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東京高等裁判所 昭和50年(ツ)67号 判決 1976年10月28日

上告人 熊谷市

右代表者市長 黒田海之助

右訴訟代理人弁護士 堀家嘉郎

被上告人 荒木一雄

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

一  上告代理人堀家嘉郎の上告理由第一点について。

原判決は、上告人熊谷市の職員が訴外松本岩吉及び同荒木うすゐを通じて被上告人に対し、本件土地を上告人熊谷市に寄付(贈与)しなければ被上告人の農地転用申請書を受付けない旨の告知をし、その際右職員において相手方に畏怖を生ぜしめようという意思と右畏怖によって意思表示をさせようという意思があったものと認定判断した上、これを前提として右告知をもって民法九六条の強迫に当たるものと判断していることは判文上明らかであり、また挙示の証拠関係に照らし、右認定判断の過程に所論の違法は認められない。論旨は、「被告人に農地の転用申請をしない自由が残されているから、市職員の発言は強迫に該らない」ともいうが、独自の見解であって、採用することができない。

二  同第二点について。

原判決が適法に確定したところによれば、被上告人は本件農地転用申請手続を司法書士及び行政書士である訴外松本岩吉に依頼し、同訴外人が右依頼に基づき上告人熊谷市の農業委員会に赴いた際、上告人熊谷市の職員から本件土地を寄付しなければ農地転用申請書を受付けない旨の発言を聞いたこと、右農業委員会への本件寄付申出書の提出は被上告人の依頼により訴外松本岩吉が行ったことは所論のとおりであるが、被上告人は同訴外人及び同じ頃右農業委員会を訪れた母訴外荒木うすゐを通じて右職員による害悪の告知をうけ、本件土地を寄付しなければ農地転用申請書を受付けられないか、あるいは受付けられても許可されないと困ると畏怖した結果本件寄付をすることを自ら決意し、その手続を訴外松本岩吉に依頼したというのであり、同訴外人は被上告人の意思決定に基づき本件寄付の手続を代行したにすぎないものとみるべきであるから、被上告人本人について当該告知によって畏怖の念を生じ、これによって意思決定の自由を妨げられたか否かを検討し、これを肯定すべきものとした原判決の認定判断の過程に所論の違法は認められない。論旨は、原判旨を正解せず、またその認定にそわない事実を前提として原判決の違法をいうものにすぎず、採用することができない。

三  同第三点(一)について。

所論の点に関しては、原判決挙示の証拠によれば、被上告人から本件土地を上告人熊谷市に寄付しないでも農地転用申請書を受付けてくれるよう懇請することを依頼された訴外松本岩吉が昭和四三年一一月中に前記農業委員会に赴いた際、居合わせた当時の右農業委員会の職員複数から「寄付申出書を添付しなければ受付けられない。」、「市報一九五号に書かれていることに違反するからだめだ。」などと返答されたことは優にこれを認定することが可能であり、右のとおりの認定が可能である以上、右発言者の氏名ないし地位についての認定に所論の誤りがあったとしても(なお、上告理由書に添付された篠崎留七、新井富美雄の各履歴書は原審において証拠として提出されていないものである。)、被上告人の上告人熊谷市に対する本件土地の寄付が強迫による意思表示として取消しうべきものであるとした原審の判断は何ら左右されるものではない。よって、論旨は採用することができない。

四  同第三点(二)について。

所論の点に関する原審の認定判断は、挙示の証拠関係に照らして首肯することができ、その過程に所論の違法は認められない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

五  以上の次第であって、論旨はいずれも採用できないから、民事訴訟法四〇一条、九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 室伏壮一郎 裁判官 横山長 河本誠之)

<以下省略>

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