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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)2765号 判決 1977年5月25日

控訴人 三上邦彦

被控訴人 東海精工株式会社

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人は被控訴人に対し一五万円及びこれに対する昭和四四年六月七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は第一、二審を通じこれを三分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は「本件控訴を棄却する。」との判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の提出、援用、認否は、次のとおり付加するほか、原判決書事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

一1  原判決書二枚目裏一一行目に「債務者」とあるのを「債権者」と訂正する。

2  原判決書四枚目裏二行目から三行目にかけて「それぞれの………に呈示した」とあるのを「右(四)ないし(八)の各約束手形につき、三進工機をして株式会社三井銀行等により、それぞれの満期に手形交換所における各呈示をなさしめた」と訂正する。

3  原判決書七枚目裏八行目から九行目にかけて「三進工機が………呈示した」とあるのを「三進工機が前記(四)ないし(八)の各約束手形につき株式会社三井銀行等によりそれぞれの満期に手形交換所における各呈示をした」と訂正する。

4  原判決書九枚目表一〇行目に「第二五号証」とある次に「、ただし甲第三ないし第八号証の各一中東海精工株式会社代表取締役青本一雄作成名義部分はいずれも偽造にかかるものである。」を付加する。

5  原判決書九枚目裏三行目に「第二一号証、」とあるのを「第二〇ないし」と訂正する。

6  原判決書一〇枚目表八行目に「不知、」とある次に「甲第三ないし第八号証の各一中東海精工株式会社代表取締役青本一雄作成名義部分がいずれも偽造にかかるものであることは争わない、」を付加する。

二  (控訴人の主張)

1  加藤淑子は被控訴人の事務、金銭の出納、金融機関等との折衝、印鑑の保管等に関与してきたもので、控訴人はこれらの事実を加藤淑子からきいており、原判決添付目録記載の各手形は被控訴人の金繰りのため被控訴人代表者青木一雄の意思により振出されたものと信じたのである。そして同人の意思に副わないものであつたとして、加藤淑子が被控訴人の経理責任者であり金融面を担当している者であつて手形振出の権限ありと信用した株式会社三進工機製作所に対し被控訴人は民法第一一〇条第一一二条の法理により原判決添付目録記載の各手形金の支払いにつき責任を免れることはできない。したがつて右各手形金の支払責任が被控訴人にないことを前提とする被控訴人の請求は理由がない。

2  原判決添付目録記載(六)の手形は、手形交換や手形割引に対する謝礼として加藤淑子より交付を受けたものである。

三  (被控訴人の控訴人の右1の主張に対する答弁)

否認する。

四  証拠<省略>

理由

一  次の事実は当事者間に争いがない。

青木淑子(後に離婚して加藤淑子となる。以下淑子という。)は被控訴人代表取締役青木一雄の妻であつたが、昭和四〇年三月三一日青木一雄方を出て実家の神奈川県逗子市新宿一丁目六番二三号加藤武雄(淑子の父)方に身を寄せ、以来青木一雄とは別居するに至つた。淑子は実家の財産がその債権者のために強制執行を受けそうになつたので、これを防止するために金策に迫られ、同年八月初旬ころ被控訴人会社で使用されていた「神奈川県三浦郡葉山町長柄七九一番地東海精工株式会社代表取締役青木一雄」と刻したゴム印と被控訴人代表取締役の印鑑を無断使用して原判決添付目録記載(一)ないし(五)の各約束手形(以下本件(一)(二)(三)(四)(五)の手形という。)を偽造したうえ、これらを株式会社三進工機製作所(以下三進工機という。)に交付するのと引換えに三進工機からその振出にかかる金額を同じくする約束手形の交付を受け、これを手形割引などの方法で換金した。控訴人は三進工機が淑子から右各約束手形の交付を受けた直後ごろ、三進工機代表取締役石田熊吉の懇請により三進工機の取締役に就任し(就任登記は昭和四〇年一〇月二八日なされた。)、金融面担当の常務取締役の肩書で会社業務に従事するようになつた者であるが、同年九月初旬ころ、淑子から同人が前同様の方法で偽造した原判決添付目録記載(七)(八)の各約束手形(以下本件(七)(八)の手形という。)の換金方を依頼されて三進工機の事務所で右各手形の交付を受け、さらに淑子から前同様の方法で偽造した原判決添付目録記載(六)記載の約束手形(以下本件(六)の手形という。)の交付を三進工機の事務所の近くの料亭「川甚」で受け、いずれもその場で石田熊吉に交付した。三進工機は本件(四)ないし(八)の各手形につき株式会社三井銀行等によりそれぞれその満期に手形交換所における呈示をした。

