大判例

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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)2618号 判決 1978年1月25日

控訴人 佐々木隆

右訴訟代理人弁護士 大川隆司

右訴訟復代理人弁護士 村野守義

被控訴人 千代田生命保険相互会社

右代表者代表取締役 門野雄吉

右訴訟代理人弁護士 常盤温也

主文

本件控訴を棄却する。

原判決別紙目録を別紙のとおり更正する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴会社代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠の提出、援用、認否は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

1  原判決書三枚目裏八行目に「認める。」とある次に、「控訴人は本件理容室の内部設備についてはその仕様の決定にあづかっており、控訴人の注文、指図によって本件理容室内の一連の固定設備の設置がなされたものである。なお理髪台については被控訴会社の設置した三台ではその後足りなくなったので、被控訴会社の承諾は得なかったが、控訴人においてさらに一台を増設した。」を加える。

2  原判決別紙物件目録を本判決別紙物件目録のとおり訂正する。

3  《証拠関係省略》

理由

一  成立に争いのない甲第三号証(被控訴会社本社ビル内の理容室の運営に関する昭和四一年六月一六日付被控訴会社および控訴人両名の契約書)と《証拠省略》を考えあわせれば次の事実が認められる。

被控訴会社はその従業員に対する福利厚生施設の一環としてその新築本社社屋内に理容室を設けることとし、別紙物件目録記載の部屋(以下本件理容室という。)をこれに充て、昭和四一年六月一六日理容師である控訴人との間に次のような契約(以下本件契約という。)を締結した。

(一)  被控訴会社は本件理容室およびその設備器具を被控訴会社の管理のもとに控訴人に使用させる。

(二)  控訴人は本件理容室においてガス、水道、電気、冷暖房の費用は被控訴会社の負担で被控訴会社従業員の理髪を行い、被控訴会社と協議決定した理容代金の支払いを受ける。

(三)  期間は一年で昭和四二年六月一五日までとし、期間満了三ヶ月前に控訴人、被控訴会社のいずれからも更新拒絶の意思表示がない場合は、契約は向う一年間自動的に更新され、以後も同様とする。

(四)  本件契約の期間満了の場合控訴人は一週間以内にその所有物件を撤去して無条件で本件理容室を被控訴会社に明渡す。

そしてそのころ被控訴会社は本件理容室に理髪台三台、洗面台、鏡、給排水設備、電気、ガス設備等の固定設備をして本件理容室を控訴人に引渡し、以後控訴人は本件理容室および右固定設備を使用し、ガス、電気、水道料、冷暖房費被控訴会社の負坦のもとに被控訴会社従業員の理髪に当り、被控訴会社と協議決定した理容代金の支払いを受けた。

右によれば、本件契約は被控訴会社の、その従業員に対する福利厚生施設の一環である本件理容室において控訴人が被控訴会社の従業員の理髪を行うという役務を提供し、被控訴会社と協議決定をした理容代金の支払いを受けることを主たる内容、目的とし、控訴人の本件理容室の使用はこれに不可分的に付随するものと認めるのが相当である。

控訴人は「本件契約締結以来控訴人、被控訴会社間の協議によって決定された理容代金は常に市価に比して著しく低廉であり、市価との格差は、被控訴会社が本件理容室の設備を提供し、その光熱費を負担していることを考慮しても、なお相当高額にのぼる。控訴人はこのような低料金で被控訴会社従業員の理髪を行い、この結果被控訴会社はその従業員との間の労働契約に基いて負担する福利厚生施設提供義務を履行する上で右格差と同額の利益を得ていることになるから、右利益は本件理容室の使用と対価関係にあり、本件理容室の賃料にあたるというべく、従って本件契約は建物の賃貸借である。」と主張する。しかし、控訴人と被控訴会社間で協議決定される理容代金が市価より少くとも相当低廉であることは本件契約上当然のことであり、この控訴人と被控訴会社間で協議決定される理容代金が市価より少くとも相当低廉であることと控訴人の本件理容室の使用とはもとより無関係ではないけれども、そうだからといって直ちに(控訴人と被控訴会社間において、市価を基準とし、そのうち本件理容室の使用自体の占むべき金額を算定して右金額を右室使用自体の対価とすることを合意し、そのうえで理容代金が協議決定されたというようなことはとうてい認められない。)独立して建物賃貸借契約が控訴人と被控訴会社間に存在するということはできない。

