東京高等裁判所 昭和50年(行ケ)109号 判決 1977年6月09日
原告
株式会社都大
右代表者代表取締役
蔡尚大
右訴訟代理人弁理士
磯長昌利
被告
美津濃株式会社
右訴訟代理人弁護士
中村稔
外二名
主文
1 特許庁が昭和五〇年七月八日同庁昭和四一年審判第六八三七号事件についてした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一 当事者の申立<略>
第二 請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告は、登録第六二六四五三号商標(以下「本件登録商標」という。)の商標権者である。本件登録商標は、上段に「WORLDCUP」の欧文字を、その下段に「ワールドカツプ」の片仮名文字をそれぞれ横書にした構成からなり、指定商品を旧商標法施行規則(大正一〇年農商務省令第三六号)第一五条第三六類(以下「旧第三六類」という。)被服、手巾、釦鈕及び装身用ピンの類として、昭和三三年一一月二四日登録出願され、昭和三八年一〇月一四日登録された。被告は、昭和四一年九月一六日原告を被請求人として本件登録商標につき登録無効審判を請求し、昭和四一年審判第六八三七号事件として審理されたが、特許庁は、昭和五〇年七月八日「本件登録商標の登録を無効とする。」との審決をし、その謄本は、同年八月二五日原告に送達された。
二 審決理由の要点
本件登録商標の構成及び指定商品並びに登録出願及び登録の年月日は、前項掲記のとおりである。
これに対し、上段に「CUP」の欧文字を、その下段に「カツプ」の片仮名文字をそれぞれ横書した構成からなる登録第四三九五〇七号商標(以下「引用商標」という。)が、旧第三六類被服その他本類に属する商品を指定商品として、昭和二七年一〇月一八日登録出願され、昭和二九年二月六日登録(昭和四九年七月二五日存続期間の更新登録)されている。
そこで、本件登録商標と引用商標の類否につき考えてみる。本件登録商標は、上記のとおり「WORLDCUP」及び「ワールドカツプ」の文字を上下二段に横書にしたものであるが、その前半の「WORLD」または「ワールド」、後半の「CUP」または「カツプ」の語は、ともに一般世人に極めてよく親しまれている語であるのに対し、これを組み合せた「WORLDCUP」または「ワールドカツプ」の語は、これを不可分一体のものとすべきほど一般に親しまれた熟語とは認められないから、本件登録商標は、「ワールドカツプ」なる一連の称呼、観念をもつて取引されるほか、もつとも親しみ易く、記憶し易い後半の「CUP」または「カツプ」の文字を捉え、単に「カツプ」印の称呼、観念(優勝盃)をもつて取引される場合も少なくないものというを相当とする。これに対し、引用商標から「カツプ」の称呼、観念(優勝盃)を生ずることは上記の構成上明らかであるから、本件登録商標と引用商標とは「カツプ」の称呼、観念を共通にする類似の商標であるとともに、両者の指定商品も相牴触するものといわなければならない。したがつて、本件登録商標の登録は、旧商標法第二条第一項第九号の規定に違反してなされたものというほかなく、同法第一六条第一項第一号の規定により無効とせねばならない。
三 審決を取り消すべき事由
1 引用商標の構成及び指定商品並びに登録出願及び設定ないし存続期間更新の各登録の日が審決認定のとおりであること、引用商標からカツプの称呼及び優勝盃の観念を生ずることは認める。しかしながら、本件登録商標が引用商標と類似の商標であるとした審決の判断は、以下に述べる理由により違法であるから、取り消されるべきである。
2 商標類否の判断は、商標を全体として観察し、これから取引上自然に生ずる称呼、観念等に基づき、当該商標が同一又は類似の商品に使用された場合、商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かにより行うべきものである。
本件登録商標を構成するWORLDCUPないしワールドカツプの文字は、軽重の差なく、一連に表わされているものである。そして、このWORLDCUPないしワールドカツプの語は、審決認定のように、一般世人に極めて良く親しまれている世界を表わすWORLDないしワールドの語と、茶わんまたは優勝盃を表わすCUPないしカツプの語を組み合わせてなるものではあるが、この二語が前記のように一連に組み合わされるときは、「世界カツプ」、すなわち、「国際競技において優勝した世界選手権者に与えられる優勝盃」という特定の観念を生ずるのである。そして、近年ゴルフ、サツカー、スキー、テニスをはじめとする各種競技における国際競技会に関し、「ワールド・カツプ・インターナシヨナル・トロフイー争奪選手権」の略称としても盛んに用いられるようになり、爾来、前記のような「国際競技において優勝した世界選手権者に与えられる優勝盃」と同時に、各種競技における「国際選手権大会」を表わす特定の語として、単にスポーツ愛好家に限らず、近時における世人のスポーツに対する関心の高揚を反映して、一般世人にまで理解され、かつ、現に使用されるに至つている。
