東京高等裁判所 昭和51年(う)2号 判決
被告人 上原利男
〔抄 録〕
そこで、記録を調査し、当審における事実の取調べの結果をあわせ検討すると、被告人に対する本件道路交通法違反の公訴は、昭和五〇年九月三〇日原裁判所に提起され、その起訴状謄本は同年一〇月二日被告人にあてて同人の肩書住居地に送達されたが、当時、被告人は職業安定法違反被疑事件で新潟県内の三条警察署に勾留中であったため、同人の妻がこれを受理し、同女は、被告人の勾留先の警察官に対し右謄本を被告人に交付するよう依頼したが、同警察官は、被告人にその交付をしないうちに交通事故で死亡したこと、被告人は、右職業安定法違反の事件で公訴を提起され、新潟地方裁判所三条支部において、同年一一月一〇日懲役四月、四年間執行猶予の判決を受けて、同日釈放されたが、その後においても本件起訴状謄本を受け取っていないことが認められる。しかし、刑事訴訟法第二七一条第一項及び刑事訴訟規則第一七六条第一項に定められた起訴状謄本を遅滞なく被告人に送達すべき旨の規定は、事件につき、被告人の権利防護の必要上定められたものであるから、右手続上の瑕疵について、被告人から何らの異議がなく、かつ、公訴提起の日から二か月以内に被告人において権利防護の機会が与えられることによって右瑕疵が補正されるものと解すべきところ、記録によれば、被告人は、本件公訴提起の日から二か月以内である同月一三日の原審第一回公判期日に出頭し、検察官の起訴状朗読後、本件被告事件について陳述する機会を与えられた際、「起訴状記載の公訴事実は、そのとおり間違いありません」と述べ、その第二回公判期日においても、「事実はそのとおり間違いありませんので、弁護人は不要ですから、弁護人なしにこのまま審理されても結構です」と述べて、審理を受け、最終陳述においても、「別に述べることはありません」と言って、原判決の言い渡しを受けたものであることが認められるのみならず、被告人の当審公判廷における供述によれば、被告人は、前記職業安定法違反被告事件で有罪の判決を受けて釈放され、迎えに来た妻きしと帰途についた際、同女から、本件無免許運転で原裁判所に起訴されたことを知らされ、その内容を知っていたことが認められ、これらのこともあって、被告人は、本件起訴状謄本の送達を受けなかったことについて何ら異議をとどめることなく、被告事件について陳述し、他方、弁護人を附せられることなどその権利防護の機会を与えられていたことも明らかであるから、右手続上の瑕疵はこれによって補正されたものというべく、したがって、原審が本件公訴を受理し審理判決をしたことはもとより相当であって、所論のような非違はなく、又、本件は任意的弁護の事件であって、弁護人の選任はいつに被告人の意思にかかるところ、被告人は、弁護人はいらないと言ってこれを拒否していたものであり、その権利防護の機会も十分与えられていたことは明らかであるから、原審の訴訟手続に何らの瑕疵もない。論旨は理由がない。
(瀬下 金子 小林)