二  右当事者間に争いのない事実に成立に争いのない甲第一四ないし第一六号証第一八号証(第一六、第一八号証については後記信用しない部分を除く。)乙第七ないし第一三号証第一七、第二七号証原審証人小川孝治同加藤(旧姓青木)淑子(後記信用しない部分を除く。)の各証言ならびに原審における被控訴人代表者、原審及び当審における控訴人(後記信用しない部分を除く。)の各本人尋問の結果を考えあわせれば、次の事実が認められる。

1  三進工機は機械工具、車輛部品の製造販売等を営業としているところ、その代表取締役である石田熊吉は昭和四〇年七月末ころ三進工機の従業員の上原寿を介して淑子を青木一雄の妻で被控訴人の経理一切を取り仕切つている者として紹介され、そのころ淑子より手形の交換を申し込まれたので、淑子から被控訴人取締役社長青木一雄及び青木一雄個人ら名義の、同年八月四日付誓約書(乙第六号証)を徴して右申込を承諾し、同月一〇日ころ三進工機は淑子から本件(一)ないし(五)の各手形の交付を受けるとともに、その振出にかかる、受取人を東海機械工業株式会社として金額を本件(一)ないし(五)の各手形とそれぞれ同じくする約束手形を淑子に交付した。

2  その後控訴人は石田熊吉の指示により調査のため被控訴人を訪ねたが、青木一雄に面会することはできなかつたが、その足で淑子が身を寄せている同人の父加藤武雄方を訪ねた際、淑子から不仲のため青本一雄と別居していることを告げられたが、右加藤武雄方には被控訴人分室という看板がかかげられており、被控訴人から淑子に対し電話がかかつてきたりなどしたので、控訴人や石田熊吉は被控訴人振出名義の手形に格別疑念を抱かず、そのため同年九月上旬さらに三進工機は淑子から、受取人をそれぞれ東海機械工業株式会社とし、同会社代表取締役加藤武雄の白地裏書(拒絶証書作成免除)を経た本件(七)(八)の各手形(甲第三、第四号証の各一、二)の割引申込みを受けてこれを承諾し、右各手形を割引き、割引金を数回に分割して淑子に交付し、淑子より東海機械工業株式会社青木淑子もしくは祐義管理株式会社青木淑子名義の領収証を受取り、またそのころ三進工機は淑子から同人が他より買受けることとしていた山林を担保として他より二〇〇〇万円の金融を受けることについて委任を受け、その謝礼(事務処理費用及び報酬)の趣旨で淑子から本件(六)の手形の交付を受けた。

3  被控訴人は船舶用電子機械、自動制御装置等の製造販売等を営業としているところ、被控訴人代表取締役青木一雄の妻であつた淑子は、被控訴人の取引先の金融機関との事務連絡など被控訴人の経理関係事務処理に従事してきたが、青木一雄方を出て同人と別居した後、被控訴人の被用者金子リヨ子に頼んで被控訴人代表取締役の印鑑を青木一雄に無断で同人の机から持ち出させたうえ、あらかじめ被控訴人のゴム印を用いて振出人として「神奈川県三浦郡葉山町長柄七九一番地東海精工株式会社代表取締役青木一雄」と記名させておいた約束手形用紙の該当箇所に右印鑑を押捺して本件(一)ないし(八)の各手形を偽造したのであり、前記誓約書(乙第六号証)中被控訴人代表取締役青木一雄及び青木一雄個人作成名義部分も淑子が同様にして金子リヨ子に持ち出させた被控訴人代表取締役の印鑑を使用して偽造したものであつた(右乙第六号証について、被控訴人が被控訴人代表取締役青木一雄及び青木一雄個人作成名義部分の成立を認めたのは、錯誤に基くものと認めるほかない。)。また東海機械工業株式会社は、淑子の父加藤武雄、淑子の兄加藤祐丸ら淑子の実家の者が経営する会社であり、祐義管理株式会社は淑子の実家の財産保全のため昭和四〇年九月ころ淑子らによつて設立された会社であつて、淑子がその代表取締役であつた。

