大判例

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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)2065号・昭50年(ネ)2081号 判決

第一審原告は、当審において、第一審被告ら建物の建築工事によって日照、採光、通風を阻害されたと主張し、それによって被った損害賠償を請求しているので判断する。

≪証拠≫を総合すると、次の事実が認められる。

1 第一審原、被告所有地は、国電中央線荻窪駅の南七~八〇〇メートルの、環状八号線と幅員五メートルの道路との交差点の東北角に位置し、附近は商住宅街に属し(第一審原告の主張によれば住居地域に属する)、第一審被告田中所有地は、西側が環状八号線に南側が右幅員五メートルの道路に面し、第一審原告所有地は、その南側が右幅員五メートルの道路に面している。

2 第一審被告らは、第一審被告田中所有地上に、もと木造二階建建物を所有してこれに居住していたが、右土地の西側の一部を環状八号線の道路敷地として買収されるにともない、右建物の一部も道路敷にかかるため、これを建て直すことを余儀なくされ、右木造二階建建物を取り毀して、そのあとに鉄筋コンクリート三階建の第一審被告ら建物を建築するに至ったものである。第一審被告ら建物の東側すなわち第一審原告建物側の位置関係は、旧木造二階建建物当時とさして変動がなく、原判決別紙図面中のイ・ロ点を直線で結んだ境界線からほぼ八二センチメートル離れて築造された(なお、第一審被告ら建物が建築基準法の規定に違反すると認めるに足りる証拠はない。)。

3 他方、第一審原告建物は、昭和一三年の築造にかかり、第一審被告ら建物の東側に、敷地のほぼ一ぱいに下宿業向きの構造として建っており、なかんづく西側の第一審被告田中所有地との境界イ・ロ線から建物側面までは約五四センチメートルしか離れておらず、その軒先はほぼ右境界線に接しており、更に第一審被告田中所有地の北側まで張り出した建物部分が存する。

4 冬至日における日影図(地盤面)によれば、日の出から一二時ころまで、第一審原告建物に対する日照は、第一審被告ら建物によって何ら阻害されず、一二時すぎ以降において、第一審原告建物のうち第一審被告ら建物に面する部分が順次同建物によって日照が阻害されるようになるが、日影時間四時間を超える建物部分はなく、同三時間を超える部分は、第一審原告建物が第一審被告田中所有地の北側に張り出した極めて僅かな部分に過ぎない。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

以上認定事実によると、第一審被告ら建物の新築工事によって、第一審原告建物のうち第一審被告ら建物に面する部分の日照及び採光・通風がある程度妨げられるに至ったことは否定できないが、もともと第一審原告建物は、前記のとおりほぼその敷地一ぱいに建築されているから、東と西の隣接地に同じ程度の建物が建築された場合、東と西側における日照・通風等が制約をうけることは避け難く、主として南と北からの日照・通風等に頼る外ない状態であり、第一審被告らが新築する前の木造二階建の建物によっても、既に西側からの日照・通風はその限度で制約をうけるものであった。従って、たとえ第一審被告らが旧木造二階建建物を取り毀し、そのあとに三階建建物の新築工事をしたことにより、下宿業に供されている第一審原告建物の受ける制約が増大したとしても、そもそも右制約は、第一審原告建物の前記敷地利用状況に大きく起因するものであり、第一審原告建物の建築当初から当然予想されたところである。そうして、第一審原告建物のうち第一審被告ら建物に面しない南側・東側の日照・通風は、第一審被告らの新築工事による影響をうけないのであり、第一審被告ら建物に面する部分の日照等阻害の程度も冬至日においてさえ正午すぎ以降の短時間にすぎない。以上のような事実を総合すると、第一審被告らの新築工事によって第一審原告が受けるに至った日照・採光・通風等の阻害による不利益は、従前第一審原告が享受してきたこれらの利益をできるだけ尊重すべきものとしても、第一審被告らが本件建築をするに至った事情、右阻害の程度及び当該地域の性質に鑑み、第一審原告において受忍すべき程度を超えないものと認められ、結局、第一審被告らの新築工事には違法性がないものというべきである。

そうすると、第一審原告の日照・採光・通風を阻害する第一審被告らの新築工事が違法であることを前提とする第一審原告の当審において拡張した請求(ただし、前記事実摘示(せ)、(そ)、3及び4の請求)は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

(杉山 倉田 井田)

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