ところで、本件登録商標を構成するWORLDCUPないしワールドカツプの語が、このような特定の観念を持つた一語として世間に通用するに至つている以上、本件登録商標は、取引の際に、審決のいうように、WORLD及びCUPないしワールド及びカツプの二語にわざわざ分離されて、単にカツプ印の称呼、観念をもつて取引されるようなことは、あり得ないことである。現に、本件登録商標は、原告が各地の卸問屋多数を通じて全国の需要者に販売している原告取扱いにかかる商品のうちの主力商品である紳士用及び婦人用セーターに永年にわたつて付されるとともに、各種の媒体を通じて宣伝もされているにもかかわらず、この種商品の取引者及び需要者間においては、それが、原告の取り扱う商品を示す商標として認識されこそすれ、それが、被告の有する引用商標と取引上彼此誤認混同されている事実は、全くないのであつて、このことは、とりもなおさず、本件登録商標が単にカツプ印の称呼、観念をもつて取引されていないことを物語るものにほかならない。
そうすると、本件登録商標について、これを構成している文字の一部にすぎないCUPないしカツプの部分を捉え、単にカツプ印の称呼、観念(優勝盃)をもつて取引される場合も少なくないから、カツプの称呼、観念(優勝盃)を生ずるとした審決の判断は誤つている。
なお、被告は、本件登録商標は、取引上需要者に、CUPないしカツプの文字で構成されている引用商標のうちの等級、種類等を表わす商標として認識され、ひいては、その略称としてのカツプをもつて称呼されることがあるほか、このように略称で称呼されず、ワールドカツプと称呼される場合においても、なおカツプ印と観念される旨主張するが、本件登録商標におけるWORLDないしワールドの文字部分は、被告主張のように、CUPないしカツプの文字からなる商標の等級、種類等を表わすものと理解されるような付加的な語ではないから、被告の上記主張は、失当である。<以下、事実略>
理由
一請求原因第一、二項の事実は、当事者間に争いがない。
二そこで、原告主張の審決取消事由の有無について検討する。
本件登録商標は、上段にWORLDCUPの欧文字を、その下段にワールドカツプの片仮名文字をそれぞれ横書にした構成からなり、<証拠>によれば、このWORLDCUPを構成する一つ一つの欧文字は、その字体、大きさともに異るところがなく、また、ワールドカツプを構成する一つ一つの片仮名文字ないし記号についても同じであることが認められる。このWORLDCUP及びワールドカツプのうち、前者は、一般世人に世界を意味するものとして極めて良く親しまれている英語のWORLDの語と、茶わんあるいは優勝盃等を意味するものとして極めて良く親しまれている英語のCUPの語を組み合わせたものであり、また、後者は、前者をその発音に基づき片仮名で表わしたものであることはいうまでもない。
ところで、WORLDCUPないしワールドカツプの語が、「世界カツプ」、すなわち「国際競技において優勝した世界選手権者に与えられる優勝盃」を表わすことは、当事者間に争いがないが、このWORLDCUPないしワールドカツプの語の用語例を見ると、<証拠>によれば、次の事実が認められる。
我が国においては、本件登録商標の商標登録出願前から、新聞、書籍、スポーツ誌等において、「ワールドカツプサツカー」、あるいは時に、単に、「ワールドカツプ」というような用法で、昭和五年に始まり、爾来四年に一回世界各国から選ばれたチームがある開催地に集まり、純金製の大優勝盃の獲得を目指して争う極めて著名で人気のあるサツカー世界選手権大会を指すのに用いられるほか、例えば、「一九七二年メキシコワールドカツプ」というような用法で、特定の年度に開催されたサツカー世界選手権大会を指すのに用いられている。さらに、「ワールドカツプゴルフ」、あるいは時に、「ワールドカツプゴルフ選手権」、または、単に「ワールドカツプ」というような用法で昭和二八年に始まり、爾来毎年一回世界各国から二名づつ招かれた選手がある開催地に集まり、個人でインターナシヨナルトロフイーと呼ばれる優勝盃の獲得を目指して争うとともに、団体でワールドカツプと呼ばれる優勝盃の獲得を目指して争うゴルフの大会(昭和四一年ころまでは「カナダカツプ」と呼ばれていた。)を指すのに用いられるほか、例えば「'74ワールドカツプ」というような用法で、特定の年度に開催された前記ゴルフの大会を指すのに用いられている。また、「ワールドカツプスキー」、あるいは時に、「ワールドカツプアルペンスキーシリーズ」というような用法で、昭和四二年に始まり、爾来毎年度世界各国から参加した選手が世界各地の競技会場を転戦し、滑降、回転及び大回転競技につき覇を争う著名なスキーの大会を指すのに用いられるほか、「スキーワールドカツプ苗揚「、「'75SKI WORLD CUP NAEBA」等のような用法で、特定の年度に開催された前記スキーの大会を指すのに用いられている。また、「AETNA WORLD CUP」、あるいは、「第三回ワールドカツプ」というような用法で、テニスについての特定の国際大会のうちの特定の年度に開催された大会を指すのに用いられている。そのほか、「ワールドカツプの得点王」、「ワールドカツプ三回出場の超人」、「ワールドカツプの優勝国」、「ゴルフのオリンピツクワールドカツプ」、」ワールドカツプ戦開幕」というようにも用いられ なお、前記各用法において「ワールドカツプ」の部分)。簡略化して用いるときでも、せいぜい「W杯」と表現されるだけであつて、後半を削除してWORLDないしワールドと表現したり、あるいは、前半を削除してCUPないしカツプと表現されることはなかつた。
