東京高等裁判所 昭和50年(ネ)2736号 判決 1979年9月25日
控訴人
株式会社トーエークラウン
右代表者
百田明
右訴訟代理人
新津章臣
同
新津貞子
被控訴人
名鉄ゴールデン航空株式会社
右代表者
片山桂一
被控訴人
柏倉澄夫
右被控訴人ら訴訟代理人
本田洋司
主文
原判決を次のとおり変更する。
被控訴人らは控訴人に対し各自金一〇八八万三三七六円及びこれに対する昭和四七年一二月一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じてこれを三分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人らの負担とする。
この判決は、第二項に限り、控訴人において金一五〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
原判決を次のとおり変更する。
被控訴人らは控訴人に対し各自金一八一四万七四六〇円及びこれに対する昭和四七年一二月一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人らの負担とする。
との判決及び仮執行の宣言
二 被控訴人ら
控訴棄却の判決
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 名鉄東京空輸株式会社(以下、「名鉄東京空輸」という。)は航空貨物の運送業を営む株式会社であり、被控訴人柏倉澄夫はその従業員で、自動車を運転して航空貨物の集荷配達の業務を担当していたものである。
2 控訴人は肩書地に本店を置き、本店から大阪及び福岡支店に宛て、毎日航空便で商品を出荷しているが、昭和三九年一二月ころからこれら商品の輸送を名鉄東京空輸に委託して行なつていた。
3 控訴人は、昭和四七年一二月一日午後六時ころ本店から大阪及び福岡支店に出荷する商品を各支店別にダンボール箱に詰めて各一個口とした貨物二個を、自動車(トヨタミニエースバン)を運転して本店に集荷に来た被控訴人柏倉に引き渡し、名鉄東京空輸に対しその運送を委託した。
4 ところが、被控訴人柏倉は同日右貨物のうち大阪支店宛の一個(以下、「本件貨物」という。)を窃取又は隠匿横領した。
仮にそうでないとしても、被控訴人柏倉は他人の物の運送に当たりその紛失を防止する万全の策を講ずべき注意義務があるのにこれを怠つた重大な過失により同日本件貨物を紛失し、又は何人かに窃取されたものである。すなわち、被控訴人柏倉の弁明によれば、本件貨物を荷台に積込み発車して後、自動車の後部扉が開いているのに気付き、停車して点検したところ、本件貨物が紛失していたというのであるから、その紛失は後部扉の閉鎖が完全でなかつたことに起因すると推認できるし、仮に何人かの窃取によるとしても同じく扉の閉鎖が完全でなかつたことに起因するといわなければならず、いずれにせよ、本件貨物の紛失は被控訴人柏倉が後部扉の閉鎖、施錠の確認を怠つたという重大な過失によるものといわなければならない。
本件貨物の内容物は控訴人所有に係る別紙紛失物一覧表記載のとおりの物品であるところ、右窃取、横領又は紛失により、当時右各物件は滅失し、控訴人はその所有権を喪失した。
5 従つて、被控訴人柏倉は右不法行為により控訴人が蒙つた損害を賠償する義務があり、また右不法行為は名鉄東京空輸の被用者である被控訴人柏倉が右会社の事業を執行するにつきなしたものであるから、右会社も民法第七一五条により控訴人の蒙つた損害を賠償する義務があるところ、別紙紛失一覧表記載の物品の時価は同金額欄記載のとおりであつたから、その合計額である金一八一四万七四六〇円が右不法行為により控訴人が蒙つた損害である。
6 被控訴人名鉄ゴールデン航空株式会社(以下、「被控訴会社」という。)は、昭和四九年一一月一日名鉄東京空輸を合併し、その義務を承継した。
よつて、控訴人は被控訴人ら各自に対し、不法行為による損害の賠償として、金一八一四万七四六〇円及びこれに対する不法行為の日である昭和四七年一二月一日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。<以下、事実省略>
