東京高等裁判所 昭和51年(う)1153号 判決
被告人 野中義夫
〔抄 録〕
各論旨は要するに、原判決は被告人の編集、発行、経営する「政経タイムス」が公職選挙法一四八条三項一号イの要件を欠く新聞紙に当たるものとして、埼玉県議会議員選挙運動期間中に選挙に関する報道及び評論を同紙号外に掲載した被告人の所為に同条項及び昭和五〇年法律第六三号による改正前の公戦選挙法二三五条の二の二号を適用し有罪としたが、同法一四八条三項一号イの規定、少なくともそのうち「新聞紙にあっては毎月三回以上(中略)号を逐って定期に有償頒布するものであること」という部分は、(一)憲法の保障する表現の自由に対する制約としてその目的及び手段に合理性がないから、同法二一条に違反する。(二)月三回以上発行していない小規模新聞紙に対し、その小規模性の故に大新聞と差別をするものであるから、憲法一四条に違反する。(三)右条項は、新聞紙と雑誌とを定義づけることなく、両者の間で選挙に関する報道及び評論の許されるための要件を区別しているが、本件「政経タイムス」が雑誌であるとすれば右条項によって被告人の本件所為は罪とならないものであるところ、右条項にいう新聞紙と雑誌とを法律上区別することは不可能であるから、明確を欠き、憲法三一条に違反する、というのである。
そこでまず所論(一)の主張について考えると、たしかに、憲法二一条の保障する表現の自由は民主主義の基礎となるもので、憲法の保障する基本的人権のうちでもとりわけ重要な位置を占めるものであり、この意味で他の基本的人権ことにいわゆる経済的自由と比べて優越的地位を占めるものである。そして、この表現の自由は新聞紙のような国民に奉仕すべき使命をもつ報道評論の伝達手段については特に強く保障されるべきであり、したがって公職選挙法一四八条一項が、同法の選挙運動の制限に関する規定が新聞紙又は雑誌の選挙に関する報道及び評論の自由を妨げるものでない旨を定めているのは、当然そうあるべきことを確認したものと解すべきである。
しかしながら、議会制民主主義及び地方自治を基本原則とするわが国の政治の上で、公職の選挙が公正に行なわれるべきこともまた重要な要請である。この要請を充たすための一要件として、公職の候補者にはできる限り公平、平等に選挙運動の機会及び手段が許容されなければならない。そのために、公職選挙法は、選挙運動の期間を定め、選挙運動用の文書図画の種類、数、頒布方法等を制限するほか、選挙運動に関する各種の規定を設けている。これらのうちには表現の自由の制限となるものが少なくないが、前記の目的を達するために合理的で必要やむをえない制限として立法府が承認したものと解されるのである。
本件で問題とされている新聞紙の報道及び評論は、選挙に関する正確で公正な情報を国民に提供することを使命とするものであって、本来選挙運動とは別のものである。けれども、その自由が選挙運動のために濫用されるおそれのあることは否定できない。同法一四八条一項但書の例示する「虚偽の事項を記載し又は事実を歪曲して記載する」ことはその顕著な場合であるが、それに至らない場合でも、新聞紙が特定の候補者を当選させ又は落選させるためにある候補者を特に強く推奨又は支援し、又はある候補者を特に強く非難攻撃する記事を掲載するときは、実質において選挙運動と異ならないことになる。しかも、およそ新聞紙又は雑誌と認めるに足りるものであればどんな文書でも選挙に関する報道評論を掲載し、頒布することが自由だということになれば、選挙に際し報道評論に藉口して右のような記事を掲載すをことを主たる目的とするいわゆる選挙目当ての新聞紙が氾濫するに至ることが容易に予測される。昭和二七年の同法改正により一四八条三項が新設されたのは、現にそのような事態の出現したことが立法の動機となったものであることが認められる。右のような状態のもとでは、この種の新聞紙を多く利用することができる資力又は手段をもち、これをより多く利用した候補者がそうでない候補者と比べて自己に有利な情報の流される量において優位に立ち、選挙運動の機会をすべての候補者に対し公平、平等に保障しようとする同法の目的が達成されないことになり、ひいてはそれが得票数に影響を及ぼし、選挙の公正が保持されない結果を招くであろう。同項は、このような弊害の生ずる危険が明らかであることにかんがみ、選挙目当ての新聞紙又は雑誌ないしそれらの選挙目当ての記事の氾濫を防止し、もって選挙運動の公平を計り、選挙の公平を確保する目的で、一定の期間に限り、新聞紙及び雑誌に一定の条件を設け、これを具備しないものには選挙に関する報道及び評論を掲載することを禁止したものと解されるのであって、その禁止の目的は十分に理由のある合理的なものである。
右の目的を達成するためには同法一四八条一項但書の濫用禁止の規定、同法一四八条の二の新聞紙不法利用等の禁止規定並びにその罰則である同法二三五条の二の一、三号等の規定も存在するのであるが、これらの罰則は立証の困難性などのために実効性が十分でなく、またそれだけでは選挙目当ての新聞、雑誌の横行を防止する効果に乏しいところから、本件の同法一四八条三項及びこれに関する罰則である同法二三五条の二の二号が必要とされることになると考えられる。この規定が言論の事前抑制となることは所論のとおりであるが、この場合には他に有効な方法が見当たらないのであるから、民主政治における前記目的の重要性にかんがみ、禁止される行為が明確な基準で限定され、前記目的と合理的な関連性があり、かつこの禁止によって得られる利益がそれによって失われる利益に優越するならば、事前抑制も必要やむをえないものといわなければならない。