その他《証拠省略》によれば、本件理容室の開設について控訴人がその名で東京都目黒保健所長に対して届出でをなし、その確認を得ていること、本件理容室内の設備について控訴人が予め被控訴会社に対し希望を述べたこと(控訴人は「控訴人の注文、指図によって本件理容室内の一連の固定設備の設置がなされた。」と主張するけれども、控訴人の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。)、控訴人が本件理容室で稼働する控訴人の従業員を控訴人の責任と負担において募集、選考、採用したこと、控訴人がその負担においてサービス用ステレオ、客待用ソファーボックス、従業員用控室ソファー、ロッカー、事務用机椅子等の備品、消毒用ケビントその他の理髪用の器具若干を本件理容室に備え、また理髪台一台を増設した(もっとも右増設は被控訴会社の承諾を得たものではなかったことは控訴人の自認するところである。)ことが認められるけれども、これらの事実をもってしては未だ上記の認定を左右するに足りかい(これらの事実中理髪台一台の増設を除くその余の事実は、いずれも本件契約の上記目的達成のためにとられた措置であって、これらの事実によっては控訴人の本件理容室の使用関係が独立した、本件理容室自体の貸借関係というに足りない。)。

さらに控訴人は「本件契約の契約書(甲第三号証)中の期間に関する記載は単なる形式にとどまり、控訴人、被控訴会社間の真の合意内容を表示したものではない。」と主張するけれども、《証拠省略》によれば、控訴人が甲第三号証の記載内容を承知しながら格別異議を唱えることもなくこれに押印したことが明らかであるから、控訴人の右主張はとうてい採用することができない。原審において控訴人本人は、控訴人が理容代金の値上げを申し出た際、被控訴会社の厚生課長は度々将来被控訴会社の従業員が増加し、従って本件理容室の利用者も増えることになるので、値上げはがまんして貰いたい旨を控訴人に述べたと供述するが、右供述は原審証人小沢保の証言に照らしてたやすく措信し難いのみならず、被控訴会社の厚生課長に右控訴人本人供述のごとき言動があったとしても、被控訴会社の厚生課長にその時々の状況下では本件契約の更新を拒絶して本件契約を終了させる意向がなかったことが窺われるのみであって、未だ直ちに前記認定のような期間に関する合意の存在を否定するに足りない。

その他本件に顕われた一切の証拠をもってしても、上記の認定を左右するに足りない。

二  本件契約について更新が重ねられたところ、被控訴会社が期間満了日である昭和五〇年六月一五日の三ヶ月前である同年三月一三日控訴人に到達した内容証明郵便をもって控訴人に対し本件契約を更新しない旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

控訴人は「本件契約は建物の賃貸借として借家法の適用を受けるから、更新拒絶の事実のみによっては未だ契約は終了しない。」と主張するけれども、本件契約について独立して建物の賃貸借契約が控訴人と被控訴会社間に存在することを認めることができないことは上記のとおりであるから、本件契約には借家法の適用はないものと解するのが相当である。よって控訴人の右主張は理由がない。

また控訴人は「本件契約は本件理容室の使用貸借であり、期間の定めはなくかつ被控訴会社従業員の理髪を行うことを目的として定めていたのであるから、被控訴会社が本社社屋において営業を継続する間は未だ契約は終了しない。」と主張するけれども、本件契約の主たる内容、目的は前記のごとくであって、控訴人の本件理容室の使用はこれに不可分的に付随するものであること上記のとおりでありかつ本件契約には上記のごとき期間の定めがあるのであるから、控訴人の右主張も理由がない。

さらに控訴人は「本件契約の更新拒絶には合理的理由がなく無効である。」と主張するが、本件契約の更新拒絶について合理的理由が存在することを要すると解すべき根拠を認めることはできないのみならず、《証拠省略》によれば、被控訴会社の右更新拒絶は本件理容室の維持に要する経費の節減とあわせて本件理容室を他の目的に転用する意図によるものであることが認められる(《証拠判断省略》)から、被控訴会社の右更新拒絶をもって著しく不当のものということはできない。よって控訴人の右主張は採用の限りでない。

してみると、本件契約は前記の約定により昭和五〇年六月一五日の経過とともに終了し、控訴人は同月二二日限り本件理容室を被控訴会社に明渡すべき義務があるというべきである。

三  《証拠省略》によれば、昭和五〇年六月当時の本件理容室の賃料相当額が少くとも一ヶ月五万九八二〇円であることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

四  従って控訴人は被控訴会社に対し本件理容室を明渡しかつ昭和五〇年六月二三日から右明渡ずみに至るまで一ヶ月五万九八二〇円の割合による賃料相当の損害金を支払うべき義務があり、被控訴会社の本訴請求は正当としてこれを認容すべきである。

五  よって原判決は相当であって本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条一項により本件控訴を棄却し、なお、原判決別紙物件目録は不正確であるから、これを本判決別紙物件目録のとおり更正することとし、訴訟費用の負担につき同法八九条第九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡松行雄 裁判官 園田治 木村輝武)

<以下省略>

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