東京高等裁判所 昭和50年(行ケ)89号 判決
一 請求原因一ないし三の各事実、すなわち、原告が実用新案権を有する本件考案についてされた登録出願から登録を無効とした本件審決の成立に至るまでの特許庁における手続の経緯、本件考案の要旨並びに本件審決の理由に関する事実は、いずれも当事者間に争いがない。
二 そこで、本件審決の取消事由の存否につき判断する。
(一) 取消事由(一)の主張について
成立に争いのない甲第二号証(本件考案の実用新案公報)によれば、原告が主張するとおり、本件考案の明細書中、考案の詳細な説明欄には、例えば従来における炊飯器の金属枠体は琺瑯を好んで塗被してあるものであり、枠体上部に直接釜主体の上縁部を嵌合載置する構成であつたため、嵌合載置の際の衝撃及び炊飯時の釜の動揺等により、ともすると琺瑯に亀裂が生じたり、発錆剥離により破損をきたすという欠点があつたのに対し、本件考案はその欠点を防止するように構成したものである旨記載され、また、本件考案の作用効果として、特に琺瑯を塗被した枠体上縁に損傷を与えることがなく、したがつて、枠体は常時美感を呈し、長期にわたり耐用することができる旨記載されていることが認められ、右認定の記載内容に照すと、本件考案の動機、目的の一つは、枠体に琺瑯を塗被した炊飯器の改良にあつたものと認めることができる。
しかしながら、前掲甲第二号証によれば、本件考案の明細書中、実用新案登録請求の範囲には、「枠体」を「琺瑯を塗被したもの」に限定して解しうべき記載はなく、また、考案の詳細な説明の項には、冒頭に、本件考案は、近来常用されている炊飯器の枠体とその内部に嵌入される釜主体との嵌合の改良に係るものであり、主として枠体と釜主体との間隙を保持して加熱気体を枠体上縁周から排気させ、枠体上縁の破損を防止することができる旨記載されており、この目的及び作用効果に関する冒頭の一般的な記載においては、枠体の種類が限定されておらず、他方、前認定の琺瑯を塗被した枠体についての記載部分は、右冒頭の記載の後に、それぞれ「例えば」とか「特に」という文言を付して記述されているのであつて、琺瑯塗被のものは枠体の一列示として挙げられているにすぎないし、また、明細書に記載されている作用効果は、琺瑯を塗被した枠体に限らず、被告及び補助参加人が主張するとおり、耐熱性合成樹脂被覆、アルマイト被覆等周知の被覆を施した枠体についても同様に収めうる効果であることは、本件考案の構成上明白である。
したがつて、本件考案における炊飯器の枠体を一実施例にすぎない琺瑯塗被のものに限定して解すべき特段の理由はないから、原告の主張は失当というべきである。
(二) 取消事由(二)の主張について
1 第一引用例の技術内容
原告は、第一引用例のものがせいろ兼用容器であつて、炊飯用具ではないと主張するところ、成立に争いのない甲第三号証(第一引用例)によれば、第一引用例のせいろ兼用容器は、米飯等の食品を蒸すための蒸し器とこれらの食品を収容するための容器とを兼用するものであることが認められるから、炊飯器と第一引用例のものとは、それぞれの主たる用途が、前者は米飯等を煮炊きすることであるのに対し、後者は米飯等を蒸すことであるという点において異なる。しかしながら、炊飯器と蒸し器とは、いずれも、容器内に米飯等の食品を収容して加熱調理するための用具であつて、基本的な形状、材料、加工技術において相互に類似しているものであることは周知の事実であり、また、一般に、米飯等の炊具も蒸し器も日常の台所用具であるなべ、かまの類のうちの基本的なものであつて、第一引用例のせいろ兼用容器は広義において炊飯用具というを妨げないから、本件審決の認定が誤りであるとすることはできない。