これを所論指摘の同法一四八条三項一号イの規定中「新聞紙にあっては毎月三回以上」という条件について考えてみると、まず、この条件は客観的な判断基準を用いており、明確なものといえる(雑誌との区別については後述参照)。そうして、選挙目当ての新聞紙の典型的なものは候補者(立候補前の者を含む)。又はその後援組織が発行するものであるが、それは選挙間近になって急に発刊されるものとは限らないから、定期継続性や刊行実績に着目する同号ロ、ハの条件だけでは十分捕捉できない。発行回数が月三回に達しない小新聞ならば、後援組織が常時刊行することもそれほど困難ではない。また、候補者の直接支配下にない新聞紙にあっても、月に一、二回発行する小規模のもののうちには、特定の人又は比較的小さい集団の意見を代表し、又はそれらの金銭的支援によって成り立っているもの、経営基盤が弱小なもの、あるいは取材、調査等の陣容が貧弱で、広く情報を収集し分析する能力に乏しいものが多いことは顕著な事実であり、そのためこれらの新聞紙は特定の候補者の影響を受け、又はその利益もしくは不利益のために活動しやすい素地をもっている。これらの事情の帰結として、もしこの条件がなかったならば出現するであろうすべての選挙目当ての新聞紙のうち発行回数が月三回に満たないものの占める割合はすこぶる大きいということができるから、右条件は禁止の目的と合理的な関連性があるというべきである。そしてまた、もしこの条件を雑誌なみに毎月一回以上としたならば、右の目的にほとんど役立たないであろうことも容易に首肯される。したがって、立法府が毎月三回の発行を新聞紙としての最低条件としたのは、できる限り禁止の範囲を狭く限定したものと考えられ、不合理とはいえない。更に同条項は新聞紙が「号を逐って定期に有償頒布するものであること」をも条件としているが、これはある刊行物がこのような場合新聞紙として報道評論の自由を保障されるための条件としてほとんど当然の事項であって、これも明確で合理的関連性のある基準であるということができる。
そうして、右の規定は、右の条件を具備しない新聞紙、その中でも特に選挙に関する記事を掲載しようとする新聞紙に対し言論、出版等の表現の自由を制限するものであり、このことのもたらす消極面のあることは否定できないのであるが、もとよりそれは新聞紙の発行そのものを禁止するものではなく、禁止の対象を選挙に関する報道及び評論に限定し、その期間を法定の選挙運動の期間及び投票の当日という短期間に限定しているのであって、この基準も明確かつ合理的であり、以上の基準によって禁止される行為の範囲は実際上それほど大きくはなく、その禁止によって得られる選挙の公正の確保という利益は、これによって失われる利益に優越すると認められる。
以上の理由により、同法一四八条三項一号イの規定中新聞紙に関する部分は、これによる表現の自由の制限が合理的で必要やむをえない限度をこえるものとは認められないから、憲法二一条に違反しない。≪中略≫
次に所論(二)の主張について考えると、公職選挙法一四八条三項一号イの規定が、公職選挙の公正な運営上必要かつ合理的な表現の自由に対する制限であることは前記のとおりであるから、これによって所論の小規模新聞紙の選挙に関する報道及び評論の自由が一時的に制限され、その結果大規模新聞紙と比べて差別的な取扱いを受けることになるとしても、それは右のような合理的な根拠に基づくものであるから、右規定は憲法一四条に違反しない。
次に所論(三)の主張について考えると、公職選挙法一四八条三項一号イの規定は選挙運動期間中及び投票当日における選挙の報道及び評論が許されるために必要な条件に関し、新聞紙と雑誌とを区別しているところ、同法には新聞紙又は雑誌一般に関する定義規定が設けられていないことは所論のとおりである。しかし、新聞紙と雑誌とはその形態、体裁を異にし、その内容にも類型的にみて差異があるから、社会通念上その区別が可能であり、しかも同法一四八条一項が同法の適用に関し、新聞紙の概念にこれに類する通信類が含まれる旨の解釈規定を置いているのであるから、特定の文書が同法の適用上新聞紙に当たるかあるいは雑誌に当たるかの判断が困難である場合はほとんど考えられない。したがって、本件犯罪の構成要件が不明確であるとはいえない。のみならず、本件政経タイムスはその名称、形態、体裁及び内容のいずれの点からみても新聞紙としての特徴を備えており、これを雑誌と解すべき余地はまったくないのであるから、同法一四八条三項一号イを本件に適用する場合において、新聞紙に関する部分と雑誌に関する部分とのいずれを適用すべきかについて不明確を来たすことはありえないといわなければならない。したがって、右規定は憲法三一条に違反しない。
(小野 斉藤 小泉)