東京高等裁判所 昭和50年(ネ)904号・昭50年(ネ)951号 判決
五 前記二において認定した諸事実を総合すれば、林は武井と共謀の上、第一審被告の支店長としての地位を利用して振出した自己宛先日付小切手である小切手Bを、経営の行き詰った甲府陸送に利益を与えるため第一審原告に差入れ、支払資金の入金がなく第一審被告所定の正規の手続によって決済することができないのにあたかも支払が確実であるかのように装い、返済確保のため小切手Bを交付するからと虚偽の事実を申し向けて、第一審原告をして貸金を確実に回収できるものと誤信させて甲府陸送に金二、四〇〇万円を貸付けさせ、その回収を不能ならしめたのであるから、林の行為が故意による不法行為にあたり、第一審原告がこれにより金二、四〇〇万円の損害を蒙ったものであることは明白である。そして、林の行為は第一審被告の事業の執行につきされたものと認められるから、第一審被告は林の使用者として責任を負わなければならない。
第二抗弁事実について
一 <中略>
二 第一審原告の故意又は重過失について
1 本件小切手Bが先日付で振出され、その後第一審被告塩山支店長林振出の金額二、七〇〇万円、振出日昭和四二年六月一七日の小切手(≪証拠≫以下「小切手E」という。)と差替えられたこと及び小切手B、Eのいずれも法定の呈示期間内に呈示されなかったことは当事者間に争がないけれども、右の事実だけから林の右小切手振出行為が第一審被告塩山支店長の職務権限内で適法に行われたものでないことを第一審原告が知っていたと推認することはできず、他に第一審原告の故意を認めるに足りる証拠はない(≪証拠≫だけでは右故意を認めるに十分であるとはいえない。)。
2 ≪証拠≫を総合すれば、次のような事実が認められる。
(一) 銀行その他の金融機関が振出す自己宛小切手は、「預手」とも呼ばれ、振出依頼人からの申立により、その者の口座から預金を落して別段預金という銀行勘定に組入れた後でなければ振出すことができないとされており、この点は都市銀行ばかりでなく全ての金融機関に徹底している。
(二) 預手は、どの金融機関でも、一般の当座小切手とは、その内容形状において区別されている。すなわち、振出人の記名欄はあらかじめ印刷されており、(通常の当座小切手ではゴム判を押捺する。)第一審被告では色も異なっている上に、受取人欄は指図式(当座小切手の場合は持参人払式)とされている。
(三) 預手は、その性質上、白地式先日付で発行されることはあり得ない。
(四) 預手がその本質上当該金融機関によって確実に支払われるものであるところから現金同様のものとして流通することは金融機関以外の部外者にもほぼ周知徹底している。
3 右認定の事実によれば、現金同様に取扱われて流通する預手を担保にして金銭を貸付けるのは奇妙であり(現金を担保にして現金を貸付けるようなことになる。)、また、預手が先日付で振出されていることは現実の資金の裏付けがないのに振出されているのではないかと推測されるのに、この点を深く考慮しなかった第一審原告には過失がある。
4 しかし、他方では、≪証拠≫を総合すれば、次のような事実が認められる。
(一) 預手の取扱に関する前記のような原則に対して例外がない訳ではなく、第一審被告の一部の営業所では、例えば営業成績を上げるために、上司の黙認の下に、資金の裏付けがないのに預手を発行し、高利貸から金を借りて預金にし、月がかわったらその預金を取りくずして高利貸に返済して預手を返してもらうといったことも行われていた。
(二) 第一審原告は、本件小切手Bが手許に来ると直ちに林に確認した上で貸出手続をしている。
(三) 第一審被告の支店長その他営業上の責任者としての永年の経験を積んでいる林でさえ、第一審被告の預手について、一般の当座小切手とは大きさについて差異を設けているなどと誤った証言をしており、まして、金融業務にたずさわることの少い第一審原告は預手の形状、内容について十分な知識を有しなかった。
5 右認定の事実を総合するときは、第一審原告の過失は、これを故意と同視すべき程重大な程度のものとは認め難い。
6 従って、この点に関する第一審被告の抗弁は理由がない。
三 過失相殺について
以上に認定した諸事実、特に第一審原告の過失及びその程度並びに支店長がその地位を濫用した第一審被告側の責任を総合考察すれば、第一審被告は第一審原告に対してその被害額金二、四〇〇万円からその二割を減じた金一、九二〇万円を賠償すべきものとするのが相当である。
(高津 横山 三井)