以上のように認められ、甲第一〇、第一六、第一八号証ならびに原審証人加藤(旧姓青木)淑子の証言、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らして信用し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

三  控訴人が昭和四〇年一一月二六日石田熊吉とともに被控訴人を訪れ、青木一雄に対し本件(一)ないし(八)の各手形の金額、満期を記載したメモを交付して満期に右手形金を支払つてほしい旨を申し入れたが、青木一雄はこれらの約束手形はいずれも偽造されたものであるから支払えないと回答したことは当事者間に争いがなく、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果によれば、その際青木一雄は控訴人や石田熊吉に対し右各手形は淑子の偽造にかかるもの故、右各手形金は同人に請求すべきものであるという趣旨をも述べたのであるが、控訴人も石田熊吉も青木一雄が支払いを免れるため遁辞を弄するものと考え、石田熊吉は三進工機の代表取締役として本件(四)ないし(八)の各手形につき前記のようにそれぞれのその満期に手形交換所における呈示をさせるに至つたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

四  控訴人は「被控訴人は民法第一一〇条第一一二条の法理により本件各手形金の支払いにつき責任を免れることはできない。」と主張するけれども、前記認定のとおり本件(四)ないし(八)の手形は淑子が被控訴人の代理人であることを表示して振出したのではなく、直接被控訴会社代表取締役青木一雄の記名押印をしたものであるから、これに民法一一〇条もしくは一一二条と一一〇条の複合適用ないし類推適用するためにはその手形行為の相手方において、右手形の振出行為が淑子によつてなされ、かつ、それが淑子の代理権の範囲内の行為であると信じたことについて正当理由のある場合でなければならない。しかるに本件(七)(八)の約束手形の受取人は三進工機ではなく、東海機械工業株式会社であるし、本件(四)ないし(八)の手形について三進工機の代表者ないしはその機関において、それが淑子の代理行為として記名押印により振出されたものとの認識をもつていたことを認めるに足りる証拠は全く存在しない(成立に争いのない甲第一五号証および原審および当審における控訴人本人尋問の結果によれば、三進工機の代表者ないしその機関は単純に本件(四)ないし(六)の手形が被控訴会社代表者により真正に振出されたものと信じたに過ぎないものと認められる。)。従つて本件の場合民法一一〇条もしくは一一二条と一一〇条の複合適用による表見代理もしくはその類推適用する余地はない(その他被控訴人に本件各手形金支払義務があると認むべき事由を認めるに足りる証拠はないから、控訴人の右主張は採用できない。)。

五  以上によれば、本件各手形については振出人名義が冒用され、被控訴人は振出人としての責任を負わないものというべきところ、

1  本件各手形や前記誓約書は被控訴人代表取締役の印鑑を使用していずれも作成され、淑子は被控訴人代表取締役青木一雄の妻で被控訴人の経理関係事務に従事してきたものであり、青木一雄と別居後も身を寄せた実家には被控訴人分室という看板がかかげられており、被控訴人と電話連絡などがあつたのであるけれども、淑子は青木一雄と不仲のため別居中であり、三進工機が交換手形として振出した約束手形の受取人は東海機械工業株式会社であり、また淑子に交付した割引金の領収証には同会社や祐義管理株式会社の名がみられ、これらの会社は淑子の実家の者や淑子が関係する会社であつたのであり(これらについては被控訴人の名は全く使用されず、本件(一)ないし(五)及び(七)(八)の各手形が正当に振出され、その交換手形や割引金が被控訴人の金繰り等被控訴人自身のために使用されたとすれば不自然たるを免れない。)、これらの事実に青木一雄の前記言辞を考えあわせれば、本件各手形や右誓約書は淑子がその実家の利益をはかつて偽造したものではないかということを疑うに足りる十分な理由があつたものというべきところ、にもかかわらず控訴人や石田熊吉は、青木一雄の右言辞を打消すに足りる特段な事由なきにかかわらず(原審及び当審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人や石田熊吉は、青木一雄の右言辞後、その真偽を淑子に確かめたことが認められるが、その際淑子から青木一雄の右言辞を打消すに足りるような特段な資料が得られたことはなんらこれを認むべき証拠がない。)、青木一雄の右言辞は信用に値しないものとたやすく断定し、前記のように石田熊吉において本件(四)ないし(六)の各手形を呈示させて被控訴人に対し右各手形金の支払を求めたものであることが認められる。

