東京高等裁判所 昭和51年(う)2399号 判決
被告人 野沢正一
〔抄 録〕
日本住宅公団(以下「公団」と略称する)の開発事業に伴う損失補償に、いわゆる金銭補償と現物補償とがあることは所論のとおりである。そこで、まず、原判示第一の一のさく泉工事(以下「本件工事」と略称する)の施行主体について検討すると、≪証拠≫によれば、原判決が、「弁護人の主張に対する判断」の項において、本件工事の請負契約は、千葉市南生実町町内会長と原審相被告人小川慶三郎との間で交わされ、公団が千葉市南生実町町内会(以下「町内会」と略称する)にその費用を補償した形式をとっているが、その実は、同公団首都圏開発本部千葉・市原開発事務所(以下「開発事務所」と略称する)がその責任で工事を施行したものである旨認定説示するところは、当裁判所においてもこれを相当として是認することができるのであって、本件工事は、開発事務所が行なう原判示第一の土地区画整理事業を施行するに伴い隣接する地域で水田の水が枯渇することから、町内会において開発事務所に対しかんがい用水を確保してもらいたい旨陳情し、開発事務所を通じてこれを受けた前記開発本部は、本件工事に要する費用を金銭で補償することとしたが、町内会としては、単に金銭の支払いによる補償を求めるものではなく、かんがい用水を確保するための井戸の新設を希望していたので、開発事務所としては、金銭の支払いをして工事を行なわせても、かんがい用水をまかなえる井戸を設置することができないときは、更にその補完を求められる性質のものであったので、かんがい用水が確保できる井戸を新設する責務を負っていたこと、したがって、本件工事は、いわゆる現物補償で起工されるべきものであったところ、当時開発事業の認可前であり、地区外の補償であるうえに、千葉県の地下水規制条例の関係で、開発事務所が本件工事の事業主体となることが困難であったことなどから、現物補償の方式をとることを差し控えたこと、本件工事の費用の額等は、開発事務所と町内会との間で何らの交渉もなく、開発事務所の補償係において算出し、さく泉業者と交渉のうえ決定されたものであること、開発事務所は、常時本件工事を指導し、完成時にはその確認をしていたこと、本件工事代金は、町内会を経由せず直接開発事務所からさく泉業者に支払われていたこと、同町内会としては本件工事の施行につき、業者の指名、契約内容、特に請負金額等の具体的決定、工事の施行監督等については一切関与せず、専ら開発事務所に一任していたこと、等が認められ(この点についてこれと異る趣旨の供述をする当審関係証人の証言は措信できない。)右認定の事実から本件工事は、形式的には公団の金銭補償により町内会がさく泉業者に発注し、注文主となった形式をとってはいるが、実質的には開発事務所が主体となってこれを施行し、原判示の各行為は公団職員として被告人がこれを行ったものと認定するのが相当である。所論は、補償業務として金銭補償と現物補償の法的性質、効果の違いを強調し、本件さく泉工事の注文主が前記の事情があったため南生実町町内会長となっていたことを論拠に本件工事は現物補償でなく金銭補償であったとして、被告人の職務権限と原判示各行為との関連性を否定するものであるが、収賄罪の成否を考えるについては、その行為の形式的観点からのみではなく、それにもまして行為の実体に着目し、それが職務権限のある公務員により公務として行われたものであるかどうか実質的な観点から決すべきである。けだし、行為の法形式により事を決するとすれば、当該行為を行うべき公務員が適宜職務外の法形式を用い職務内の行為を行う違法を敢てし、その対価として賄賂を収受等した場合職務外の行為として刑法上その不正を問うことができなくなるからである。
そして、本件における被告人の職務について検討すると、前記各証拠によれば、公団の町内会に対する本件補償業務は、開発事務所長の命令を受けて同開発事務所庶務課補償係長である被告人が担当したもので、被告人は、本件工事につき、さく泉業者をして開発事務所宛に工事見積書を提出させ、これを検討したうえ補償金調書を作成して補償金額を算定し、一方町内会から工事承諾書を徴し、工事施行に当っては現場に赴き業者を監督し、工事完了時には完了届の提供を受けて施行状況を検査確認し、補償検査調書を作成し、経理係から補償金の支払いとして振出された小切手を受取り、銀行で換金して前記のように町内会長を経由せず被告人においてさく泉業者に支払っていたことが認められ、これに右認定の本件工事の性質等をあわせ考えると、前示職務を担当していた被告人は、本件工事に関し、さく泉業者の推せん、工事金の算定、指導、検査、確認、工事金の支払い等についての職務権限を有していたものと認められる。
(谷口 金子 小林)