東京高等裁判所 昭和50年(ネ)2848号 判決 1978年4月28日
昭和五〇年(ネ)第二八四七号事件
控訴人 東美工業株式会社
右代表者代表取締役 阿部茂
同年(ネ)第二八四八号事件
控訴人 平城盛忠
右両名訴訟代理人弁護士 小林宏也
同 本多藤男
同 長谷川武弘
昭和五〇年(ネ)第二八四七号事件、同年(ネ)第二八四八号事件
被控訴人 鴨志田重徳
右訴訟代理人弁護士 佐々木功
主文
控訴人東美工業株式会社は被控訴人に対し、別紙物件目録(二)の(1)ないし(3)記載の各建物から退去して同目録(一)記載の土地を明渡せ。
控訴人平城盛忠は被控訴人に対し、同目録(二)の(2)、(3)記載の各建物から退去して同目録(一)記載の土地中その敷地部分を明渡せ。
被控訴人の控訴人平城盛忠に対するその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも控訴人らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人ら
「被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
二 被控訴人
当審において訴を交換的に変更し、「控訴人らは被控訴人に対し、別紙物件目録(二)の(1)ないし(3)記載の各建物から退去して同目録(一)記載の土地を明渡せ。訴訟費用は控訴人らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。
第二当事者の主張
一 被控訴人の請求原因
1 被控訴人は、別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)を所有している。
2 控訴人らは、いずれも同目録(二)の(1)ないし(3)記載の各建物(以下「本件(1)ないし(3)の建物」という。)を占有使用して本件土地を占有している。
よって、被控訴人は控訴人らに対し、本件各建物から退去して本件土地を明渡すことを求める。なお、原審においては、控訴人らに対し単に本件土地を明渡すことを求めたが、当審において右のとおり訴を交換的に変更する。
二 請求原因に対する控訴人らの認否
請求原因1の事実及び同2のうち控訴人東美工業株式会社(以下「控訴会社」という。)が本件各建物を占有使用して本件土地を占有していること及び控訴人平城盛忠が本件(2)、(3)の各建物を占有使用して本件土地中その敷地部分を占有していることは認めるが、その余は否認する。
三 控訴人らの抗弁
1 訴外青柳達哉(以下「訴外青柳」という。)は昭和四三年四月被控訴人から本件土地を賃借し、その後本件土地上に本件各建物を建築した。
2 控訴会社の代表者である訴外阿部茂は訴外青柳から昭和四五年一二月本件(3)の建物を、昭和四六年一月本件(1)、(2)の各建物をいずれも期間の定めなく賃借し、控訴会社は訴外阿部茂の許諾のもとに本件各建物をその営業のため占有使用し、控訴人平城盛忠は控訴会社の留守番として本件(2)の建物に居住し、同(3)の建物を使用している。
3 訴外青柳は昭和四八年四月一一日死亡し、その相続人である訴外青柳和子、同青柳典生、同青柳美代子が訴外青柳の権利義務を承継した。
四 抗弁に対する被控訴人の認否
抗弁1、3の各事実は認める。同2のうち、訴外阿部茂が控訴会社の代表者であること、控訴会社が本件各建物を、控訴人平城盛忠が本件(2)、(3)の各建物を占有していることは認めるが、その余は不知。
五 被控訴人の再抗弁
被控訴人と訴外青柳との間の賃貸借契約(その成立の日は昭和四三年四月一日、賃料は月額金六万円である。以下「本件賃貸借契約」という。)は、以下の理由により終了した。
1 本件賃貸借契約は、訴外青柳において本件土地をガードレール塗装工事のための作業場、資材置場に使用することを目的とし、建物を建築してはならず、期間は二年とする旨定められていたものであって、建物所有を目的とするものではなく、借地法の適用のないものであった。
