東京高等裁判所 昭和51年(ネ)2878号 判決
二 (詐欺による振出行為の取消について)
1 次に、控訴人は、仮に本件手形の振出が有効であるとしても、本件手形は上述した訴外古川映司の虚言に控訴人が欺罔されて振り出したものであるから詐欺により右振出の意思表示を取り消した旨主張する。≪証拠≫を綜合すると、訴外古川映司は、昭和四八年一二月頃から翌四九年三月中頃までの間に、同訴外人とも金銭の貸借関係があり、また、被控訴人の金融業の手助や仲介をしていた訴外奥村好夫を介して、塗装業を経営するかたわら街の金融業もしていた被控訴人から手形割引の方法により合計約八〇〇万円の貸付を受けていたが、その貸付の方法としては、訴外古川振出の手形を交付するほかその保証として第三者振出の手形(同訴外人が不渡を出したことが判明した昭和四八年一二月末頃以降はもっぱら第三者振出の手形のみにより)を訴外奥村を通じて被控訴人に裏書譲渡することが行われていたこと、そして、第三者に手形を振り出させる方法としては、被控訴人の指示による訴外奥村からの教唆を受けた訴外古川において、同訴外人用の手形用紙等を用いて「見せ手形」で他に廻すことはない旨の虚言を弄して振出人を誤信させて手形を振り出させる手段が用いられ、控訴人(四枚)を含む同訴外人の知人等から約三〇枚以上にわたる手形を騙取したこと(なお、訴外古川は右による手形の詐取のほか原審相被告高水晴久等の名義で手形を偽造し、詐欺、有価証券偽造等の罪により有罪判決を受け、同判決は確定した。)、被控訴人が裏書譲渡を受けた第三者振出の手形は被控訴人において高利貸の訴外岩田靖方で割り引いて所要の手数料を控除後訴外奥村を通じて訴外古川に融資金として交付されていたこと、本件手形も右と同様の手段により上記一1で認定した事情のもとに控訴人が訴外古川の虚言に欺罔されて振り出したものであり、本件手形は振出当時振出人欄に控訴人の記名押印のみがなされその余はすべて白地のままであったところ、昭和四九年五、六月頃、被控訴人宅において被控訴人と訴外古川、同奥村らが相談のうえ、勝手に被控訴人方のチェックライターを使用して額面二〇〇万円と記載するほか、支払期日も遡って「昭和四九年五月二五日」と記載し、訴外古川、同奥村の各裏書がなされたものであることが認められる。≪証拠≫中右認定に反する部分はにわかに措信することはできず、他に右認定を覆すに足りる証拠は存しない。
2 右認定事実によれば、本件手形の振出は、訴外古川映司の詐欺によりなされたものであることは明らかであるところ、控訴人は、昭和四九年五月一六日頃控訴人方において被控訴人の代理人である訴外奥村好夫に対し、本件手形の振出行為につきその取消の意思表示をなした旨主張する。≪証拠≫によると、本件手形の支払期日前である昭和四九年五月一六日頃、被控訴人の指示により控訴人方を訪れ控訴人に対し本件手形の決済又はそれができない場合における書替手形の振出を求めた訴外奥村に対して、控訴人は本件手形が正規に振り出されたものでないことを理由としてそのいずれの方法によることもこれを拒否していることが認められるところ、前記認定の事実関係のもとにおいては、控訴人の訴外奥村に対してなした本件手形の決済等の拒絶の意思表示は振出行為の取消の意思表示として有効なものと解すべきである。
3 しかして、手形行為の詐欺による取消は、民法第九六条第一項、第三項により、当事者のほか悪意の第三取得者に対してその取消を対抗することができるものであるところ、本件手形の控訴人からの詐取は、前記認定のとおり、訴外古川からの手形割引による融資の申込に対し、被控訴人からの指示により訴外奥村が同古川を教唆してなさしめたものであるから、被控訴人においては本件手形の振出が訴外古川の詐欺によるものであることにつき悪意であったと認めるのが相当である。
三 以上の次第であるから、控訴人の詐欺の抗弁は理由があ<る。以下略>
(小林 鈴木 浦野)