理由
一不法行為責任
1 請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。
2 控訴人は被控訴人柏倉が本件貨物を窃取又は隠匿横領した旨を主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。
<証拠>を総合すれば、被控訴人柏倉が控訴人の本店において引渡しを受けた本件貨物は縦約七〇センチメートル、横約四五ないし五〇センチメートル、高さ約五〇センチメートル、重量約一五ないし二〇キログラムであつたこと、被控訴人柏倉は控訴人の本店に赴く前すでに七、八軒から集荷して来ており、自動車の荷台はほぼ満載に近い状態となつていたが、控訴人から引渡しを受けた二個の貨物のうち先づ福岡支店宛の貨物を後部扉から奥の方に載せ、次に本件貨物を後部扉付近の他の貨物の上に載せ、はね上げ式となつている後部扉を上から押えて閉めたこと、後部扉は施錠することができる装置となつているが、施錠しなくとも上から押えて閉め嵌合すればボタンを押さない限り開扉することのない構造となつているので、平常必ずしも施錠を励行しておらず、本件貨物を積込んだ際も扉を下ろしただけで施錠はせず、また扉が完全に嵌合してボタンを押さない限り開扉しない状態となつているか否かも確認しないまま次の集荷先に向かつて発車し、約七〇〇メートルないし八〇〇メートル走行した後バツクミラーにより後部扉が半開きの状態となつていることに気付き、停車して点検したところ、本件貨物が紛失していることを発見したこと、そして、被控訴人柏倉は本件貨物が路上に落下したものと判断し、これを捜すため徒歩で自動車の進路を逆行して控訴人の本店まで引返したが発見できず、再び自動車の停車場所まで戻り、さらに自動車を運転しながら捜したが、やはり発見できず、その後も全く発見の手掛りがなかつたこと、数日後被控訴人柏倉が警察で取調べを受けた際、右自動車で実験したところ、後部扉が充分に嵌合していない場合、走行により右のような半開きの状態が起こり得ることが確認されたことがそれぞれ認められる。<証拠>のうち右認定に反する部分は前掲<証拠>に照らして採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
以上によれば、本件貨物は、被控訴人柏倉がこれを集荷して自動車の荷台に積込み、後部扉を閉めた際、扉が完全に嵌合していなかつたことから、走行により半開き状態となり、路上に落下して紛失したものと推認するほかはなく、その後も発見の手掛りもないことからすれば、当時本件貨物はその内容物とともに滅失したものというべきである。
そして、<証拠>を総合すれば、本件貨物の内容物はいずれも控訴人所有に係る別紙紛失物一覧表品名数量欄記載の物品であること(ただし、「29右修理代」は本件貨物の内容物を表示したものとは認められないので、これを除く。)が認められるから、本件貨物の滅失により、控訴人は右各物品の所有権を喪失したものというべきである。
ところで、被控訴人柏倉は貨物の運送を業とする名鉄東京空輸において貨物の集荷、配達の業務を担当していたものであるから、集荷した貨物を自動車に積込んだときは、積込口の扉に施錠をするか、少なくとも扉が完全に嵌合して走行中に開扉することのないことを確認して発車すべき義務があり、このことは積込みを行なう運転手において僅かな注意をしさえすれば容易に実行できることであり、この施錠又は確認を怠れば、貨物の落下紛失という結果を予見することができたのにかかわらず、被控訴人柏倉において著しく注意を欠如した結果、これを怠つたものということができる。したがつて、本件貨物の滅失は被控訴人柏倉の重大な過失により生じたものというべきである。
3 被控訴人らは、本件貨物の内容物が高価品であるとすれば、本件貨物の滅失は控訴人がこれを明告しなかつたことに起因するもので、被控訴人柏倉の所為と本件貨物の滅失との間には因果関係がないと主張する。そして、控訴人が右明告をしなかつたことが本件貨物紛失の一因となつていることは後記二4に認定のとおりであるが、そうであるからといつて、本件貨物の滅失が被控訴人柏倉の過失ある所為に直接起因することが前示のとおりである以上、右柏倉の所為との間に因果関係がないとは到底いえない。
