東京高等裁判所 昭和51年(う)1183号 判決
被告人 三枝貞夫
〔抄 録〕
よって検討するに、原判決が被告人に対し所論指摘のような裁判をしたことは明らかであるが、このように一個の判決で二個の自由刑を言渡す場合、一つの刑を実刑とし、他の刑に執行猶予を付することは、これを禁ずる明示の規定はなく、刑法二五条の執行猶予の要件にも直接牴触するものではない。所論は、刑の執行猶予制度の本来の目的が、短期自由刑の弊害を避けるとともに、他面その取消を警告して、その者の善行保持を要請し、同時にその者に希望を持たせることによって再犯防止の刑事政策的目的を達成しようとするにあるとし、一つの判決で、実刑の執行と他の刑の執行猶予期間の進行との競合を当然のこととして是認する原判決の法解釈は、執行猶予制度の右刑事政策的意義を没却するものであるというのであるが、執行猶予の刑事政策的意義が右のようなものであるとしても、本件のような事例のすべての場合がこれに当るものではない(例えば、実刑の刑期が執行猶予期間に比較して極めて短い場合)のみならず、執行猶予制度の存在意義は決してこれにとどまるものではないと考えられるので、抽象的な本質論のみからこの問題を消極に解することにはたやすく賛同することができない。
なお、所論によれば、原判決の見解(適法説)に従うと、被告人が実刑部分についてのみ控訴し、これが後に実刑のまま確定した場合には、被告人が控訴を申立てたために、かえって先に確定した執行猶予が取消されるという不都合な結果を生ずることになるというのであるが、このような場合執行猶予の必要的取消事由を定めた刑法二六条の二には当らないと解する余地が十分あり、また控訴審において実刑が執行猶予に変更されることもないわけではなく、右の批判はその一部の場合にしか当らないというべきである。
以上検討したとおり、一個の判決で二個の自由刑を言渡す場合に、一つの刑に執行猶予を付し、他の刑を実刑とすることは、一般的には異例の処置であるとしても、確定裁判にあたる罪とその余罪とが同時審判を受けなかったことにより、量刑において被告人がことさらに不利益を被る場合のあり得ることを考慮するとき、かかる不合理を可及的に救済するためにも、裁判所に対し自由裁量の余地を与える方向への法解釈が至当であると考えられる(同趣旨の判例として、仙台高等裁判所昭和二九年三月九日判決―高刑集七巻三号二九〇頁、広島高等裁判所昭和四〇年七月二九日判決―高刑集一八巻四号四六二頁参照)。
この意味において、原判決が被告人を判示第二、第三の罪につき懲役刑の実刑に処しながら、同第一の罪につき懲役刑に処したうえこれに執行猶予を付した点について、所論のような法令の解釈及び適用の誤りはない。論旨は理由がない。
(服部 藤井 中川)