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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)590号 判決 1978年4月04日

控訴人

藤森宏之

右訴訟代理人

海地清幸

小倉正昭

被控訴人

和田太計司

右訴訟代理人

小林澄男

外三名

被控訴人

矢島すゞ

右訴訟代理人

高橋昭

主文

控訴人の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じ控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人の申請に基づき東京地方裁判所が昭和五二年五月一〇日、控訴人主張の人形博物館の控訴人矢島に対する本件出捐金債権三六三万八、二一一円及び被控訴人和田に対する本件出捐金債権二、九五三万一、七二六円中四四六万一、七八九円につき債権差押転付命令を発し、右命令がそのころ被控訴人らに送達されたことは当事者間に争いがなく、控訴人と人形博物館との間に控訴人主張の確定判決が存在し、前記控訴人の債権差押転付命令の申請が右債務名義に基づいてなされたものであることは、被控訴人らの明らかに争わないところであるからこれを自白したものとみなす。

二<証拠>をあわせると、次の事実を認めることができる。

(一)  訴外小沢佐多は、かねてから人形学院を経営し、日本人形の製作指導にあたつていたが、同人の夫で不動産取引業を営む小沢忠の協力のもとに人形博物館を財団法人として設立し、日本人形の蒐集、保存、展示等の事業を行うことを計画し、その資金としては右人形学院の卒業者(当時約一〇万名)その他の関係者、後援者らから約金八、〇〇〇万円から一億円程度の寄附を募ろうと考え、前記人形学院の事業等を通じて知りあつていた政財界の有力者である梅津長兵衛らに相談してその賛同をえた。そして昭和三八年一月ころ、設立準備の打合せの趣旨で右梅津、平和相互銀行の会長川越丈雄、日本航空の役員松尾の妻フミ、日本大学の箕作教授、小沢夫妻らが会合を開き、小沢忠の戦友で知合関係にあつた被控訴人矢島の夫政雄、妻が人形を通じて小沢佐多と知り合つている関係から小沢忠より参加を求められていた被控訴人和田も右会合に参加した(ただし被控訴人和田は三〇分ほどいただけで退席した。)。この会合においては、一般的な寄附金の募集は財団法人の設立許可後に行い、とりあえずは書面上の形式を具備して設立許可申請手続を進めることとし、その実際上の処置は、挙げて小沢忠に一任された。なおその席上で、財団の役員となるべき者も決定され、被控訴人矢島の夫政雄、被控訴人和田も理事となることとされた。

(二)  そこで小沢忠は、設立発起人代表者として財団法人設立許可申請に必要な寄附行為に関する書類を用意するべく、まず前記矢島政雄に対し、右申請に必要な形式を整えるために必要があるからとして銀行預金証明書の交付を求め、政雄もこれに応じ、同年一月三〇日被控訴人矢島が有する金三六三万八二一一円の大恵信用金庫の普通預金につき同金庫の預金残高証明書をえてこれを小沢忠に交付し、小沢忠は、右預金が被控訴人矢島名義となつているため、同被控訴人名義で「私は財団法人日本人形博物館設立に際し左記の財産を寄附します。記―一、金三百六十三万八千二百十一円(別紙銀行証明書のとおり)」と記載した同年二月一日付の寄附申込書を作成した。