4 被控訴人らは、本件貨物の内容物が高価品であるとすれば、控訴人はその運送を委託するに当たり、価額を明告していないから、商法第五七八条により損害賠償義務を負担しないと主張する。
しかしながら、控訴人の本訴請求は、名鉄東京空輸の被用者である被控訴人柏倉が右会社の事業の執行につきなした不法行為による損害の賠償を請求するものであるところ、運送人の運送契約上の債務不履行に基づく賠償請求と不法行為に基づく賠償請求は競合が認められるのであつて、運送品の取扱上通常予想される事態ではなく契約本来の目的範囲を著しく逸脱した場合に限つてのみ不法行為責任が成立すると解すべきではなく、また商法第五七八条による運送人の保護は運送契約上の債務不履行責任にのみ関するものであつて、右のような場合を除いては、運送人の不法行為上の責任も右法条によつて免責されると解することもできない。したがつて、運送人の被用者である被控訴人柏倉はもちろん、運送人たる名鉄東京空輸も右法条により不法行為上の責任を免れることはできない。
のみならず、仮に右法条が運送人の被用者の不法行為上の責任又はそれによる運送人の使用者責任にも適用があるとの見解に立つとしても、本件貨物の滅失は被控訴人柏倉の重大な過失によつて生じたものであることは前記認定のとおりであるから、商法第五八一条の規定からして被控訴人柏倉及び名鉄東京空輸はその責を免れることはできないものといわねばならない。
以上によれば、控訴人に対し、被控訴人柏倉は本件貨物の滅失につき不法行為による損害賠償の責を負うべきであり、被控訴人柏倉は名鉄東京空輸の被用者としてその事業の執行につき損害を加えたのであるから、名鉄東京空輸もまた損害賠償の責を負うべきである。
二賠償すべき損害額
1 <証拠>を総合すれば、前記認定の本件貨物の内容物たる各物品の前記滅失当時の卸売価格は別紙紛失物一覧表金額欄記載のとおりの価格である(ただし、「27鑑別書」は鑑別書それ自体の価格を表示したものとは認められないので、これを除く。)と認められるから、右各物品の所有権喪失による控訴人の損害は一八一三万八九六〇円(別紙紛失物一覧表総合計金額から、「27鑑別書」及び「29右修理代」欄の各金額を控除した金額)と認められ、これを超える損害については立証がない。
2 被控訴人らは控訴人の右損害につき被控訴人柏倉及び名鉄東京空輸に予見可能性がなかつた旨を主張するが、不法行為により被害者の所有物が滅失した場合は、その行為により通常生ずべき損害としてその物の滅失時における交換価格が損害額算定の基準となるべきであり、被害者の損害についての不法行為者らの予見可能性の有無は、被害者が右交換価格を超える損害を蒙つた場合にその損害の賠償を求め得るか否かに関し審究されるべき事柄であるから、右主張は理由がない。
3 被控訴人らは、名鉄東京空輸の国内航空混載貨物運送取扱約款第二三条及び国内貨物運送約款第三六条により被控訴人らの賠償すべき金額は三万円に制限されると主張し、<証拠>によれば、右各約款条項には、運送会社が価額の申告のない貨物に生じた損害について賠償の責を負う場合は、引渡日又は引渡予定日における到着地の価額が三万円以上のときは、三万円を申告価額とみなし、賠償の責を負う旨が規定されていることが認められるが、右各条項はその運送約款としての性質上、運送品の取扱上通常予想される事態により生じた損害についての運送人の責任を制限するにとどまると解せられるところ、本件における控訴人の損害は、被控訴人柏倉の前記認定のような重大な過失による不法行為に起因するもので、運送品の取扱上通常予想される事態により生起したものではないから、右各条項により名鉄東京空輸及び被控訴人柏倉の損害賠償責任が制限されるいわれはない。
4 被控訴人らの過失相殺の主張につき検討する。
本件貨物の内容物に高価品も含まれていたことは前記1に認定したところから明らかであり、控訴人が本件貨物の運送を委託するに当たり高価品であることを明告しなかつたことは、当事者間に争いがない。