そして被控訴人はその後訴外青柳が右工事の未了を理由に期間の延長を求めてきたので一年間の延長を認めたが、昭和四六年三月一〇日到達の内容証明郵便をもって本件賃貸借契約をもはや更新しない旨訴外青柳に通告したから、右契約は同月三一日期間満了により終了した。
また、被控訴人は、訴外青柳が建物を建築してはならない旨の約定に反して本件各建物及びほかに倉庫二棟(現在は取り毀されて存在しない。)を建築したので、これを理由に、訴外青柳に対し、前記内容証明郵便をもって、仮に右が認められないとしても、同訴外人を被告として本件各建物及び右倉庫を収去して本件土地を明渡すべきことを求めて提起した訴訟(以下「別件訴訟」という。)の第一審(神奈川簡易裁判所昭和四六年(ハ)第九三号事件)における昭和四八年一月二四日の口頭弁論期日において、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。
2 訴外青柳は、昭和四六年一二月一六日訴外阿部茂に前項記載の倉庫二棟の内一棟を、訴外浦尾弘光に他の一棟をそれぞれ売渡して所有権移転登記をなし、被控訴人に無断で本件土地の賃借権を同訴外人らに譲渡した。
よって、被控訴人は別件訴訟の前項記載の口頭弁論期日において、この点をも理由として本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。
3 訴外青柳及びその相続人らは本件土地の昭和四六年一月一日以降の賃料を全く支払わないので、被控訴人は、右賃料不払を理由に、別件訴訟の控訴審(横浜地方裁判所昭和五〇年(レ)第五八号事件)における昭和五二年四月二一日の口頭弁論期日において、訴外青柳の訴訟承継人である右相続人らに対し、契約解除の意思表示をした。
4 訴外青柳は昭和四五年一〇月頃本件各建物を無人のまま放置して福島県に転居し、本件土地の使用を完全にやめた。よって、本件賃貸借契約は右時点において目的終了により消滅したものとみるべきである。
六 再抗弁に対する控訴人らの認否
1 再抗弁1のうち、訴外青柳に対し、被控訴人主張の内容証明郵便をもって契約を更新しない旨の通告があったこと、訴外青柳が本件土地上に本件各建物のほかに倉庫二棟を建築したこと、別件訴訟における口頭弁論期日において被控訴人主張の解除の意思表示があったことは認めるが、その余は争う。
本件賃貸借契約は、訴外青柳においてその経営にかかる塗装業等を目的とする会陽建設株式会社の塗装工場、倉庫、事務所、社員用住宅等を建築所有することを主たる目的とした期間の定めのないものであって、借地法の適用のあるものである。このことは、(1)訴外青柳が義父の訴外小林辰治より従前借りていた工場からの立退きを求められ、前記営業を独立して営むための土地を求めて右契約に至ったもので、被控訴人も右事情を承知していたこと、(2)訴外青柳は本件土地を賃借した後直ちに本件各建物及び倉庫二棟を建築し、本件(3)の建物を除きいずれも登記をし、これらを塗装業営業の本拠としてきたものであって、被控訴人は本件各建物等の建前に出席し、その後も右建築につき何らの異議を述べていないこと、(3)塗装業の遂行上、工場、倉庫、事務所等は必要不可欠のものであり、その建築が当然の前提とされるのであって、空間地の使用は付随的になされるものにすぎず、本件の場合も右工場等の建物が敷地全体の三割強を占め、更地部分は業務遂行に付随して使用されてきたにすぎないこと、(4)訴外青柳が本件土地の不法占拠者を排除するのに相当の苦労をした末契約成立に至っていること、(5)訴外青柳が被控訴人に対し、契約成立にあたり権利金三〇〇万円を分割払いする旨約し、その後賃料月額金三万円のほかに毎月金三万円宛を付加して合計金九九万円の権利金を支払っていること、(6)契約書の第一条に「普通建物所有の目的をもって賃貸する」旨明記されていることなどから明らかである。なお、右契約書に期間を二年とする旨の記載があるが、右は権利金の支払猶予期間ないし賃料の据置期間としての意味を有するにすぎないものである。