(三)  次いで小沢忠は、同年四月被控訴人和田が代表取締役をしているニユー・オリエントを訪ね、被控訴人和田に対しても同様に設立許可申請手続上の形式を整えるため名目上だけでよいから協力して欲しい旨申入れ、被控訴人和田もこれを承諾し、自己個人及びニユー・オリエント名義の銀行預金残高証明書の交付等小沢に対する協力措置を同会社の専務取締役小笠原正義に一任した。そこで小笠原は、(1)ニユー・オリエント株式会社取締役社長和田太計司名義の大和銀行有楽町支店の当座預金一、四六七万六、四八〇円、同定期預金四〇〇万円の昭和四八年四月一五日付残高証明書、(2)ニユー・オリエント・エキスプレス株式会社取締役社長和田太計司名義の東海銀行有楽町支店の定期預金五〇〇万円の同日付残高証明書、(3)同名義の同支店の当座預金五八五万五、二四六円の同日付残高証明書、(4)ニユー・オリエント・エキスプレス名義の三和銀行日比谷支店の定期預金七〇〇万円の同日付残高証明書、(5)同名義の同支店の当座預金一、一四二万九、九一八円の同日付残高証明書を用意し(これらの預金はいずれもニユー・オリエント・エキスプレス株式会社の預金と認められ、被控訴人和田個人の預金とは認め難い。)、これを小沢忠に交付した。なおその際小笠原は、小沢忠から、実際にはいかなる出捐義務をも負うものではない旨の念書を徴した。そして小沢忠は、これらの証明書に基づき、右(1)ないし(3)の各預金の合計額は金二、九五三万一、七二六円につき被控訴人和田名義で金額の点を除き前記控訴人矢島の場合と同一の形式、内容の昭和三八年四月一八日付寄附申込書及び右(4)と(5)の右預金の右合計金額金一、八四二万九、九一八円につきニユー・オリエント・エキスプレス株式会社代表取締役和田太計司名義の同日付寄附申込書を作成した。

(四)  そして小沢忠は、別に財団の目的、事業、資産、組織等を定めた財団法人日本人形博物館寄附行為と題する書面を作成し、あらかじめ承認を得てあつた川越丈雄、被控訴人和田、矢島政雄、小沢夫妻その他の理事、監事らの氏名をこれに代署押印し、これに財産目録を添付し、更に上記寄附申込書、預金残高証明書等を添え、寄附申込者を(イ)被控訴人和田、出捐内容前記(三)の(1)ないし(3)の各預金、(ロ)ニユー・オリエント・エキスプレス株式会社代表取締役和田太計司、出捐内容前記(三)の(4)及び(5)の各預金、(ハ)被控訴人矢島、出捐内容前記(二)の預金、(ニ)小沢忠、出捐内容同人の三井銀行日比谷支店の普通預金五〇万円及び評価額二一三万三、二〇〇円相当の備品、(ホ)小沢佐多、評価額八三九万七、三四〇円相当の人形、文献等として文部省に財団法人設立許可申請をした。なお右寄附行為書添付の財産目録にも、右(イ)から(ホ)までが人形博物館の資産としてそのまま掲げられていた。そして右申請に対し、昭和三八年九月一四日設立の許可がなされた。

以上のように認めることができ、他にこれを動かすに足りる証拠はない。

三被控訴人矢島に対する請求について。<省略>

四被控訴人和田に対する請求について。

(一)  前記二で認定した事実によれば、被控訴人和田の名でなされた金二、九五三万一、七二六円の寄附行為は、単に人形博物館の設立について主務官庁の許可を得るための方便としてなされた虚偽仮装の意思表示といわざるをえないところ、上記認定の事実関係に照らせば、被控訴人和田は自己の名でかかる意思表示がされることについて了解を与えていたものと推認されるから(これを覆えす証拠はない。)、同被控訴人は、真実寄附行為の内容たる財産出捐の意思がないのにかかわらずかかる寄附行為の意思表示をしたものといわなければならない。ところで財団法人の設立行為としての寄附行為は、寄附行為者が特定の財産をその運営、営理の目的等を定めて提供する単独行為たる財産処分の意思表示であり、これに基づいて当該財団法人の成立とともに右処分の効果がこれに帰属することとなるものであるところ、右寄附行為が前記のように行為者の効果意思を伴わないでなされた場合にその効力をいかに考えるべきかにつき、民法九三条但書ないし九四条の適用または類推適用の有無をめぐつて、控訴人と被控訴人和田の主張が対立し、これが当初から本件における最も大きな争点として争われている。そこで以下においてまずこの点につき判断を示しておくことにする。

