でなければできない性質の行動に出る意図をもって原判示保険証等の占有を取得したことは、証拠上明らかであるから、被告人に、右の保険証等を後日何らかの方法で所有者に返還する意思があったとしても(しかし、確実に返還する意思と見込みがあったとは到底認められない)、不法領得の意思があったと認定するに妨げはないというべきである。また、本件の各窃盗が不可罰的な使用窃盗にあたるとも考えられない。従って、原判決が各窃盗罪の成立を認めた点に誤りはなく、論旨は理由がない。
(上野 綿引 千葉)