また、原告は、第一引用例のせいろ兼用容器は本件考案の炊飯器のように、加熱気体を枠体と釜との間隙を通して枠体上縁周から排気させる構造のものではないと主張する。前掲甲第三号証によれば、第一引用例のものは、せいろ容器の周突縁を、外側容器の上縁に直接係合載置せず、外側容器の上部開口附近の内側器壁に固定した数個の突出支片に係合することにより、せいろ容器の周突縁の外側と外側容器の上部開口の内周との間に環状の間隙を形成する構造となつており、右環状の間隙は、食品を蒸す場合における蒸気の供給、循環通路として、あるいは、せいろ容器内に収容した食品から出る蒸気の循環通路としての機能を有していることが認められる。ところで、当事者間に争いのない本件考案の要旨及び前掲甲第二号証によれば、本件考案は、炊飯器の枠体と釜主体との嵌合部の改良を目的とし、枠体の内側壁上部数個所に固定した彎曲片に釜主体の上縁部を嵌合載置することにより、枠体と釜主体との間に環状の通気性間隙を形成し、枠体上縁の損傷を防止するものであることが明らかである。してみると、本件審決が第一引用例を本件考案に対する関係で公知例として引用した趣旨は、第一引用例のせいろ兼用容器が、右認定のとおり、外側容器の内壁に設けた突出支片にせいろ容器を係合載置する構成であり、外側容器とせいろ容器との間隔を保つて環状の通気性間隙を形成し、外側容器の上縁がせいろ容器により損傷されないものであるという点においては、本件考案の構成及び作用効果との間に差異がないことを示すにあるものと解せられ、本件審決は、第一引用例の技術内容を右の限度において認定しているものであるから、その認定をもつて誤りということはできない。
なお、原告は、第一引用例のせいろ兼用容器においては外側容器に蓋が嵌められているため、本件考案の炊飯器におけるように環状の間隙から直接外部へ排気できないとし、第一引用例のものには通気性間隙がないと主張するもののようであるが、前認定から明らかなとおり、本件考案は、蓋の構造ないし嵌合の仕方を対象としているものではなく、枠体と釜主体との嵌合部の改良を目的とし、枠体と釜主体との間隔を保ち、通気性の間隙を形成したのに対し、第一引用例のものにおいても、外側容器とせいろ容器との間隔を保ち、通気性間隙を形成しているから、この点において両者の間に差異がない。原告の右主張は、本件考案が対象としない蓋の構造ないしその嵌合の仕方によつて生ずる差異を主張するものであり、本件審決が第一引用例を公知例として引用した趣旨を誤解しているといわざるをえないから、採用することができない。
2 第二引用例の技術内容
成立に争いのない甲第四号証(第二引用例)によれば、第二引用例の釜は、本件審決が認定するとおり、外套体1の内側上方部にL型載架台6を固定し、該載架台6上に釜体5の上方周縁部に設けた突出片を載置するようにしたものであり、第二引用例の図面(別紙図面C)には、載架台6の断面が左右二個所に表わされているけれども、にわかに載架台6が左右二個所だけにあるものとも断定し難く、他に第二引用例中には、この点につき直接の記載はないことが認められる。
しかしながら、同号証によれば、第二引用例には、(イ)外套体1の上部に、火気流通を調節すべき開閉自在の排気窓2を備える覆蓋3が嵌脱可能に設けられること、(ロ)外套体1と釜体5との間には、輪状空所が形成され、釜体底部より加熱した火気の一部は、右中間輪状空所の下部から進入して、容器9を加熱しつつ蓋8及び覆蓋3の中間を迂回し、排気窓2より外部に放散すること、(ハ)外套体1は、火熱による気体の圧力の放散を捉えて釜体5を有効に加熱しうるため、火気の使用を有効ならしめること、が記載されており、これらの記載によれば、第二引用例の釜においては、外套体と釜体との間に火気を供給、排出するための輪状空所が形成されており、この輪状空所の下部から進入した火気が釜体上部に載置した容器の蓋と覆蓋との中間を迂回して、排気窓より外部へ排出される構造となつていることが認められる。したがつて、第二引用例の釜においては、その構造上、外套体と釜体との間の輪状空所が、載架台とこれに載架される釜体外周の突出片とによつて遮断分離されることなく、その上下が連通していなければならず、しかも、蓋と覆蓋との中間部に輪状空所下部からの火気を均一に迂回させる(これは、火気を利用する釜において、火気利用の効率上当然に要求される自明のことである。)