控訴人は、まず、寄附行為は相手方なき単独行為たる意思表示であるから、民法九三条但書の適用の余地はなく、もとより民法九四条の適用は問題とならないと主張する。確かに、寄附行為は特定の人に対してなされるべき意示ではないから、いわゆる相手方なき意思表示の範疇に属するものであるが、このことから直ちに、民法九三条但書ないしは九四条の適用または類推適用の余地がないとすることは相当でなく、更に実質的な考察を必要とすると考える。すなわち、本件において被控訴人和田が寄附行為の意思表示をした経緯は、前記認定のとおり、財団法人日本人形博物館の設立を計画発起した者ら全員の合意により当初から必ずしも実質的内容を伴わない形式上の寄附書等によつて設立認可申請をすることとされ(右の関係者らは設立許可があつたときに財団の理事、監事に就任することが予定されていた者らでもある。)これらの者から右認可申請手続を一任された小沢忠が発起人代表として右合意の趣旨に則り、被控訴人らに依頼して真実寄附行為をする趣旨ではない、その意味で虚偽仮装の前記寄附申込書を作成交付せしめたものである。このように、財団法人設立の関係者ら全員が当初から虚偽仮装の寄附行為をして設立認可手続をとることを合意ないし了知していた場合においては、右寄附行為は、形式的には相手方のない意思表示とされるとしても、実質的には関係者が通謀して虚偽仮装の社団法人設立の所為をする場合とほとんど異なるものではなく、後者が設立発起人らの通謀により仮装の意思表示としてなされた場合にこれにつき民法九四条を適用しうべきであるのと同様に(この点において大審院昭和七年四月一九日判決・民集一一巻九号八三七頁には従いえない。)、前者についても民法九三条但書または民法九四条(本件の場合はむしろ民法九四条)の適用ないし類推適用を肯定するのが相当と考える。右の場合に虚偽仮装の寄附行為をした者にその意思表示について拘束されるべきものとする実質上の理由としては、もしそうでないと財団法人の設立自体が無効となつたり、寄附行為の目的である財産出捐の効果が否定される結果財団法人の財政的基礎が失われ、あるいはそれが危うくなるという不当な結果を生ずる等のことが考えられるけれども、法人の設立が無効となる場合は右の場合以外にも存しうる(本件被控訴人矢島のような無権代理行為の場合もその一例である。)のであつて、一般にかかる場合においてこれを無効とすることによつて生ずる法律関係の混乱を避けるためには、法人の設立無効の確定判決によつてのみその存在を否定しうるとの評釈をとることによつてある程度これに対処しうるし、財団法人の財政的基礎の点についても、行政監督を厳重に行うことによつてある程度弊害の防止が可能であり、また他方、当該財団法人と取引関係に立つ者においても、必ずしも寄附行為に表示された財産の出捐の結果が現実に右法人に帰属していることに専ら依拠してこれと取引を結ぶというわけではなく(もし特定の財産が当該財団法人に帰属している旨表示されていることを信じ、これを前提として当該法人と右財産に関する契約を締結する等してこれにつき具体的権利関係を有するにいたつた第三者については、別の法理によりその利益を保護することが可能である。)、当該法人の現実の財政状況を見、その信用を勘案してかかる取引関係に入るものと考えられるから、前記のような弊害は多くは観念的なそれにとどまり、実際にはそれほど重視するにあたらないとも考えられるのである(現に原審における証人小沢忠の証言及び控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は人形博物館の財政状態をよく知つていたことが窺われ、したがつて被控訴人和田の寄附行為としての財産出捐が有名無実であることもある程度これを察知していたのではないかと思われる)。右の点に関し控訴人は、上記のごとき解釈をとるべからざる理由として種々論ずるところがあるけれども、いずれも適切であるとはいい難く、左袒することができない。

そうであるとすれば、本件においては被控訴人和田のした寄附行為としての財産出捐行為は民法九四条によりその効果を生ぜず、右寄附行為に基づいて成立する財団法人である人形博物館は右法律行為に対する第三者には該当しないとみるべきであるから、被控訴人和田は右人形博物館に対して右寄附行為によりなんら財産法上の義務を負う等の拘束を受けるものではないというべきである。

