東京高等裁判所 昭和51年(ツ)31号 判決 1977年7月19日
甲府地方裁判所昭和五一年(レツ)第二号上告受理事件上告人・
同第三号上告受理事件被上告人
(以下、第一審原告と表示する。)
戸田宥行
右訴訟代理人
内藤亥十二
外一名
甲府地方裁判所昭和五一年(レツ)第二号上告受理事件被上告人・
同第三号上告受理事件上告人
(以下、第一審被告と表示する。)
岩沢守政
右訴訟代理人
堀内茂夫
主文
原判決中、第一審被告の敗訴部分を破棄し、右部分につき本件を甲府地方裁判所に差し戻す。
第一審原告の上告を棄却する。
前項の部分に関する上告費用は第一審原告の負担とする。
理由
一第一審原告訴訟代理人内藤亥十二の上告理由について。
本件農地に関する売買契約の成立を認めた原審の認定判断は、原判決挙示の証拠に照らし、これを首肯するに難くなく、その判断過程に所論のような理由不備・審理不尽等の違法は存しない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
二第一審被告訴訟代理人堀内茂夫の上告理由について。
原審の適法に確定したところによれば、第一審被告は第一審原告の所有にかかる本件農地を昭和三九年六月一日に買い受けて代金の支払を完了し、その引渡を受けたが、第一審原告は、その妻戸田正子が代理人としてした右売買契約につき売主として履行の責に任ずべき地位にあり、その一環として、売主側の都合から暫時見合わせることとした農地法三条所定の所有権移転許可申請手続をなすべき義務を負いながら、第一審被告からの履行請求にいまだ応じないまま、売買契約の成立自体を否定し、本件農地の返還を求める本訴を提起するに至つたものであるというのである。してみれば、売主としての義務に違背して許可申請手続の履行を自ら怠つている第一審原告が、右許可がいまだ与えられていないからといつて、第一審被告を無権原占有者として、これに対し任意に引き渡した農地の返還を求めることは、売買の当事者として信義誠実の原則に反する所為であることは明らかであつて、第一審原告の請求を拒否して第一審被告の占有を継続させることが耕作者の地位の安定と農業生産力の増進を目的とする農地法の趣旨に反することとなるものと認められる特段の事情のないかぎり、第一審原告の所有権に基づく農地返還請求は、権利の濫用に該るものとして許されないというところというべきである(最高裁昭和四四年七月八日判決・裁判集九六号一四七頁参照)。しかるに、前叙のような事実関係を認めながら、右特段の事情につき具体的な認定判断をすることなく、第一審被告の占有を農地法上適法視しえないことを理由に、第一審原告の請求を認容すべきものとした原判決の判断は、信義則および権利濫用の法理の解釈適用を誤り、理由不備の違法をおかしたものというべく、これと同旨の第一審被告の論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、右請求の当否については、如上の観点からなお審理の必要があるものと認められるので、この部分につき、本件を原審に差し戻すべきである。
三よつて、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条一項、九五条、八九条に則り、主文のとおり判決する。
(室伏壮一郎 横山長 三井哲夫)
<第一審原告・第一審被告の各上告理由省略>