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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)3049号 判決 1979年3月26日

控訴人(第一審被告) 霜越貞蔵

右訴訟代理人弁護士 竹原祇薫

被控訴人(第一審原告) 株式会社伊藤洋服店

右代表者代表取締役 伊藤清治

右訴訟代理人弁護士 伊賀満

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文と同旨の判決

二  被控訴人

「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決

第二当事者の主張

一  被控訴人の請求原因

1  被控訴人は、昭和四七年四月二二日控訴人との間で原判決別紙物件目録記載の大蔵省本庁舎ビル内店舗部分(以下本件店舗部分という。)について、控訴人を受任者として次の約定の下に洋服類の仕立・販売の営業委託を内容とする準委任契約を締結し、昭和四七年四月末日に本件店舗部分を控訴人に引渡した。

(一) 控訴人は本件店舗部分において被控訴人に代わり被控訴人の名において、被控訴人の責任と自らの計算において本委託の本旨に従い善良な管理者として本件店舗部分を使用して洋服類の仕立・販売をする。

(二) 期間は昭和四八年四月三〇日までの一年間とする。

(三) 控訴人は被控訴人代表者伊藤清治に対し、営業利益の如何にかかわらず、本件店舗部分を使用している間は、毎月末日限り手当として金五万円を支払う。

(四) 控訴人は、売上帳簿は常に整備し、被控訴人の要求があった場合にはいつでもこれを提示し、税務署に申告するについて支障が生じないようにしておく。

(五) 控訴人は、本契約による権利を第三者に譲渡し、転貸し、又は本件店舗部分を第三者をして使用させてはならない。

(六) 控訴人が本件委託契約に違反し、又は被控訴人の信用を害するような不信行為があったときは、被控訴人は本委託契約を何時でも解除できる。

2  本件契約は昭和四八年四月三〇日に期間満了したが、昭和四九年三月三一日まで更新され、さらに昭和五〇年三月三一日まで更新されたが、同日をもって本契約は期間満了となった。

3  また控訴人には次のとおりの不信行為があったので、被控訴人は控訴人に対し、昭和四九年一二月一三日付内容証明郵便、同五〇年一月一四日付内容証明郵便及び同五〇年三月二七日付書面で、本件契約を同五〇年三月三一日をもって解除する旨の意思表示をし、右各書面はそれぞれ各日付の翌日に控訴人に到達した。

(一) 控訴人は被控訴人に一〇〇万円の出資をしたから、これに相当する被控訴人の株券を交付せよとか、取締役に就任する約定を履行せよなどと虚構の言いがかりをつけた。

(二) 原判決別紙添付図面記載の(B)室に保管してあった被控訴人所有の洋服の裏地や釦類を持去り、被控訴人の借入れたことのない多額の借入金を計算書に計上している。

4  仮に本件契約が準委任でなく本件店舗部分の賃貸借であるとしても、本件契約当時被控訴人代表者がその郷里の相続財産の整理のため自己の営業を一時休止せざるを得なかったが、一年後には再開する予定があったので、その間一時的に控訴人に使用させたもので、一時使用の特約があった。それ故借家法の適用がなく、期間満了により賃貸借は終了している。

5  仮に本件契約が賃貸借であるとしても、本件店舗部分は、大蔵省共済組合が大蔵省勤務の人々のために設けた売店の一部、すなわち「ケース」にすぎず借家法一条にいう建物ではないから、同法の適用がなく、期間満了により賃貸借は終了している。

6  仮に本件契約に借家法の適用があり、又は本件契約が被控訴人と控訴人との共同事業を目的とする組合契約であるとしても、控訴人には前記3記載の不信行為があって、被控訴人との信頼関係が失なわれているから、被控訴人は本件契約を解除することができるところ、被控訴人は前記3記載のとおり右契約解除の意思表示をしたので、契約は終了している。

7  よって被控訴人は控訴人に対し、期間の満了又は解除による本件契約の終了に基づいて本件店舗部分の明渡を求める。

二  請求原因に対する控訴人の答弁

1  請求原因1の事実を否認する。控訴人は、被控訴人から本件店舗部分及び洋服の仕立・販売の営業権を一か月金五万円の賃料で賃借し、被控訴人の指揮監督を受けることなく右店舗部分を独立占有して営業しているものである。もっとも大蔵省共済組合、税務署等の関係では被控訴人の名義を使用しているが、経営の主体は控訴人にあることにかわりはない。それ故、控訴人の本件店舗部分の使用には借家法の適用があり、正当の理由がなければ期間満了による更新を拒絶できないものである。

