東京高等裁判所 昭和50年(行ケ)20号 判決
一 前掲請求原因のうち、本願発明につき、出願から審決の成立にいたる特許庁における手続、発明の要旨及び審決の理由に関する事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、右審決に原告主張の取消事由があるか否かについて検討する。
1 先願発明の要旨について
先願発明が、本願の出願日に先立つ昭和四二年二月一八日明細書の記載上、名称を「高マンガン磁石鋼の改良」とし、特許請求の範囲を「重量比で〇・一~五%の銅を添加してなる機械加工性並びに磁性の改善された高マンガン磁石鋼」として出願され、本願の出願後、昭和四三年一二月一六日及び昭和四五年八月一〇日それぞれ明細書全文を補正されたうえ、昭和四六年一月一六日出願公告されたことは当事者間に争いがなく成立に争いのない甲第三号証、第四号証の一ないし三及び弁論の全趣旨によれば、先願発明の明細書は、第一次補正により、発明の名称が「高マンガン半硬質磁石鋼」、特許請求の範囲が「重量比で五~二〇%のマンガン、〇・五~五%のチタン、〇・一~五%の銅、及び残部が鉄からなる高マンガン半硬質磁石鋼」とそれぞれ変更されたほか、発明の詳細な説明の追加的変更がなされ、第二次補正により、発明の名称及び特許請求の範囲中の「……磁石鋼」がともに「……磁石材料」と変更されたほか、図面の簡単な説明及び発明の詳細な説明の追加的変更がなされ、その後、先願発明につき、右各補正に基づく明細書をもつて、出願公告、次いで特許査定がなされたものであることが認められる。
してみると、先願明細書中、特許請求の範囲の二次にわたる補正は、いずれもいわゆる出願公告決定前になされたものであり、かつ、前出甲第四号証の一(先願発明の特許願)によれば、その当初の明細書中、発明の詳細な説明中に「本発明は、……マンガン五~二〇%、チタン〇・五~五%、銅〇・一~五%、残部が鉄と〇・一~二・〇%以下の炭素、シリコン、アルミニウムその他の避けえざる不純物とからなる」との記載があることが認められ、したがつて、右補正による特許請求の範囲の変更が当初の明細書に記載された事項の範囲内における補正であることが明白であるから、特許法第四一条の規定により、明細書の要旨変更ではないとみなされるものである。
もつとも、先願明細書中、発明の詳細な説明に第二次補正によつて「磁石製造において前述のごとく冷間加工を併用することなく熱処理のみを行なうようにしても、残留磁気……抗磁力……の有用な特性のものが得られる。」との記載が新らたに追加されたことは当事者間に争いがなく、原告は、右記載の意味を先願発明の当初の明細書に示された技術思想と逆のものであるとして、右補正は要旨変更に当る旨を主張するけれども、右補正事項は、前出甲第四号証の一及び三によれば、当初の明細書に「これに銅を〇・一~五%の範囲で添加することにより、磁気特性において優れた点が生ずる……」と記載されているのを受けて、「銅添加による磁気特性の改善が顕著」であることの証左となる事実として示されていることが認められるから、結局、先願発明の構成から生じる作用効果上の利点に関する具体例の意味を有するに止まり、その追加によつて、特許請求の範囲に記載された技術内容が実質的に変更されたものと解することはできず、原告の主張は採用することができない。
そうだとすると、先願発明の特許請求の範囲は、前記各補正にかかるものと解すべきであるから、審決による先願発明の要旨の認定は正当といわざるをえない。
2 本願、先願両発明の対比について
次に、本願、先願の各発明の要旨を対比すると、両発明は、炭素を除く各成分がその種類を等しくし、その含有量についても数値規定の範囲が互に重り合うところのある半硬質磁性材料であるが、本願発明においては炭素の数値限定及び冷間加工を必要としない旨の規定があるのに、先願発明においてはこれがない点で相違していることが明らかである。
しかし、審決が、本願発明は、炭素の数値の限定によつて、先願発明と合金組成を異にすることにはならないと判断したのに、原告がこれを争わないところからすると、両発明の磁性材料は、結局、すべての成分の種類及び含有量において共通し、したがつて、同一の組成範囲のものということができる。そして、磁性材料がその組成範囲において同一であれば、通常、その具有する性質も同一であることは経験則上疑いを容れないところ、本願発明が先願発明と磁性材料の組成範囲を同じくするにかかわらず、これが特性を異にすべき特段の附加条件があることについて何らの主張立証もないから、本願発明の磁性材料がその組成によつて冷間加工を必要としない性質を有するものである以上、先願発明のそれも当然同様の性質を有するものと推認するのが相当である。
したがつて、本願発明の磁性材料の冷間加工を必要としない性質は先願発明の磁性材料にも具えられているものというべきであるから、本願発明だけがその要旨において右性質を規定していても、本願発明をもつて先願発明と実質上異なる発明であると認めることはできない。
なお、原告は、本願発明が用途の適性範囲において先願発明と別異のものがある旨を主張するが、右主張は、先願発明の磁性材料が冷間加工を必要としない性質を具えていないことを前提とするものであるから、採用の限りではない。
3 以上の次第であるから、本願発明を先願発明と実質上同一であるとした審決の判断は正当というべきであつて、審決に原告主張の違法はない。
三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却する。