東京高等裁判所 昭和51年(ネ)2819号 判決 1979年4月17日
一審原告
株式会社中栄
右代表者
竹林敬二
右訴訟代理人
伊礼勇吉
外一名
一審被告
武州商事株式会社
右代表者
矢島武久
右訴訟代理人
渡辺綱雄
外一名
主文
原判決中一審被告敗訴部分を取消す。
一番原告の請求を棄却する。
一審原告の本件控訴を棄却する。
訴訟費用は一、二審を通じすべて一審原告の負担とする。
事実《省略》
理由
一本件売買契約の成立について
一審原告及び一審被告はいずれも商事会社であるところ、一審原告が一審被告から別紙物件目録記載(一)の機械(以下本件機械(一)という)と共に、同(二)の機械(以下本件機械(二)という)各一台を代金合計四九八一万〇三七五円(各代価は均等)で買受ける契約を締結したことは当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すれば、昭和四八年一月に、一審原、被告間に本件各機械の取引の話しが始まり、同月末頃各担当者段階での話合いがほぼまとまつたので、それぞれ社内の所要手続を経て、いずれも同年二月上旬に各社長決済をうけたこと、及び同月一五日頃一審被告から一審原告に対して、同日付の売買契約書が一審原告の記名押印を得るために交付され、その記名押印を経た上一審被告に返され、同月二二日頃一審被告の記名押印がなされてその作成交換が完了したことが認められ、この認定を左右すべき証拠はないところ、右事実によれば、右売買契約は昭和四八年二月一五日に成立したものとするのが相当である(この売買契約を本件売買契約という)。なお、前記売買代金が一審原告振出の約束手形一二通を以て完済されたことは当事者間に争いがない。
二本件売買契約の特質について
本件各機械が、日発実業株式会社(以下日発実業という)がアメリカから輸入してこれを一審被告に、一審被告が一審原告に、一審原告は第一通商株式会社(以下第一通商という)に、第一通商は最終需要者である青森ブロツク工業株式会社(以下青森ブロツクという)に、順次売渡されたものであることは当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すれば、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。
(一) 日発実業は、アメリカのゴマコ社製造にかかる建設機械の日本における独占販売権を有する商社であるところ、昭和四八年一月中旬頃、その代理店である第一通商を通じて青森ブロツクに対して、本件各機械を代金を長期の分割払いで売渡す旨の交渉を終えていたが、日発実業としては、売買代金が長期の分割払い手形で決済されるのでは、容易に資金化できないので、そのことの可能な短期の手形を得るため、かねて実績のある代理店の一審被告に対して、中間商社として右売買に介入することを依頼した。
(二) 一審被告はこれを承けて、同年一月下旬頃、一審原告に対し右取引につきさらに中間商社として介入する商談を持ちかけたところ、一審原告の積極的な応諾があつて、前記の如く同年二月一五日本件売買契約が成立した。その際、売買代金は、約束手形による一二回の分割払いとされたため、一審被告の日発実業に対する売買代金合計四二五〇万円に、その間の金利相当分を加算して、前記の如く合計四九八一万〇三七五円と定められた。
(三) そこで、一審原告もまた、右取引の趣旨に副つて、同年二月一七日第一通商との間に本件各機械の売買契約を締結し、ここでは売買代金が約束手形(青森ブロツク振出、第一通商裏書)による二四回の分割払いとされたため、一審原告の一審被告に対する右売買代金(実際上は五〇〇〇万円として計上)に、その間の金利相当分を加算して合計五五一二万一八三三円と定められた。
以上の事実によれば、本件売買契約にいわゆるつけ売買ないし金融商いと称せられるものに相当し、売買の形を借りてはいるものの、その実体は一審原、被告双方にとり、実質的な売買当事者の一方である日発実業に対する金融にほかならず、また他方の当事者である青森ブロツクに対する関係も結果的に金融を得させたのと同視される。蓋し、一審原、被告の資金そのものが、金利相当分を見返りとして、短期に代金の回収を欲する日発実業と、速やかに機械を欲する青森ブロツクの双方に満足を与えることになるからである。
ところで、このいわゆる金融商いにおいて、担保となるものはまさに商品にほかならないところ、現実には元売から最終需要者へ直納されるのが一般であるから、中間商社はその存在及び移転について確認ないし検収の労をとるべきは当然であり、いやしくもその疏漏によつて惹起される損害については、自らがこれを負担しなければならない。
三本件売買契約の解除に至る経緯について
