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東京高等裁判所 昭和50年(行コ)21号 判決 1976年10月18日

控訴人 吉永多賀誠

被控訴人 藤沢税務署長

訴訟代理人 押切瞳 丸森三郎 ほか三名

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事  実<省略>

理由

被控訴人の本案前の答弁及び控訴人の昭和四二年分所得につき被控訴人が昭和四五年一一月一六日付でした更正処分の取消を求める控訴人の請求についての当裁判所の判断は、左に訂正するほかこの点の原審の判断(原判決第九丁表終りから三行目以降同第一〇丁表終りから二行目まで)と同じであるからこれをここに引用する。

原判決第一〇丁表始めから五行目の「右のこと」以下同丁表終りから三行目の「訴の利益がない」までを「右のことは減額再更正がなされた場合においても同様に解すべきである。蓋し、減額再更正処分は必ずしも常に更正処分の単純な一部取消ではなく、処分の質的変更、特に課税標準の内容の変更をもたらす場合があるからである。本件も右の場合に該当し、控訴人自身も昭和四二年分につきその主張の所得金及び税額を超える再更正処分の取消を求めているのである。したがつて、昭和四二年度分の所得税に関する本件訴のうち本件再更正処分の取消を求める部分については訴の利益があるが、昭和四二年分所得税につきなされた当初の更正処分の取消を求める部分については訴の利益がない」と訂正する。

請求原因(一)の事実は当事者間に争がない。

原判決添付別表(二)の(1)ないし(6)の控訴人の顧問料収入につき、控訴人においてこれをいずれも給与所得(尤も給与所得控除額を控除する以前のもの。以下単に給与所得という。)として確定申告したところ、被控訴人においてこれを事業所得と認定して本件各更正、再更正処分に及んだこと、その詳細が請求原因(三)のとおりであることは、当事者間に争がない。

ところで、一般に、所得税法にいう事業所得(同法第二七条等)とは、自己の計算と危険において対価をえて継続的に行われる業務から生ずる所得と観念すべきであり、他方、同法にいう給与所得(同法第二八条)とは、雇傭関係またはこれに準ずべき関係(例えば会社の役員等委任関係の場合もある)に基く非独立的労務の対価と観念すべきであつて、この両者の異同は、所得の生ずる業務の遂行ないしは労務の提供が、前者は自己の計算と危険において独立性をもつてなされるのに対し、後者は対価支払者の支配、監督に服して非独立的になされるとともに自己の計算と危険を伴わない点にある。しかしながら、右の両者の特徴的要素は、各業務等につき個別的、具体的にみれば、濃淡の差異が存し、あるいは混在する場合があり、これにより生ずる所得が事業所得に該当するものか、給与所得に該当するかは各業務ないし労務及び所得の態様等を全体的に考察して判定すべきものである。もとより、同一人が事業所得と給与所得の双方を有する場合があることは論を待たないが、ある所得が定時に定額で取得されるとしても、右の一事をもつて給与所得と断定することもできない。したがつて、弁護士のいわゆる顧問料についても、それが事業所得であるか給与所得であるかを抽象的にいちがいに断定することは適当でなく、その顧問業務の具体的態様等に基いて判断されるべきものである。

進んで、前記の本件顧問料収入について検討するに、本件各顧問料が、毎月定時に定額支払われていることは当事者間に争がなく、<証拠省略>、本件弁論の全趣旨を総合すると、控訴人は第一東京弁護士会所属の弁護士であり、昭和四二年ないし同四四年当時、自己の法律事務所を有し、使用人を四人から六人(うち家族使用人二人を含む)を使用して、特定の事件処理のみならず、法律相談、監定等の業務もその内容として、継続的に弁護士の業務を営んでいたこと、原判決添付別表(二)(1)ないし(6)記載の各会社と控訴人との間の本件各顧問契約はいずれも口頭によつてなされ(この点は当事者間に争がない)、この契約において控訴人は右各会社の法律相談等に応じて法律家としての意見をのべる業務をなすことが義務ずけられているが、この業務は本来の弁護士の業務と別異のものではないこと、右各顧問契約には勤務時間、勤務場所についての定めがなく(この点は当事者間に争がない)、この契約はその頃常時数社との間で締結されており、特定の会社の業務に定時専従する等格別の拘束を受けるものではないこと、この契約の実施状況は、前記各社において多くの場合電話により、時には右各社の担当者が控訴人の事務所を訪れて随時法律問題等につき意見を求め、控訴人においてその都度その事務所において多くは電話により、時には同事務所を訪れた右担当者に対し専ら口頭で右の法律相談等に応じて意見をのべるというものであつて、控訴人の方から右各社に出向くことは全くなかつたこと、右の相談回数は会社によつて異り、月に二、三回というところや半年に一回、一年に一回というところもあること、右各社いずれも本件顧問料を弁護士の業務に関する報酬に当るものとしてその一〇%の所得税を源泉徴収した上これを控訴人に支払つており、右顧問料から、健康保険法、厚生年金保険法等による保険料を源泉控除しておらず、控訴人に対し、夏期手当、年末手当、賞与の類のものを一切支給しておらず、したがつて、雇傭契約を前提とする給与として扱つていないこと、以上の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

右説示、認定の事実からすると、本件顧問料は、それが定期に定額が支払われる点で通常の給与所得と共通性を有していることは否定できないけれども、本件顧問契約に基き控訴人が行なう業労の態様は顧問依頼先から監督、支配、介入等のなされる余地が殆どなく、独立性を有し、顧問依頼先と控訴人との関係を雇傭契約又はこれに準ずる関係とみることは相当でなく、むしろ控訴人が通常の依頼者による法律相談等に応じて法律的意見をのべる業務、すなわち、控訴人が弁護士として行なう法律相談業務と性格を同じくし、控訴人が自己の計算と危険において営む弁護士業務の一態様とみることができる。これらの諸点を総合して判断すれば、控訴人のなす本件法律顧問活動は自らの計算と危険において独立して継続的に行なわれる控訴人の業務活動とみるべきであり、従つて、それに基いて生じた本件顧問料収入は事業所得というべきである。他にこの判断を左右しうべき資料はない。

そうすると、被控訴人が本件顧問料収入を控訴人の事業所得と認定し、この認定に基き、本件各更正、再更正処分に及んだことに何らの違法はなく、右各処分のうち右認定に基く部分の取消を求める控訴人の本訴請求は理由がない。

以上の次第で、控訴人の本件訴は原判決が却下した限度で却下を免れないものであり、その余の訴にかかる本訴請求(当審で一部減縮されたもの)は失当として棄却を免れないものであり、結論においてこれと同趣旨に出たと認むべき原判決は結局相当であつて本件控訴は理由がない。

よつて、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条に従い主文のとおり判決する。

(裁判官 外山四郎 海老塚和衛 小田原満知子)

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