以上に認定したところからすると、WORLDCUPないしワールドカツプは常にWORLDないしワールドの語とCUPないしカツプの語とが一体に結びついた熟語として、前記認定の各種スポーツにつき「国際競技において優勝した世界選手権者に与えられる優勝盃」を意味すると同時に、このような優勝盃の獲得を目指して争う国際競技の大会を表わすいわば普通名詞として世人に認識、使用されてきたものと認めることができる。
被告は、WORLDCUPないしワールドカツプの語は、スポーツ愛好家としての極く一部の者についてはさておき、本件登録商標の指定商品である被服等の一般需要者、すなわち女性子供等までも含む広範囲の一般需要者にまで熟知されているものではないと主張するが、さきに認定したところによれば、このWORLDCUPないしワールドカツプの語は、サツカー、ゴルフ、スキー、テニス等の競技に関し使用されていをものであるところ、これらスポーツについては、これを実際に行つている熱心な愛好者だけを考えてみても、極く少数であるということができないが、これに関心を持ち、競技場に赴き、あるいは、テレビ等を通じて観戦したりしている程度の愛好者までも含めて考えてみると、老若男女を問わず、相当多数に及んでいることは顕著な事実であつて、これらスポーツの愛好者であるならば、さきに認定したWORLDCUPないしワールドカツプの語の使用の実情に照らし、WORLDCUPないしワールドカツプの語が、前認定のような意味を表わす熟語として、観念し、かつ、親しみ使用していたものと推認するに難くない。そうすると、WORLDCUPないしワールドカツプの語は、本件登録商標の指定商品である被服等の一般需要者に前認定のような意味を表わす語として広く観念され、かつ親しみ使用されていたということができ、被告の前記主張は採用できない。
被告は、本件登録商標を構成するWORLDCUP及びワールドカツプの文字のうちWORLDないしワールドの語は、CUPないしカツプの語に対しいわば形容詞ないし形容詞的に用いられている付加的なものにすぎないし、また、本件登録商標から生ずる「国際競技において優勝した世界選手権者に与えられる優勝盃」の観念にしても、CUPないしカツプの語から生ずる観念である優勝盃の一種を指すにすぎないから、本件登録商標は、CUPないしカツプの部分を捉えて取引に資せられ、カツプの称呼、観念を生ずるし、また、WORLDCUPないしワールドカツプとして取引に資せられるとしても、WORLDないしワールドの部分は、商品の等級、種類を表わすものであつて、カツプ印の商標の一種としか認識されないから、やはりカツプ(優勝盃)の観念を生ずると主張する。しかしながら、本件登録商標を構成するWORLDCUP及びワールドカツプの語は、さきに認定したように、一つ一つの文字の大きさ及び字体において異るところがないWORLDないしワールドの語とCUPないしカツプの語が一体に結びついた熟語であつて、その発音も前後一貫してよどみなく行われるうえ、これを形成する両語の間に軽重の差もないから、本件登録商標は、WORLDCUPないしワールドカツプと一連にのみ称呼され、ひいては、これに基づく前認定の「国際競技において優勝した世界選手権者に与えられる優勝盃」等の観念を生ずるものである。もつとも、この「国際競技において優勝した世界選手権者に与えられる優勝盃」は、CUPないしカツプの語で表わされる優勝盃のなかの一種であることは、被告の主張するとおりであるが、WORLDCUPないしワールドカツプの文字からなる商標のうち、WORLDないしワールドの部分が当該商標の使用される商品の等級、種類その他商品の特性を表わすにすぎないものと認めるに足りる資料はないから、本件登録商標が前認定のように一連一体のWORLDCUPないしワールドカツプとして取引に資せられる以上、被告主張のようにカツプ印の商標の一種と認識されてカツプ(優勝盃)の観念を生じ、引用商標のようなカツプ印の商標と誤認混同されることはない。したがつて、被告の前記主張も採用できない。
そうすると、本件登録商標は、単にカツプ印の称呼、観念(優勝盃)をもつて取引される場合も少なくないとの理由で、引用商標と称呼、観念を共通にする類似の商標であるとした審決の判断には誤りがある。<以下、省略>
(古関敏正 舟本信光 小酒禮)