東京高等裁判所 昭和50年(行ケ)139号 判決
一 請求原因事実中、本願考案について、出願から審決の成立にいたるまでの特許庁における手続の経緯、考案の要旨及び審決理由の要点は、当事者間に争いがない。
二 そこで、まず、原告主張の取消事由1について考察する。
1 第一引用例の記載内容が審決認定のとおりであることは、原告の認めるところであり、これと、当事者間に争いのない本願考案の要旨を対照すると、本願考案及び第一引用例のものは、ともに、重錘式の自動旋盤用棒材送り装置であつて、審決の認定するとおり、押子の前進を重錘の下降により、後退を動力駆動によつて行なう点で共通していることが明らかである。
2 ところで、本願考案の要旨に、成立に争いのない甲第二号証(本願の実用新案公報)及び第八号証(公告後の手続補正書)をあわせると、本願考案は、これを区分説明すれば、
(一) 重錘の下降によつて押子3を前進させ、それによつて素材を自動旋盤に送り込む機構であること。
(二) 右送り機構と並列的に、押子3の始端位置と終端位置との間に無端帯11を懸回すること。
(三) 無端帯11にフツク14を取付けること。
(四) 無端帯11が回動してフツク14が押子3の終端位置に達したとき、フツク14を同位置に停止させる機構を設けること。
(五) 押子3が終端位置に達したとき、スイツチ作用によつて、無端帯11、フツク14が回動して押子3を始端位置に押し戻すスイツチS2を設けること。
(六) 押子3の始端位置に、無端帯11、フツク14を終端位置に前進させるスイツチS1を設けること。
以上の各構成要件を具備する素材送り装置であること、そして、フツク14については、(二)、(三)及び(五)の各要件に基いて、押子3を終端位置から始端位置に押し戻す作用をするばかりでなく、(一)ないし(三)及び(六)の各要件に基いて、素材送りの初期の段階、すなわち、押子3が重錘の下降により前進を開始してから素材の先端部分が自動旋盤の所定位置に達するまでの間においては、常に押子3の直前に位置して、押子3の送り速度をフツク14の前進速度と一致させることによつて、押子3の受ける重錘作用を抑制、緩和する作用をするものであること、さらに、フツク14の右作用によつて、押子3が急激に素材を送り込んで自動旋盤を破損することを防止する効果を収めるものであることが認められる。
もつとも、前掲甲第二号証によれば、本願考案の明細書の考案の詳細な説明の項には、「その位置(始端位置を指す。)でスイツチS1を閉じ、制御回路により素材mを欄1から補給する時間を置いた後、モータ電路は正転に転じ、チエーン11、すなわちフツク14を図示の終端位置に復帰させ、以後素材mは重錘送りによつて徐々に送られる。」との記載(公報二欄一七ないし二二行)があり、これと、本願考案の要旨中にある「フツク14を送り工程中は上記終端位置に停止させ」との文言からすれば、あたかも、スイツチS1が作動し、素材補給後モータが正転に転じて素材送りが開始されると、フツク14は、直ちに押子3の終端位置まで回動し、素材送りの全工程を通じて同位置に停止しているかのように解されないではなく、もしそうであれば、素材送り初期の段階における抑制、緩和作用をフツク14に期待できないことはいうまでもない。
しかし、本願考案の明細書の記載全体から考えると、本願考案においては、重錘送りの機構上、押子3は、絶えず重錘作用を受けて、自由に終端位置へ向つて前進しようとしているものであり、他方、その前進状態に逆行する押子3の押し戻しと停止、さらには、前進を可能とする送り開始は、いずれもフツク14を介して行なわれる構成となつているから、押子3は、始端位置から終端位置に向つて前進中、常にフツク14に追随する関係位置にあり、そのため、押子3の受ける重錘作用は、フツク14によつて抑制、緩和されることが明らかである。ただ、送り工程中には、押子3の先端に素材が配されているから、送り開始後まもなく、素材の先端部が自動旋盤の所定位置に当接する(ここまでが、素材送りの初期の段階に当る。)が、技術常識上、一般に、素材の加工速度は、押子による送り速度より遅いものとみるのが相当であるから、当接した時点以降、フツク14は、速度の遅れた押子3から離れ、単独で終端位置まで回動した後、加工中は同位置に停止しており、他方、押子3は、引続き重錘作用による前進をしながら、その先端に配された素材が加工を受けることになる。
そうすると、先に摘示した明細書の記載部分は、いささか説明不足の観はあるけれども、その記載から、素材送りが開始されると直ちにフツク14が終端位置まで回動するものとは解すべきではないし、また要旨中にある「送り工程中」との文言は、その記載の前後関係や明細書の記載全体に照らして、当然、素材送りの初期段階を除いた送り工程、換言すれば、実質上の加工工程のみを意味するものと解することができる。
したがつて、右記載部分及び文言があるからといつて、先に認定した本願考案におけるフツク14の作用及び効果が否定されるものではなく、他に、右認定を左右するに足りる証拠はない。
3 被告は、本願考案において重錘作用を抑制、緩和する構成、作用及び効果については、明細書に何ら記載されてなく、自明の事項でもなく、そのような事項をもつて考案の要旨を把握することは許されない旨主張する。