もつとも、控訴人は、人形博物館が被控訴人和田に対して右寄附行為に基ずく出捐請求権を有するものとしてこれにつき前記債権差押転付命令を得たのであるから、たとえ右出捐約束が通謀虚偽表示であるとしても、これにつき善意である限り民法九四条二項の適用を主張しうるわけである。しかしながら、控訴人が右転付命令をえたのは本件訴訟の当審係属後のことであり、控訴人はそれまでの審理過程及び原審判決を通じて被控訴人和田名義の寄附行為がなされるについての前記認定のごとき経緯、したがつて右が虚偽仮装のものであることを知つたものと推認されるから、控訴人は右民法九四条二項の善意の第三者に該当せず、したがつて被控訴人は控訴人に対し右寄附行為の無効を主張することができるものである。

(二) のみならず、被控訴人和田の寄附行為として表示されたところの内容は、前記認定によれば、左記の財産を寄附するとして前記銀行預金残高証明書記載の預金を掲げており、かつ、右各預金が成立後の財団法人の資金を構成するものとされているのであるから、これらの表示された事実に即して右意思表示の内容を解釈するときは、右寄附行為における財産出捐は、これら預金債権そのものを財団法人に提供するというにあり、控訴人主張のごとく、右預金額に相当する金銭出捐を約束したもので、添付預金残高証明書は単に寄附者の資力を証明する資料にすぎないものとみることは相当ではない。それ故、被控訴人和田が人形博物館に対し控訴人主張の金額の出捐約束をし、これに基づいて人形博物館が被控訴人和田に対し右金額の出捐金債権を有していることを前提とし、その差押転付命令によつて控訴人がこれを取得したとする控訴人の主張は、右の前提を欠く点からも理由がない。

以上の理由により、控訴人の被控訴人和田に対する第一次的請求は理由がなく、排斥を免れない。

(三)  次に被控訴人和田に対する第二次的請求についてみるのに、右請求は被控訴人和田の寄附行為の内容が金銭出捐約束ではなく、前記各預金債権を人形博物館に提供するにあるとされる場合を前提とし、同被控訴人がこれを履行しなかつたために人形博物館がこうむつた損害につき同財団法人が同被控訴人に対し債務不履行による同額の損害賠償債権を有するとし、これを人形博物館に対する債権者として代位弁済するというものであるところ、右寄附行為がその内容のいかんにかかわらず無効であること前記説示のとおりであるから、人形博物館は被控訴人和田に対し右寄附行為に基づく債務不履行による損害賠償請求権を取得するに由がないのである。そして控訴人は、人形博物館の債権者として右債務者の有する債権を代位行使するものにすぎず、右債権の譲受人、差押債権者等これが存否につき直接の利害関係を有する第三者にあたる者ではないから、被控訴人和田の寄附行為が前記理由により無効であることを否定することはできないのみならず、財団法人設立の際の寄附行為としての財産の出捐については民法の贈与に関する規定が準用されるものであるところ、前記認定のように被控訴人和田の出捐した預金は第三者であるニユー・オリエント・エキスプレス株式会社の預金であつて同被控訴人のそれではなく、そのことは寄附申込書添付の預金残高証明書の記載によつて表示されていると認められるから、被控訴人和田はこれを人形博物館に移転することができなくても民法五五一条一項本文の規定により担保責任を問われる余地はないし、仮に担保責任を追求される余地があるとしても、かかる担保責任としての損害賠償義務は受贈者が右瑕疵を知らなかつたため被つた損害についてのみ存するものであり、控訴人はかかる損害についてなんら主張立証するところがないのである。それ故、控訴人の上記第二次的請求は、以上いずれの点からも理由がなく、排斥を免れない。《以下、省略》

(中村治朗 石川義夫 高木積夫)

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