控訴人は当時三進工機の取締役であつてその金融面の業務を担当していたことは前記のとおりであるから、三進工機の金融面担当の取締役として代表取締役である石田熊吉に進言するなどして、本件(四)ないし(六)の各手形の呈示を差し控えさえせるべき措置を採るべき義務があり、控訴人は重大な過失によつて右義務を怠つたために三進工機代表取締役石田熊吉が前記のように右各手形を呈示させ、三進工機は振出人としての責任を負わない被控訴人に対し右各手形金の支払いを求めるに至つたものと認めるのが相当である(控訴人が右義務を尽してもなお石田熊吉が右各手形の呈示をあえてしたのであろうというような事情はこれを認むべき証拠がない。)。したがつて控訴人は商法第二六六条の三第一項により右義務懈怠により第三者たる被控訴人の蒙つた損害につき賠償義務を負うべきものということができる。

2  本件(七)(八)の各手形については前記のとおり東海機械工業株式会社代表取締役加藤武雄の白地裏書(拒絶証書作成免除)がなされているのであるから、三進工機としては、右各手形の取得後、たとえその振出人名義が偽造であることが判明しても、東海機械工業株式会社に対する遡及権を保全するため右各手形をその呈示期間内に支払のため呈示する必要があるから、石田熊吉が右各手形につき各その満期に手形交換所における呈示をさせたことそのことについては控訴人に三進工機の取締役としての義務懈怠を直ちに認めることはできないといわねばならない。

六  成立に争いのない甲第二三号証の一と原審における被控訴人代表者本人尋問の結果に弁論の全趣旨を考えあわせれば、本件(四)ないし(六)の各手形が右のように呈示されたため、被控訴人は取引停止処分を免れるため支払拒絶がその信用に関するものでないことのための異議申立提供金に充てるものとして、右各手形の金額に相当する計一八五万円を遅くとも昭和四一年二月三日までに支払場所として右各手形に記載されている株式会社横浜銀行に交付することを余儀なくされ、同日以降その返還請求権が葉山農業協同組合によつて仮差押決定の執行を受けた昭和四三年五月二四日の前日である同月二三日までの間右一八五万円に対する民事法定利率年五分の割合による利息相当額二一万二八〇〇円(円未満切捨)の損害を被つたことが認められ、右損害は控訴人の前記義務懈怠当時控訴人において少くとも予見しうべかりしものであつて、控訴人の右義務懈怠によつて第三者たる被控訴人が被つたものということができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

七  控訴人は過失相殺を主張する。

前記認定の事実によれば、被控訴人代表取締役の印鑑が被控訴人の被用者によつてたやすく持ち出され、右印鑑が使用されて本件(四)ないし(六)の各手形の振出人名義が冒用されたということができるのであるから、右各手形の振出人名義の偽造については、被控訴人にも右印鑑の保管に欠けるところがあり、しかもそれが被控訴人自身の被用者及び被控訴人代表者取締役の妻の乗ずるところとなつたものであつて、被控訴人の前記損害の発生については被控訴人にも過失があると認めるのが相当であり、右認定を覆すに足りる証拠はないから、この点を斟酌して、控訴人は被控訴人に対し一五万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四四年六月七日から支払済みに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるというを相当とする。したがつて被控訴人の本訴請求は右の限度において正当としてこれを認容すべきである。

八  よつて右と一部趣旨を異にする原判決を変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条第九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡松行雄 園田治 木村輝武)

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