東京高等裁判所 昭和50年(行ケ)46号 判決 1977年2月16日
原告
株式会社三香堂
右訴訟代理人弁理士
小谷悦司
被告
平沼揚晟
右訴訟代理人
石橋一晃
主文
特許庁が昭和五十年三月七日同庁昭和四六年審判第八二九号事件についてした審決を取消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判<略>
第二 請求の原因
原告訴訟代理人は本訴請求の原因として次のとおり述べた。
(審決の成立―特許庁における手続)
一 被告は「パールクイーン」の片仮名文字を左横書して成る商標(別紙参照)について商標法施行令第一条別表第四類歯みがき、その他本類に属する商品を指定商品として昭和四十年三月三日登録出願をし、昭和四十五年四月六日第八五一六六八号をもつて商標権設定の登録を受けたので、原告は昭和四十五年十二月二十九日特許庁に右商標登録につき、右指定商品中、化粧品、香料類の限度で無効審判の請求(同庁昭和四六年審判第八二九号事件)をしたが、特許庁は昭和五十年三月七日右請求は成り立たない旨、主文第一項掲記の審決をし、その謄本は同月二十六日原告に送達された。
(審決の理由)
二 そして、右審決は本件商標の構成、指定商品を前項どおり認めたうえ、次のように要約される理由を示した。
本件審判請求人(原告)が本件商標の登録無効事由に引用する登録第三九三一三四号商標(以下、「引用商標」という。)は、片仮名文字で「パール」と縦書して成り、旧商標法施行規則(大正十年農商務省令第三十六号をいう。)第十五条第三類香料及び他類に属せざる化粧品を指定商品として、昭和二十四年十一月十九日登録出願され、昭和二十五年十月二十四日商標権の設定を登録され昭和四十五年十月八日その存続期間の更新を登録されたものであり、請求人が本件商標の登録無効の理由として主張するところは、化粧品業界における需要者の鋭い注意力と商標の使用態様の特殊性にかんがみは本件商標と引用商標とは互いに類似するというべきであり、また請求人の統一商標(ハウスマーク)ともいうべき「パール」を前半部分に明確に表示した本件商標が化品粧、香料類につき使用された場合には少くとも請求人の商品との間に出所の混同を生じるおそれが多分にあるから、本件商標は商標法第四条第一項第十一号、第十五号の規定に違反して登録されたものであるというのである。しかし、両商標はその構成に照し外観上差異がある。または本件商標は、片仮名文字が、同じ書体、間隔で書かれていてこれをことさら「パール」と「クイーン」とに分離して称呼、観念すべき格別の事情もないから、全体として「パールクイーン」とよどみなく称呼され、かつ、造語として、特定の意味合がないものと解するのが相当であり、これに対し、引用商標はその構成に徴し「パール」の称呼、「真珠」の観念を生じるうえ、両商標は、その構成音数にかなりの差異があるため互いに判然と聴別することができ、観念においても相紛れるおそれがない。したがつて、本件商標は、引用商標と外観、称呼及び観念のいずれの点においても類似しないから、商標法第四条第一項第十一号の規定に違反して登録されたものといえない。また、請求人の主張だけでは、いまだ本件商標が商標法第四条第一項第十五号の規定に該当するものというに足りない。
(審決の取消事由)
三 しかしながら、右審決は、次の点において認定ないし判断を誤り、その結果、本件商標の登録を無効とすることができないとしたものであつて、違法であるから、取消されるべきである。なお、引用商標の構成、指定商品竝びに出願、設定、登録、存続期間更新に関する審決認定の事実は争わない。
(一) 本件商標は、なるほど審決のいうように片仮名文字が同じ書体・間隔で書かれたものであるが、審決のいうように無意味な造語に止まるものではなく、その前半の「パール」の部分は真珠を意味する英単語、後半の「クイーン」の部分は女王を意味する英単語をそれぞれ片仮名で表わしたものであつて、このことはその各部がほとんど日本語化しているため一般世人にもたやすく認識されうるところであり、したがつて、本件商標が「パール」と「クイーン」とに分けて称呼、観念される場合もありうることになるから、本件商標からは「パールクイーン」の称呼及び「真珠と女王」の観念が生じるほか、「パール」の称呼及び「真珠」の観念も生じるものと考えられる。一方、引用商標からは審決のいうとおり「パール」の称呼、「真珠」の観念が生じるから、両商標は類似する。以上と相容れない審決の認定ないし判断は誤りである。