ためにも、載架台と突出片の少なくともいずれか一方は、外套体の内壁または釜体周壁の全周部にわたつて設けられることなく、部分的に適当な間隔を置いて設けられる必要があるというべきである。しかも、右第二引用例の図面(別紙図面(〔編註〕省略)C)には、外套体内壁に固定された載架台が、釜体周壁にきわめて接近し、輪状空所をほぼ閉止する程度の長さを水平方向に有しているものとして表わされており、もしこの載架台が外套体内壁の全周部にわたつて設けられるとすれば、輪状空所の上下の連通が載架台によつてほとんど遮断されるに近い状態になるから、載架台は、外套体内壁の全周にわたつて存するものではなく、複数個外套体内壁に円周方向に十分な間隔を置いて固定されているものと推認するのが相当である。
したがつて、第二引用例の釜は、外套体内壁上方部の複数個所に載架台が固定され、これに釜体の突出片が載架されても、外套体と釜体との間隔が保たれ、環状の通気性間隙が形成されて加熱気体の通路となつているものといえるから、第二引用例の技術内容に関する本件審決の認定は、載架台が「二個所」に固定されているとした点において正確であるとはし難いけれども、その余の点においては誤りがなく、また、載架台の固定個所数についても、これを二個所と認定しても複数個所と認定しても、本件考案との対比に影響を生じないから、これを二個所と認定したことにつきその不当を問うことはできない。
なお、第二引用例の釜が加熱気体を外套体上縁周から外部へ直接排出するものではなく、覆蓋に設けた排気窓から排出する構造であることは、前認定のとおりであるが、前記第一引用例の場合について判断したごとく、本件考案が枠体と釜主体との嵌合部分の改良を目的とするものであつて、覆の構造ないしその嵌合の仕方を対象とするものでない以上、本件審決が右の点について触れなかつたことはむしろ当然のことである。
(三) 取消事由(三)の主張について
原告は、本件審決が本件考案の有する顕著な作用効果を看過誤認した結果、その進歩性に関する判断を誤つた旨主張するが、原告の右主張の根拠は、いずれも理由がなく、本件審決が本件考案の進歩性を否定した判断にも誤りはない。
1 琺瑯を塗被した枠体上縁の損傷防止
当事者間に争いのない本件考案の要旨及び前掲甲第二号証によれば、本件考案は、炊飯器における枠体とその内部に嵌入される釜主体との嵌合部を改良することを目的とするものであり、枠体の内側壁に固定した彎曲片に釜主体の上縁部を嵌合載置し、枠体と釜主体との間隔を保持することにより、枠体上縁の破損を防止しうるという作用効果を奏することが認められる。しかし、原告が主張するように、枠体は琺瑯を塗被したものに限定されないし、また、前掲甲第三号証、第四号証によれば、第一引用例のせいろ兼用容器及び第二引用例の釜は、重量のあるせいろ容器または釜体を、外側容器または外套体の内側壁上部数個所に固定した突出支片または載架台に載置することにより、それらが外側容器または外套体の上縁部と直接接触することを避けてその上縁部の損傷を防止しうるものであることが認められる。したがつて、釜主体と枠体上縁部との接触を避けて枠体上縁部の損傷を防止しうるという本件考案の奏する作用効果は、第一引用例及び第二引用例において収める作用効果と同一であつて、本件考案に特段のものということはできない。
なお、原告は、第一引用例及び第二引用例のものにおいては、蓋または覆蓋の嵌め外しにより、外側容器または外套体の上縁部を損傷するおそれがあると主張するけれども、前掲甲第二号証によれば、本件考案は、蓋の嵌め外しによる枠体上縁部の損傷防止を目的とするものではなく、釜主体を載置する際の衝撃及び炊飯時における釜主体の動揺による枠体上縁部の損傷を防止することを目的とするものであつて、本件考案の明細書には、蓋との接触による損傷防止に関しては何らの記載もされず、問うところでもない。のみならず、明細書添付図面(別紙図面A)のうち、本件考案の炊飯器における嵌合状態を示す縦断側面図とされている第2図と従来の炊飯器における嵌合状態を示す縦断側面図とされている第3図とを比較すると、本件考案の炊飯器も従来品もいずれも、蓋と釜主体上部内側とが係合し、蓋と枠体上縁部とは係合しないものであることにおいて一致しており、蓋と枠体上縁部との接触による損傷の防止という作用効果は、従来品においてもすでに収めえていたものであることが認められるから、蓋の嵌め外しによつて生ずる枠体上縁部の損傷を防止しうるとの作用効果は、本件考案の進歩性を認めしめる特段のものということはできない。
