東京高等裁判所 昭和51年(ネ)2761号 判決 1977年10月05日
控訴人 石井英顕
控訴人 石井法子
右両名訴訟代理人弁護士 長谷川則彦
同 上野正彦
被控訴人 漆原不動産株式会社
右代表者代表取締役 漆原徳蔵
右訴訟代理人弁護士 青山力
主文
原判決中控訴人ら敗訴部分を取消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
一、控訴人らは、主文同旨の判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。
二、当事者双方の主張
(1) 被控訴人主張の請求原因事実は原判決事実摘示の請求原因第一項、第三ないし第五項と同一であるから、これを引用する。
(2) 請求原因に対する控訴人らの答弁
請求原因事実中、被控訴人が不動産の賃貸、管理等を業とする会社であること、根来栄一が昭和五〇年八月四日死亡したこと、控訴人らが同人の子であり、各三分の一の相続分で同人を相続したことは認めるが、その余の事実は争う。
(3) 控訴人らの抗弁
1 控訴人らの母石井市子は、控訴人らの父根来栄一と昭和三四年一一月二六日離婚した。当時控訴人英顕は六歳、同法子は二歳であった。爾来控訴人らは母の手許で養育され、父栄一とは音信もなかったのである。栄一の死亡による本件賃料等の債務は、同人と本件建物部分に同居していた後妻の根来ツギ子のみが相続すべきであって、栄一の相続人であるとはいえ、同人と同居していなかった控訴人らは、相続しないものというべきである。
2 根来栄一は、本件賃貸借契約を締結した当初の昭和四四年八月分から賃料等の支払いをまったく怠っていたのであるから、被控訴人は、栄一との間に取りかわした貸室賃貸借契約書(甲第一号証)の第一五条に基づき、何らの催告をすることなく、右契約を解除することができたわけであり、とくに栄一は昭和四六年一〇月下旬ころ本件建物部分から姿を消し、その行方がわからなくなってしまったのであるから、右契約書の第一四条に基づいても右契約を解除することができたにも拘らず、何らの措置をほどこすこともなく漫然と右契約の期間満了日まで徒過し、右満了日までの賃料等を控訴人らに対し請求するものであって、かかる請求は信義則に反し、権利の濫用というべきである。
3 被控訴人は、不動産の賃貸、管理等を業とする会社であるから、本件賃料等の債権は、商法五二二条により五年で時効消滅すべきところ、昭和四四年八月分から昭和四六年七月分(同年六月末日支払期日到来分)までの賃料及び共用費の延滞分は、被控訴人が本訴を提起した昭和五一年七月三〇日までに既に五年を経過していたから時効により消滅したというべく、控訴人らは右時効を援用する。
(4) 抗弁に対する被控訴人の答弁
抗弁第1項の事実中、根来栄一が石井市子と控訴人ら主張の日に離婚したことは認め、その余の事実は争う。同第2項の法律上の主張は争う。同第3項の事実中、被控訴人が不動産の賃貸、管理等を業とする会社であることは認め、その余の事実は争う。
(5) 被控訴人の再抗弁
本件賃料等の債権が五年の消滅時効にかかるとしても、根来栄一は、昭和四六年一〇月二日被控訴人に対し、昭和四四年八月分から昭和四六年九月分までの延滞賃料及び共用費の支払義務のあることを承認したから、消滅時効は中断した。
(6) 再抗弁に対する控訴人らの答弁
再抗弁事実は争う。
理由
一、請求原因事実のうち、被控訴人が不動産の賃貸管理等を業とする会社であること、根来栄一が昭和五〇年八月四日死亡したこと、控訴人らが同人の子であり、各三分の一の相続分で同人を相続したこと、以上は当事者間に争いがなく、《証拠省略》を総合すると、その余の事実を認めることができ、他にこれを左右するに足りる証拠はない。
二、そこで、以下控訴人ら主張の抗弁につき検討する。
1 控訴人らは、本件借家人であった父根来栄一の延滞した本件賃料等の債務は、同人と本件建物部分に同居していた同人の後妻根来ツギ子のみが相続するものというべきであって、栄一の相続人であるとはいえ同人と同居していなかった控訴人らは相続しないというべきである旨主張する。しかしながら、本件賃料等の債務は、右相続開始前に発生しているものであり、しかも本件賃貸借契約は右相続開始前に既に終了しているのであるから、同居の相続人のみがこれを相続すると解すべき理由はなく、通常の金銭債務として、すべての相続人が相続分に応じてこれを承継するものと解するのが相当であり、抗弁第1項は理由がない。
2 次に、抗弁第2項につき検討するに、前記認定した事実によれば、根来栄一は、本件賃貸借契約を締結した当初の昭和四四年八月分から賃料等の支払いをまったく怠っていたうえ、昭和四六年一〇月下旬ころには、本件建物部分から姿を消しその行方もわからなくなってしまったのであるから、被控訴人が根来栄一との間で取りかわした貸室賃貸借契約書に定める条項に基づき、本件賃貸借契約を解除することは容易であったというべきところ、被控訴人はかかる措置をとらず、結局本件賃貸借契約はその期間満了日まで存続したとして、右期間満了日までの賃料及び共用費を控訴人らに対し請求しているのである。しかしながら、本件証拠上被控訴人が本件賃貸借契約を解除することが困難であったと認めるに足りる事情のうかがえない本件にあっては、被控訴人はいたずらに右期間満了日まで右契約を存続させ、根来栄一の死後に至って、先妻との間の子で非同居の相続人である控訴人らに対し右期間満了日までの賃料及び共用費を請求するものであって、かかる請求は、権利の濫用であるといわざるをえず、認容することができない。
三、よって、被控訴人の控訴人らに対する本訴請求は、すべて失当として棄却すべきであるから、原判決中右請求を認容した部分は失当としてこれを取消し、被控訴人の右請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 瀬戸正二 裁判官 小堀勇 小川克介)