<証拠>によれば、当時被控訴人柏倉は集荷先に赴いた際集荷する貨物が高価品であるとの申告を受けた場合の当該貨物の取扱いについて名鉄東京空輸から特に指示されていなかつたこと並びに被控訴人ら主張の国内航空混載貨物運送取扱約款及び国内貨物運送約款の存在は知らなかつたことが認められ、<証拠>中右認定に反する部分は右<証拠>に照らし採用できない。しかしながら、<証拠>によれば、本件貨物の紛失に先立つ昭和四七年九月一二日被控訴人柏倉は控訴人から二二〇万五二二六円の価額申告を受けた貨物及び二一万一八〇〇円の価額申告を受けた貨物を集荷したが、その際は貨物の安全のためこれら貨物を自動車の運転席に積込んで運搬したことが認められる。そして、本件貨物の集荷当時被控訴人柏倉が本件貨物の内容物に高価品が含まれていることを知つていたと認めるに足りる証拠はなく、被控訴人柏倉は、原審における尋問に対し、内容物が高価品であることを知れば気の持ちようもその取扱いも違つていたと述べており、当審(第一回及び第二回)における尋問に対し本件貨物の内容物が一八〇〇万円もの価格を有するものと告げられれば恐らく被控訴会社の営業所に電話をし上司の指示を仰ぎこれに従つたであろうと述べている。そうしてみると、仮に被控訴人柏倉が本件貨物の集荷に際しその内容物に高価品が含まれていると知つた場合、具体的にどのような措置を採つたかはしばらく措き、少くともその取扱いはかなり慎重となり、仮に後部扉から積込んだにしても積込み後の扉の閉鎖の確認等により慎重に留意したであろうことは推認に難くない。
他方<証拠>によれば、本件貨物の紛失当時控訴人の取締役総務部長長富田一郎は被控訴人ら主張の国内航空混載貨物運送取扱約款及び国内貨物運送約款の存在を知らなかつたことが認められるが、<証拠>によれば、運送委託の際荷送人において所要事項を記入し、集荷取扱者がサインの上、貨物受領票として荷送人のもとに保管される名鉄東京空輸所定の送状控には、「この送状による貨物の運送は名鉄東京空輸または航空会社の定める運送約款によります。」「運送保険のご利用を願います。」との不動文字による記載がされており、また「申告価格」「保険金額」を記入すべき欄が設けられていることが認められ、また<証拠>によれば、本件貨物の紛失以前控訴人が名鉄東京空輸に運送を委託するに当たり価額を申告し、運送保険を付することとして委託した貨物もあつたことが認められる。したがつて、本件貨物はその内容物に高価品を含むのにかかわらず、その運送委託に際しより安全な運送のための措置を敢えて採ろうとせず、また内容物の価額を明告することにより運送人ないしその被用者をして特別の注意を払つて運送に当たらせることにより損害の発見を防止しようとしなかつた控訴人側にも大きな過失があつたことが認められる。
そして以上認定の事実によれば、控訴人の右過失も控訴人の損害発生の一因となつていたことは否定できず、前記一の2に認定の被控訴人柏倉の重大な過失と対比すると、控訴人の損害のうち被控訴人柏倉及び名鉄東京空輸に賠償を命ずべき金額はその損害額の六割に当たる金一〇八八万三三七六円とするのが相当である。
三弁論の全趣旨によれば、被控訴会社は昭和四九年一一月一日名鉄東京空輸を合併し、その義務を承継したことが認められる。
四してみると、控訴人の被控訴人らに対する本訴請求は、被控訴人ら各自に対し右金一〇八八万三三七六円及びこれに対する不法行為の日である昭和四七年一二月一日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があり、その余は失当として棄却すべきである。よつて右判断に符合しない原判決を民事訴訟法第三八六条、第三八四条に則り変更し、訴訟費用の負担について同法第九六条、第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言について同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(安藤覺 三好達 柴田保幸)
紛失物一覧表<省略>