仮りに本件契約が賃貸借でないとしても、右契約は、控訴人が金一〇〇万円を、被控訴人が本件店舗部分での営業権及び洋服生地等をそれぞれ出資し、被控訴人会社の名において洋服の仕立販売の共同事業を営むことを目的とした民法上の組合契約である。そして右組合契約をもって控訴人に業務の執行を委任したのであって、その期間についても定めはないのであるから、被控訴人は理由なく業務執行者である控訴人を解任したり、組合の解散を請求したりすることはできないものである。

2  請求原因2の事実を否認する。

3  請求原因3のうち、解除の意思表示があった事実及び(一)記載の主張をした事実は認めるが、その余の事実は否認する。被控訴人代表者は控訴人を将来会社の株主とし役員にすると言明していたものであって、控訴人が約束どおり実行するよう申し入れたことが不信行為とされるいわれはない。

4  請求原因4の事実を否認する。

5  請求原因5の主張は争う。

6  請求原因6の主張は争う。

三  控訴人の抗弁

1  控訴人は被控訴人代表者に対し、昭和五〇年三月三一日以降も約定の一か月金五万円を支払い、被控訴人代表者はこれを受領しているのであるから、被控訴人は解除の意思表示を黙示的に撤回した。

2  本件契約の更新拒絶ないし解除は、虚構の事実に基づいて控訴人を本件店舗部分から退去させ、新たに他の者に使用させようという意図によるものであって、被控訴人には有利であっても、控訴人にとっては職場を失う死活問題であり、権利の濫用にあたるから無効である。

四  抗弁に対する被控訴人の答弁

1  抗弁1のうち、被控訴人代表者が毎月五万円を受領した事実を認め、その余の事実を否認する。

2  抗弁2の事実を否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

被控訴人は、昭和三一年以来大蔵省共済組合本省支部から一年毎の契約に基づいて本件店舗部分における売店の経営の委託を受け、洋服類の仕立販売業を営んでいたが、代表者自身が高齢(現在八八歳)となるに従い自ら営業を担当することが困難となり、加えて右店舗で使用していた店員が昭和四六年中に死亡したなどの事情により、右営業を担当する者がなくなった。他方控訴人は店売ではなく外交販売を中心として洋服商を営んでいて店舗を必要としていたところから、被控訴人と控訴人とは、昭和四七年四月、本件店舗部分及び被控訴人の従前からの顧客関係等のいわゆる営業権(のれん)を賃貸借する契約を締結した。そして両者間では、将来の実績をみて控訴人を被控訴会社の役員とすることを含みとしていたが、右賃貸借契約の内容は、期間は昭和四八年四月までの一年、賃料は一か月五万円で毎月末日限りその翌月分を持参支払う、被控訴人の使用した残りの生地ほぼ六〇万円分を控訴人に譲渡するとともに、その生地代及び賃貸借の権利金として合計一〇〇万円を控訴人が被控訴人に支払う、控訴人は賃借権を第三者に譲渡転貸してはならず又第三者の使用に委ねてはならないとするものであった。しかし、大蔵省共済組合と被控訴人との間の売店経営委託契約においては、被控訴人は売店の経営の一部又は全部を第三者に譲渡し、又は請負わせてはならず、本件店舗部分の一部又は全部を第三者に利用させてはならないとの定めがあったので、大蔵省共済組合及び税務当局との関係では、控訴人を被控訴会社の従業員とすることとし、被控訴会社が受取る賃料を被控訴人代表者の手当とし、仕入や売上なども全て被控訴会社でしたものとして税の申告などをすることと約定し、又当初は契約書の作成さえも差し控えていたが、昭和四八年四月一年の期間を更新した後の同年七月には、「株式会社伊藤洋服店の設備品及び営業権の一時使用に関する契約書」なる契約書を作成した。控訴人は、大蔵省共済組合等との関係で被控訴人の名称を使用しているものの、店舗内の造作等を変更し、商品の価格を定め、生地等の材料を購入し、洋服の仕立を下請職人にさせるなどの経営上の事項の決定は、被控訴人の指揮監督などを受けずに独立しており、生地問屋その他の取引先も控訴人自身の営業であることを承知して取引に応じている。そして営業の損益は全て控訴人に帰属し、出資に応じた利益の分配、損益の分担等の組合契約特有の関係も認められない。本件店舗部分は、大蔵省本庁舎ビルの半地下一階にあって仕切りにより区切られた多数の売店のうちの一つであって単なる「ケース」ではなく、控訴人は、昭和四八年二月ころ被控訴人名義で大蔵省共済組合の承諾を得、合計五五万円あまりを投じて店舗の内装工事をし、古い陳列ケースをとりかえ、服地掛、姿見、応接セットをととのえるなどしたものであり、本件店舗部分は借家法一条にいう建物にあたるものと認められる。そして前述のとおり契約期間は一年であって、昭和四九年四月第二回の更新の結果昭和五〇年三月三一日までとされたものであるが、前述の契約書には一時使用として利用することを認めるとの記載はあるものの、契約当時被控訴人の側には期間満了後は自から営業する予定があるなどの一時使用とすべき合理的事情があったとは認められないから(被控訴人代表者は本件訴訟において孫に事業を継がせると供述しているが、《証拠省略》によると本件契約当時にはそのような予定がなかったことがうかがえる。)、借家法八条の一時使用目的の賃貸借であるとは認められない。