(二) また、原告は、その商品たるすべての化粧品について、「パール」の商標を、例えば中性肌用高級化粧水には「パールジヤルダン」、皮膚栄養剤には「パールミンク」、ヘヤークリームには「パールローケ」、ヘヤートニツクには「パールクローネ」、高級化粧品には「インペリアルパール」というように、品種を個別的に表示する標章の前又は後に結合させる態様で使用している。すなわち、「パール」は原告のすべての商品に統一して使用される統一商標(企業商標)であるが、このような統一商標の使用態様は化粧品業界において一般化し、需要者もこのような態様で使用される統一商標を目安にして商品を選択するのが取引の通例であるから、原告の統一商標たる引用商標の「パール」を構成上、前半の部分とする本件商標がその指定商品に使用された場合、原告の商品との間に出所の混同が生じるおそれがある。審決の判断はこれを看過したものであつて、誤りである。<以下、事実略>
理由
一前掲請求の原因事実のうち、被告が商標権の設定登録を受けた商標につき、原告の登録無効審判の請求から審決の成立にいたる特許庁における手続、右商標及び引用商標の各構成、指定商品、出願、設定登録及び存続期間更新登録(ただし、引用商標についてのみ)並びに審決の理由に関する事実は当事者間に争いがない。
二そこで、右審決の取消事由の存否について判断する。
本件商標は、右に確定のとおり「パールクイーン」の片仮名文字を左横書して成るものであるから、その文字に、相応して「パールクイーン」という一連の称呼を生じ、また、その文字が同じ書体、間隔で書された外観を有するが、原告主張のように、その前半の「パール」の文字が「真珠」を意味する英単語の「PEARL」を、後半の「クイーン」の文字が「女王」を意味する英単語の「QUEEN」をそれぞれ片仮名で表わしたものであることは被告の明らかに争わないところであるのみならず、わが国における英語普及の度合いからみれば、いずれの部分も既に日本語化されているため、一般世人において広くそのように理解し、認識しているものと認めるのが相当である。してみると、本件商標を構成する「パールクイーン」の文字にはこれを「パール」と「クイーン」とに分離して称呼、観念される契機が包含されているものと考えられるとともに、取引上の経験則によれば、その構成のいずれかの部分を頼りに商品を識別することも取引者によつてはありうるところであるから、本件商標から「パール」の称呼、「真珠」の観念が生じることも否定することができない。その意味において、審決が本件商標は片仮名文字を同じ書体、間隔で書いた構成であるため「パール」と「クイーン」とに分離して称呼、観念さるべき事情がないとした判断は失当というべきである。
ところが、引用商標は、さきに確定したとおり「パール」の片仮名文字を縦書きして成るものであるから、その構成に即して「パール」の称呼、「真珠」の観念を生じる。
したがつて、本件商標と引用商標とはいずれも「パール」の称呼、「真珠」の観念を生じる点において互いに類似するものというべく、右判断は被告提出の乙号各証に記載された既往の商標登録例の存在により左右さるべきいわれがない。
そして、さきに確定したところによると、本願商標の指定商品中、本件登録無効審判の範囲として限定された化粧品、香料類は、引用商標の指定商品と同一であるから、本件商標の登録はその限度において商標法第四条第一項第十一号の規定に違反してなされたものであつて、無効というべきである。
そうだとすると、審決は、本件商標について引用商標との類否の判断を誤つたため、その登録を無効とすることができないとしたものであつて、違法たるを免れない。<以下、省略>
(駒田駿太郎 橋本攻 秋吉稔弘)
別紙 <省略>