<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。
(一) 昭和四八年二月一五日の本件売買契約締結当時、本件各機械は日発実業の大阪府高槻市の機械置場にあつた。ところが、これより先日発実業の東京支店長沼田実は同月八日青森ブロツクへ本件各機械を納入したとして、納品書を一審被告に交付した。しかし、実はそれ以前もそれ以後も、本件機械(二)に関する限り(本件機械(一)は同年三月末頃第一通商へ納入された)、日発実業はこれを展示会用として自己の手許にとどめおき、遂にいずれへも納入することはなかつた。一審被告は、翌九日本件各機械の未納入の事実を知らずに、一審原告に対し、請求明細書と納品書と共に物品受領書を交付し、日発実業の大阪の工場から青森に発送されたので、一審原告の方で確認をとつた上、物品受領書に捺印して返却されたい旨伝えた。
(二) 一審原告はこれを承けて、同月中頃本件取引担当社員亀山寿夫をして青森の第一通商へ赴かせたが、第一通商との間で前記売買契約を締結し、代金決済用の約束手形二四通を受領したものの、本件各機械については、むしろそれが未納入であることを確認した。
(三) それにもかかわらず、一審原告は、一審被告に対し、同月一九日前記物品受領書に会社印を押捺して交付し、本件各機械の納入確認を経た旨伝え、同時に売買代金の支払いのために約束手形一二通を振出した。ここにおいて、一審被告は、翌日日発実業に対し前記売買代金全額を支払うに至つた。
(四) 同年四月頃一審原告は、日発実業から実演会の知らせをうけ、同年五月二二日前記亀山をして青森ブロツクの工場附近の会場に赴かせたが、この際そこで作動していたのはGT六〇〇〇型二台で、そのうち一台は本件機械(一)であると確認したものの、本件機械(二)は依然未納で存在せず、日発実業の前記沼田からも、納入予定の日時すら確知し得なかつた。
(五) それにもかかわらず、再び一審原告は同年五月末頃から六月中旬頃にかけて、前記亀山を通じて一審被告に連絡をとり、本件各機械を再度確認したとして、本件機械(一)のみならず本件機械(二)についても、製造番号がMODEL PAV85 SERIAL72 PAV16であり、引渡場所が東京都渋谷区神宮前五―二九―七であり、そして引渡期日は昭和四八年五月二二日であると指示した。
(六) のみならず、一審原告は、その後同年一二月に日発実業が倒産し、その関連でその頃第一通商及び青森ブロツクが倒産するに至るまで、本件機械(二)が未納入であることを一度たりとも一審被告に告げたことはなく、むしろ売買代金の分割払いのための約束手形を同月末満期の第一一回分まで落し続けた。
(七) ところが昭和四九年一月に至り、一審原告は、一審被告に対し始めて本件機械(二)の未納入の事実を告げると共に、同月一六日到達の書面を以て、本件機械(二)について、右到達後五日以内にその引渡しをなすべく、引渡しのない場合には本件売買契約は当然解除となる旨の催告及び停止条件付契約解除の意思表示をするに及んだのである(この催告及び意思表示の点は当事者間に争いがない)。
以上の事実が認められ、<証拠>中右認定に牴触する部分(とりわけ、前記物品受領書へ一審原告が会社印を押捺したのは、一審被告の内部事情からの要請に応じたものとの点、亀山は一審被告に対し、昭和四八年二月には本件各機械の、同年五月には本件機械(二)の未納入である旨を告げたとの点、及び本件機械(二)の製造番号、引渡場所、引渡期日を指示したことはないとの点、並びに沼田は同年五月頃一審被告の社員島村と高宮から本件機械(二)の納入方催促をうけたような気がするとの点など)は、<証拠>に照らして措信し得ない。他に右認定を覆すべき証拠はない。
四本件売買契約解除の効力について
前項までに記載した認定にかかる事実および争いのない事実によれば、一審原告は、本件売買契約締結に当り、本件各機械の納入確認方を一審被告から依頼されてこれを承諾し、本件各機械の未納入の事実を確認しながら、このことを秘して物品受領書に捺印して交付することによつて、一審被告をして日発実業へ売買代金全額を支払わしめる起因を作出したこと、更に一審被告に対し、本件機械(二)については再度その未納入の事実を確認しながら、架空の製造番号、引渡場所、引渡期日を指示し、また割賦代金の大半を支払い続けるなどして、最後まで一度たりとも本件機械(二)の未納入の事実を告げなかつたどころか、むしろ積極的に納入済を確認したかの如き姿勢をとつてきたことが明らかであつて、今この未納入の事実を逆手にとつて、本件売買契約解除の理由とすることは、著しく信義に反する行為といわなければならない。
ただここで、次の二点については、更に言及する要があろう。即ち一つは、一審被告が自ら本件各機械の確認の措置をとらなかつた点であり、他の一つは、一審原告の経済的損害をどう考えるかという点である。
