東京高等裁判所 昭和50年(く)55号 決定
そこで、まず記録を調査すると、つぎのような事実が認められる。
一、当時府中刑務所において受刑中の申立人が、刑務所内のラジオや新聞により、小島キヨという老女が強盗類似の被害にあい、老後の金を全部奪われたという事件を知りこれに同情し、自己の領置金の中より僅かでも見舞金を送り同女を慰めてやろうと考え、昭和四九年二月二〇日ころ、看守部長足立久を通じ同刑務所長佐藤文一宛てに「激励の手紙と共に自己の領置金中より千円を現金書留により送り度い」旨記載した願箋用紙および領置金支払願を提出したが、同看守部長より「親族関係でないから出せないのでないか。公的機関を通じた方が良いのでないか」という話を聞き、さらに、同月二七日ころ、同刑務所長宛てに「電報為替により同女の居住地を管轄する警視庁西新井警察署長に千五百円を送金し、同署長を通じて同女の手許に届くよう願出る」旨記載した願箋用紙を提出したこと
二、右願出を受けた同刑務所保安課長補佐渡辺正一、同保安課長宮内輝夫はいずれも右願出を不許可として、刑務所長佐藤文一の名で申立人が小島キヨに対し自己の領置金の中より千円ないし千五百円を直接または警察署長を介して送金するのを差止めたこと
三、被疑者らのなした右不許可の措置は、右願出はいずれも監獄法第四六条第二項本文に該当し、同条但書を適用すべき特段の必要もないとの判断によるものであり、その判断の根底には、申立人が行刑累進処遇令第四級の受刑者であり、他人の事を考える前に自分の事を考えて進級するよう努めることが大事であること、申立人はこれまで濫訴の癖があり、虚栄心を満足させるようなことをしているので、そのような性癖をなおし、虚栄心を捨てさせることが矯正上意義があること、他の収容者が大勢これを真似た場合手数がかかるばかりか、その仕事に人手を取られ、保安、警備の面が手薄になることなど問題があり、教化上も管理上も特に申立人の申出を認めなければならない必要はなく、かえって認めるべきではないという考えがあったこと
四、申立人は、領置金の中より送金することが許されないため、同月下旬、前記宮内輝夫および渡辺正一の指導のもとに、妻に生活援助の名義で千円を渡し、妻から西新井警察署長を通じて申立人の名前で小島キヨにこれを送ったため、同女から申立人宛三月一日付感謝の礼状が届けられていること
以上の事実を認めることができる。
よって、申立人が小島キヨに対し自己の領置金の中より直接または警察署長を介して送金するのを差止めた被疑者らの措置の当否につき考察するに、監獄法第四六条第二項は、「受刑者及ビ監置ニ処セラレタ者ニハ其親族ニ非サル者ト信書ノ発受ヲ為サシムルコトヲ得ス但特ニ必要アリト認ムル場合ハ此限ニ在ラス」と規定しているので、当時受刑中であった申立人が、親族関係にない小島キヨに対し激励の手紙と共に現金書留を送ることは直接たると警察署長に送付して署長を介して送るとを問わず一応右規定により許されないことは明らかである。尤も、右条項は、但書により「特に必要ありと認める場合はこの限りでない」としているので、右但書の法意を考えるのに、自由刑の本質および行刑の目的に照らすとき、信書の発受の禁止は、受刑者の戒護、教化上有害なものや無用のものを排除することに主たる意義があるものであり、これに反し、信書の発受が行刑の目的に適合し、受刑者の教化、矯正上必要ないし有益であると認められる場合、右但書の「特に必要ありと認める場合」にあたると解するのを相当とするところ、受刑中の申立人が新聞記事等により老女小島キヨの被害を知りこれに同情し、激励の手紙と共に自己の領置金の中から見舞金を送ろうとした本件行為自体は、申立人がその志を果すまでの経過をみると、必ずしも虚栄心に基づく行為とは認められず、人間の本性に根ざした行為として金額の多寡を超えて尊重さるべきものであり、このような善意に仮りに多少の虚栄心が混っていたとしても、これを善意として受入れることが、受刑者をして真の人間性を回復せしめ、ひいては社会生活に適応せしめる所以であり、行刑の目的にも適合するものと思料される。しかし、他方、申立人の右善意は、必らずしも申立人自身監獄当局の許可を得て直接見舞金を小島キヨに送付発信する方法に限って実現されるわけではなく、本件の場合のように先ず監獄法上当然発信を認められている妻宛てに送金し、妻から警察署長を通じ申立人の名前で右小島キヨに送る方法によっても、実現されるわけであって、できる限り申立人の意向に沿い前者の方法によることが望ましいとしても、後者の方法によらしめることとした被疑者らの措置が違法のものであるとまでは断じ難く、況んや被疑者らが職権を濫用して申立人の行なうべき権利を妨害するという認識があって右措置に出たものとは認め難いから、犯罪の嫌疑がないと認めるのを相当とする。それゆえ、被疑者らを裁判所の審判に付することを求める本件請求を棄却した原決定は結局正当であり、本件抗告は理由がない。
(吉田 瀬下 竹田)