しかし、前認定のとおり、素材送りの初期の段階において、押子3の受ける重錘作用が抑制、緩和される作用及びその効果は、本願考案の前示(一)ないし(三)及び(六)の各構成要件に基づくものであつて、もとより、それらの構成が明細書に記載されているとみるべきことは、前掲甲第二号証及び第八号証から明らかであり、また、被告指摘のように、右作用及び効果については明細書に記載されていないけれども、当業者にとつては、フツク14が、押子3の押し戻し作用のみならず、重錘作用を抑制、緩和する作用をも有するであろうことは、右構成自体から容易に理解しうる事項であると解するのが相当であるから、被告の右主張は採用することができない。
4 次に、1に判示したとおり、第一引用例のものも、押子の前進を重錘の下降により、後退を動力駆動によつて行なう自動旋盤用棒材送り装置ではあるが、成立に争いのない甲第三号証(第一引用例)によれば、押子の前進、後退に関する具体的手段としては、押子65、69が一連の糸72、76につながつており、糸の一端が重錘70に結合されて、重錘70の下降によりそのまま押子65、69を前進させ、糸の他端が巻取りモータ75に結合されて、その巻取り駆動により押子を押し戻すという構成を採つていることが認められ、本願考案の構成と対比すると、少なくとも、本願考案における重錘送り機構とは並列的な無端帯11及び無端帯に取付けたフツク14の要素を欠いていることが明らかである。
ところで、素材送り装置において、自動旋盤を破損しないように素材をゆるやかに送り込むことが不可欠の要件であるところ、第一引用例のものでは、そのため、内管109に導入された地金棒(素材)49が自動旋盤のバイト51に接するとき、回転ドラム71にブレーキ装置が働き、押し具65、69の前進にブレーキをかける構成になつていることは、当事者間に争いのないところである。
そうだとすると、本願考案と第一引用例のものとを対比すれば、本願考案にあつては、重錘機構とフツク14を取付けた無端帯11とを並列的に設け、これらと押子3とを関連させた構成(前示(一)ないし(三)及び(六)の要件)を採ることによつて、押子の押し戻し作用を担当するフツク14に、同時に、素材送りの初期段階において押子3の受ける重錘作用を抑制、緩和する作用をもさせているのに対し、第一引用例にあつては、右のような構成及び作用は全く欠けており、また、両者の素材送り装置において、自動旋盤を破損しないように素材をゆるやかに送り込むという発想は共通しているものの、その効果を収めるべき具体的手段には格段の差異があるといわねばならない。
したがつて、審決が、本願考案と第一引用例のものとの構成上の差異について、押子押し戻し方法において、後者が巻取りモータの巻取駆動で行なうのに対し、前者が無端帯に取付けたフツクで行なう点のみにあると把握したのは、明らかに、本願考案における、フツクの抑制、緩和作用を可能とする構成を看過したものであつて、この点においてすでに、両者の対比判断を誤つている。
5 なお、被告は、本願考案のフツクに原告主張の抑制、緩和作用があれば、第二引用例のものにも同様の作用がある旨主張する。
しかし、成立に争いのない甲第四号証(第二引用例)を検討してみても、第二引用例のものにあつては、棒材押子19、延長リンク軸16及び無端鎖15がそれぞれ本願考案の押子3、フツク14及び無端帯11に対応するものとしても(この点は、原告も必ずしも争つてはいない。)、棒材押子送りの入力手段については、「自動旋盤1の主軸2の中に新しい丸棒35を送り込むため鎖駆動モータが逆転する。」旨の記載があるだけで、その具体的態様が明らかでなく、したがつて、その入力機構と無端鎖15に取付けた延長リンク軸16との関連構成も明らかでないから、被告の主張は理由がないばかりでなく、当事者間に争いのない審決理由の要点によれば、審決は、本願考案において無端帯11に取付けたフツク14で押子3の押し戻しを行なう点を第一引用例のものとの唯一の相違点であると認定したうえ、その構成部分の考案力を検討する目的で、第二引用例の押子戻し手段を引いているにすぎないことが明らかであり、結局、第二引用例については、本願考案のフツク14に対応するものに原告主張のような抑制、緩和作用を可能とする構成があるか否かは、審決理由中で何ら判断されていないのであるから、本件審決取消訴訟において右のような第二引用例中の、前示のとおり具体的構成の明らかでない、新たな構成部分について主張をすること自体許されないものというべきである。
6 以上のとおりであつて、審決は、本願考案について、第一引用例のものとの対比判断を誤り、その結果、その進歩性を否定したものであるから、原告のその余の取消事由を判断するまでもなく、違法であつて、取消を免れない。
三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容する。
〔編註〕 本願考案の要旨は左のとおりである。
重錘式素材送り機構の押子3の始端位置と終端位置との間に無端帯11を懸回し、これに取付けたフツク14を送り工程中は上記終端位置に停止させ、押子3が終端位置に達したとき作用する押子復帰用スイツチS2を設け、そのスイツチ作用で無端帯11、フツク14が回動して押子3を始動位置に押し戻し、その始動位置にスイツチS1を設け、無端帯11、フツク14を終端位置に前進させるようにした素材送り装置