2 同2のうち、訴外青柳が倉庫二棟の登記名義を被控訴人主張の二名に移転したこと、訴外青柳に対し被控訴人主張の解除の意思表示があったことは認めるが、その余は否認する。右登記名義の移転は債権者の追及を免れるため所有権移転を仮装したものにすぎない。
3 同3の事実は認めるが、解除の効力は争う。被控訴人は、解除の意思表示に先立ち訴外青柳ないしその相続人らに対し賃料支払の催告を全くしていないし、また地上建物の賃借人である訴外阿部茂が訴外青柳らに代わって本件土地の賃料を支払うべく、昭和四六年三月頃、更には昭和四八年五月三〇日の別件訴訟の和解期日に従前の未払賃料全額を提供したのにその受領を拒絶したから、右解除の意思表示はその効力を生じない。
4 同4は争う。
第三証拠関係《省略》
理由
一 被控訴人が本件土地を所有していること、控訴会社が本件各建物を占有使用して本件土地を占有していること及び控訴人平城盛忠が本件(2)、(3)の各建物を占有使用して本件土地中その敷地部分を占有していることは当事者間に争いがない。しかしながら、控訴人平城盛忠が本件(1)の建物を占有使用していること及び本件土地中本件(2)、(3)の各建物の敷地部分を除くその余の部分を占有していることについては何らの立証もないから、これを認めることができない。
二 そこで、控訴人らの本件土地(控訴人平城盛忠についてはその一部)の占有権原について判断すべきところ、控訴人ら主張の抗弁のうち、訴外青柳が昭和四三年四月被控訴人から本件土地を賃借し、その後本件土地上に本件各建物を建築したことは当事者間に争いのないところであるが、被控訴人は再抗弁1において本件賃貸借契約の期間満了による終了を主張するので、以下この点を検討する。
1 《証拠省略》によれば、訴外青柳は、昭和四三年三月頃知人の訴外久保田知義の紹介により、被控訴人に対し、ガードレール塗装工事の作業場、資材置場に使用したいので本件土地を四、五年間程度賃貸して欲しい旨申し入れ、これに対し被控訴人は近い将来本件土地を処分して長男らの学資ないし生計の資としたいと考えていたので、早期かつ容易に明渡が得られるよう期間を短期間とし、建物の建築を認めないこととして賃貸することを望み、交渉の結果、その頃被控訴人と訴外青柳との間に、本件土地を右塗装工事のための作業場、資材置場に使用する目的で、工場、倉庫、事務所、居宅等の建物を建築してはならず、期間は同年四月一日から二年間とする旨定めて本件賃貸借契約が締結されたことが認められる。もちろん、ガードレール塗装工事のための作業場、資材置場としては少なくとも雨露等を避けるために何らかの工作物を設ける必要があり、全くの露天においてはその目的を達し難いことは容易に推認されるところであるから、本件賃貸借契約において作業場、資材置場としての使用目的に応じて付随的に右のような必要最少限度の工作物を設けることまで禁止されていたとは解し難いけれども、《証拠省略》中訴外青柳が予定していたガードレール塗装工事の遂行には右の程度を超えて工場等の建物を建築使用することが必要不可欠であったとする部分はにわかに採用し難いところがあり、右契約において右建築が当然許されており、二年の期間は賃料の据置期間にすぎないとする原本の存在及び成立に争いのない乙第六号証(別件訴訟における久保田知義の証人調書写)並びに当審における同証人の証言は《証拠省略》に照らして採用し難いものというべく、結局右契約においては、前認定のとおり期間を二年間に限った趣旨にそって工場等の建物を建築することは許されない旨約されていたものと認めるべきである。
以上によれば、本件賃貸借契約は建物所有を目的とするものではなく、借地法による存続期間の保護をうけえないものであったといわなければならない。
