東京高等裁判所 昭和50年(う)998号 判決
被告人 小林義孝
〔抄 録〕
しかしながら、自動車が時速五〇キロメートル(秒速一三・八九メートル)で急制動をかけた場合に実際に制動が効きはじめるまでの空走距離は空走時分を〇・八秒として計算すると約一一・一一メートルであり、又原判決挙示引用の司法警察員作成の昭和四九年八月三〇日付実況見分調書によれば本件道路はアスファルト舗装道路であることが認められ、右速度で急制動をかけた場合の雨天時における実制動距離は約二四・一二メートル(最高裁判所事務総局編、刑事裁判資料一八八号交通事件執務提要二五三頁参照)と考えてよいから、この場合自動車が実際に停止するまでには約三五メートルを要することになり、原判示の「視界が二〇ないし二五メートル程度に低下していた」事実を前提とする以上、いかに自動車運転者が前方注視義務を尽し、右視界に入った障害物を直ちに発見して急制動の措置を講じても、他に特段の事由のない限り右障害物との衝突の事態は避けられないことが明らかであり、してみると、本件事故回避のための適切な注意義務としては原判示の前方注視義務のみでは足りず、検察官主張の減速義務をも尽すことが必要不可欠というべきである。現に、原判決挙示引用の被告人の検察官に対する供述調書によれば、被告人自身検察官に対し「事故当時五〇キロでは前照灯の明りで被害者を普通に認めても停止できなかったと思います。ですからそれに応じた速度で走れば良かったです」と供述し、予め減速しなかったことが本件事故の重要な原因であることを自認しているのである。したがって、被告人が前方注意義務を尽すだけで本件事故が回避できたとして、右注意義務の懈怠が本件事故の原因であると認定判示した原判決には理由を付さないか又は理由にくいちがいがある違法があるといわざるを得ないが、原判決は、本件業務上過失傷害のほか、救護義務違反(判示第二、一)、報告義務違反(判示第二、二)の各事実を認定し、刑法四五条前段、四七条、一〇条を適用処断しているから、結局原判決は全部破棄を免れない。
(木梨 奥村 佐野)