2 枠体上縁周からの加熱気体の排出
前掲甲第二号証によれば、本件考案の炊飯器は、枠体と釜主体との間に通気性の間隙が形成され、蓋は釜主体内側上部と嵌合し、枠体上縁とは嵌合しないから、枠体上縁周から加熱気体を直接外部へ排出させうるという作用効果を奏するものであることが認められる。これに対し、第一引用例及び第二引用例のものは、前記(二)において認定したとおり、それぞれ外側容器または外套体とせいろ容器または釜体との間に、環状の通気性間隙が形成されてはいるが、通気性間隙の上部に蓋または排気窓付の覆蓋が嵌合されているため、第一引用例のものにおいては蒸気が外部へ排出されず、第二引用例のものにおいては覆蓋の上部に設けられた排気窓を通して加熱気体が排出されるが、いずれも、本件考案の炊飯器におけるように枠体上縁周から加熱気体が直接外部へ排出されるものではない。しかしながら、すでに認定したとおり、本件考案と各引用例とは、それぞれにおける釜主体、せいろ容器又は釜体が彎曲片、突出支片又は載架台に載置されるため、釜主体等は枠体、外側容器又は外套体と直接接触せず、これらとの間隔が保持されて通気性間隙が形成される構成であることにおいて一致しており、それぞれ間隙を通して加熱気体ないし蒸気を流通させうるという効果において何ら異なるところがなく、外部への排気方法に関する前記の相違は、蓋の構造ないし嵌合の仕方による差にすぎないことが明らかである。
そして、本件考案の目的が枠体と釜主体との嵌合部の改良にあつて、蓋の嵌合の仕方は考案の対象とするものではなく、しかも、本件考案の炊飯器における蓋の嵌合の仕方は従来の炊飯器において採られていた方法と同一であり、当業者が必要に応じて適宜選択しえた周知の事項にすぎないことは、すでに説示したところから明白である。してみると、本件考案の炊飯器における加熱気体を枠体上縁周から外部へ直接排出できるという効果は、各引用例のものから予測しうる程度のものであり、これをもつて、本件考案の顕著な作用効果であるとすることはできない。
3 彎曲片の荷重に対する強度等
原告は、本件考案が彎曲片をその両端で枠体に固定する構成であるから、第一引用例の突出支片や第二引用例の載架台のように同部材の一端のみを固定したものに比べ荷重に対する強度が著しく大きい旨主張する。
本件考案は、釜主体を嵌合載置すべき彎曲片が金属帯状薄鈑より形成され、その両端において枠体に固定するものであるところ、一般に、帯状薄鈑より形成される部材を固定する場合、当該部材の両端を固定する方が一端のみを固定するより荷重に対する強度が大きいことは技術常識上明らかである。しかし、前掲甲第二号証によれば、本件考案の明細書中には、彎曲片を両端において固定することによりその強度が著しく増大するとの点についての記載はなく、右技術常識上明らかな程度にとどまる強度の増大であると認めざるをえないから、この両端固定による効果をもつて本件考案に特段の効果とすることはできない。
さらに原告は、本件考案における枠体が琺瑯を塗被したものであるため、彎曲片を両端で固定する方が一端のみで固定する場合より強度、製造工程における簡便さにおいて特段に優れている旨主張するが、枠体が琺瑯を塗被したものに限定されるべき合理的理由のないことは前記(一)において説示したとおりであるから、原告の右主張は前提を欠き失当である。
三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却する。
〔編註〕 本願考案の要旨は左のとおりである。
金属帯状薄鈑より形成した彎曲片2の両端を枠体3の内側壁上部数個所に固定し、該彎曲片2に釜主体4の上縁部を嵌合載置することを特徴とする炊飯器における釜の支承装置