もっとも、右契約に際し作成された土地賃貸借契約書二通の第一条に「普通建物所有の目的をもって賃貸する」旨の文言があることは控訴人ら主張のとおりであるが、《証拠省略》によれば、被控訴人一家は農業を営むものであるところ、右各契約書は市販の印刷された用紙を使用したものであって、被控訴人としては以前に税金問題につき相談したことのある前記訴外久保田知義に契約書の作成を任せ、既に印刷されていた前記文言には必ずしも注意を払わなかったことがうかがわれることや、同じ右各契約書に第七条として「二年間一時貸しの事」、「二年間臨時一時貸しの事」と特に加筆されていることに照らせば、右各契約書に前記のような印刷文言が存することをもって前記認定を左右することはできない。また、《証拠省略》によれば、訴外青柳は本件賃貸借契約成立後間もなく本件各建物の建築に着手し、ほかに倉庫二棟(現在は取り毀されて存在しない。)を建築し(この事実は当事者間に争いがない。)、これらを塗装業の本拠として用いてきたこと、右各建物はいずれも土台がなく解体、収去の容易な組立式のものであるとはいえ、本件(3)の建物を除いては登記もなされており、工場、倉庫、事務所ないし居宅あるいは便所として一応の体を成していることが認められるが、《証拠省略》によれば、被控訴人側は、昭和四六年始め頃訴外青柳が本件土地の賃料を支払わなくなり、一時姿を消したりしたため、後記(2)認定の訴外青柳に対する同年三月一〇日到達の内容証明郵便において右建築が契約に違反する旨を指摘し、その後直ちに別件訴訟を提起し右各建物の収去を求めていることが認められ(《証拠省略》中被控訴人が本件各建物等の建前に出席し、その建築に異議を述べなかったとする部分は《証拠省略》に照らし採用できない。)、被控訴人が右建築や本件土地の利用状況を知りながらこれを容認していた事実は認められないのであるから、契約成立後間もなく本件土地上に前認定のような建物数棟が建築され、これらを本拠として営業が営まれていた事実をもって本件賃貸借契約が建物所有を目的とするものでなかったとの前記認定を左右することもできないというべきである。更に、《証拠省略》によれば、訴外青柳が被控訴人に対し、本件賃貸借契約成立にあたり賃料月額金三万円のほかに権利金として毎月金三万円宛を付加して支払う旨約し、昭和四五年一二月分までこれを支払っていることが認められる(《証拠判断省略》)けれども、右権利金支払の事実は必ずしも前記認定と矛盾するものとはいえないし、控訴人らが再抗弁に対する認否1において挙げるその余の点((1)、(4))もそれ自体前記認定を左右するほどの意味をもつとは解されず、他にこれを左右するに足りる証拠は存しない。
2 したがって、本件賃貸借契約の期間は、前記約定に従い昭和四五年三月三一日に満了すべきところ、前出乙第三号証、同第八号証によれば、同年二月頃合意により一年間延長されたことが認められ、被控訴人が昭和四六年三月一〇日到達の内容証明郵便をもって右契約をもはや更新しない旨訴外青柳に通告したことは当事者間に争いがないから、本件賃貸借契約は同月三一日期間満了により終了したものといわなければならない。
三 右によれば、本件賃貸借契約の存在を前提として自らの占有権原を主張する控訴人らは、その余の点について判断するまでもなく、被控訴人に対し本件土地の占有権原を対抗できない筋合いであるといわざるをえない。
四 してみると、控訴会社に対し本件各建物から退去して本件土地を明渡すことを求める被控訴人の請求はすべて理由があるものとしてこれを認容すべく、また、控訴人平城盛忠に対する被控訴人の右同様の請求は、本件(2)、(3)の各建物から退去して本件土地中その敷地部分を明渡すことを求める限度で理由があるものとしてこれを認容し、その余を失当として棄却すべきものである。
よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条但書、九三条一項本文を各適用し、仮執行宣言の申立てについては相当でないものと認めこれを却下することとして主文のとおり判決する。なお、被控訴人は控訴人らに対し、原審においては単に土地明渡を求めていたところ、当審において訴を交換的に変更し、建物退去土地明渡を求めるに至ったものであり、控訴人らに対し本件土地の明渡を命じた原判決は右訴の変更により当然その効力を失ったものである。
(裁判官 滝田薫 河本誠之 裁判長裁判官江尻美雄一は転任につき署名押印することができない。裁判官 滝田薫)
<以下省略>