先ず前者の点について。一審被告は、この種商取引において、中間商社として最終需要者と直接の売買関係に立つ場合には、商品を自ら確認ないし検収するが、中間に更に商社が介入する場合には、これに確認方を依頼する方式をとつているところ、その理由は、後順位の商社の方が最終需要者に近く、これを超えて自ら商品を確認ないし検収することが商道徳上好ましくないとするにあることが、<証拠>によつて知ることができ、この種商取引における後順位商社や最終需要者の立場ないし利益を考慮するときは、この理はうけいれ易いものといわなければならないのみならず、もともと商品が元売から最終需要者へ直納されると共に、複数の中間商社を含む全関係者の一連の取引がほとんど同時になされることを通例とする以上、商品の発送については、元売に近い先順位商社が後順位商社のためにその照会確認の責めを負い(通常納品書の受領によつて尽くされる)、受領については、最終需要者に近い後順位商社が先順位商社のためにその照会確認の責めを負う(通常検収によつて尽くされる)べきであるとみることすら背理とはいえないであろうから、本件についても、一審被告が元売の日発実業からの納品書を受領して後順位商社である一審原告に呈示した上、一審原告に受領の確認方を依頼したとしても、このことを非難することは当を得ないというべきである。
たしかに、一審被告は日発実業の代理店でもあり、実質的売買当事者の一方である日発実業にはより近い立場にあるが、一審原告は、実質的売買当事者の他方である最終需要者の青森ブロツクに最も近い第一通商と直接取引したのであり、しかも第一通商と青森ブロツクとは、本件取引において一体的ともいえる程近密な関係にあつたことが知られる(<証拠>によれば、本店所在地は共に青森市であり、<証拠>によれば、本件取引当時第一通商の会長で代表取締役の今井弘次は、青森ブロツクの社長であつたことがそれぞれ認められ、しかも青森ブロツク振出、第一通商裏書の約束手形によつて、第一通商の一審原告への売買代金が支払われていることは先にみたとおりである)から、どちらが実質的当事者により近いかはたやすく断じ難い。また右の第一通商と青森ブロツクの右のような関係に徴して始めて、一審原告が先ず青森ブロツクならぬ第一通商へ確認方に赴いたことが肯かれるのであり、第一通商を一審原、被告と同列の中間商社とみるのは当を得ない。
次に後者の点について。成程<証拠>によれば、一審原告が、本件機械の売買代金については割賦金一一回分即ち代金総額の半分近くしか得ておらず、その段階で第一通商及び青森ブロツクの倒産にあつて、残代金の回収がほとんど不可能な状態にあることが認められるけれども、他方一審被告もまた、もし本件において一審原告の請求が認容されるにおいて、日発実業が既に倒産しているため、既払いにかかる売買代金の回収が不可能もしくは著しく困難であることが容易に推認されるのである。むしろそのような時期に一審原告が本件機械(二)の未納入の事実をあかして一審被告の責任追及に立ち現れたことこそ問題としなければならないのであつて、本件の場合においては、買主から売主へ、買主から売主へと、順次遡つて責任の追及をはかるのが常道であるとはたやすく言えない。
ひるがえつて、一審原告が、本件各機械とくに本件機械(二)について、未納入を確認したにもかかわらず納入済とし続けた所以は、<証拠>に徴すれば、当初は、第一通商から本件各機械の納入が四八年五月頃と聞かされていたのでやがて必ず入るという見込みを持つていたこと、第一通商との間に売買契約が成立し代金決済用の約束手形二四通の授受ができたこと、過去の別種取引において商品の納入より代金の支払いを先にした例が存在したことなどのために社内の空気もことの重大性の認識に欠けていたこと、更に同年五月以降は、ひとえに日発実業を信頼し、その倒産寸前まで本件機械(二)の納入されることを信じていたことなどにあつたことが窺知されるのであつて、先に述べたこの種つけ売買における最肝要事である商品、即ち本件各機械の存在及び移転についての確認の上で、拭い難い疏漏があつたといわざるを得ず、よつて惹起された損害については、自らこれを負担すべきものとするのが相当である。
以上諸般の事情を勘案すれば、一審原告による本件売買契約解除は、信義則に反し無効と断ぜざるを得ない。
五右の次第であるから、爾余の点の判断をまつまでもなく、一審原告の本訴請求は理由がないところ、これと異る判断のもとに、一部請求を認容した原判決はその部分に限り失当として取消し、該請求を棄却すべく、また一審原告の本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を各適用して、主文のとおり判決する。
(西村宏一 宮崎富哉 高野耕一)
別紙物件目録<省略>