以上のとおり認められ(る。)《証拠判断省略》

右に認定したところによれば、本件契約は建物の賃貸借に顧客関係等のいわゆる営業権の賃貸借が附随したものと解されるから、後者の賃貸借の関係で、賃借人である控訴人が被控訴人の信用を傷つけ、被控訴人のいわゆる営業権が害される場合にこれを理由として契約を解除することができることは勿論であるが、その他の関係では建物の賃貸借として借家法の適用を受け、契約の更新を拒絶し、又は解約を申し入れるには賃貸人が自から使用する必要があるなどの正当の事由がなければならず(借家法一条の二)、また債務不履行がある場合でも当事者間の信頼関係を破壊しない特別の事情がある場合には、不履行を理由とする解除の効力は生じないものと解するのが相当である。

二  しかして、《証拠省略》によると、被控訴人は前述の更新後の期間満了(昭和五〇年三月三一日)に先立ち本件店舗部分を明渡すよう求めていたことが認められ、その趣旨は契約の更新を拒絶するものと解されるが、右書証その他の証拠をもってしても、借家法二条一項に定める期間満了前六月乃至一年内に更新を拒絶した事実を認めることはできないし、更新拒絶に自己使用その他の正当の事由があるという主張立証はなく、正当の事由を認めるべき証拠もない(当審において控訴人代表者は孫の伊藤眞知夫に事業を継がせると供述し、《証拠省略》によると、同人は数年前に教育大学を卒業して訴外樫山株式会社に入社し勤務していることが認められ、また《証拠省略》によると、控訴人代表者は昭和五〇年当時は訴外岩崎利昭を被控訴人の後継の担当者として予定していたことが認められるなどに照らすと、被控訴人代表者の計画の具体性に疑問が残り、自己使用の必要性があるとは認められない。)。

次に被控訴人主張の控訴人の不信行為の有無について検討すると、まず、控訴人が被控訴人に一〇〇万円を出資したから株券を交付せよとか取締役に就任する約束を履行せよと主張したことは、当事者間に争いがないところであるけれども、前記認定のとおり、当初本件の両当事者間では将来は控訴人を被控訴会社の役員につけることが含みとされていたのであり、また前述のとおり、大蔵省共済組合との関係では控訴人を被控訴人会社の内部の者としてとりつくろおうとするため、前記の一〇〇万円の趣旨を含めて契約関係を極めてあいまいなものとしていたことから、当事者間に誤解が生じ、前記の控訴人の主張が生じたものであり、このような主張をとりあげて控訴人の一方的な不信行為とみることは相当でないというべきである。さらに、被控訴人は控訴人が洋服の裏地等を無断で持ち去り、虚偽の借入金を計上したなどと主張するけれども、右主張にそう原審及び当審における被控訴人代表者の本人尋問の結果は措信できず、むしろ右尋問の結果によっても被控訴人主張の控訴人の不信行為は、いずれも被控訴人代表者の誤解であって、控訴人にはとりたてて不信行為としてその責任を追求すべき行為があるとは認め難い。以上検討したところによると、控訴人の不信行為を理由とする契約解除の主張も理由がなく採用し難い。

そうすると、控訴人が大蔵省共済組合との関係で本件店舗部分の適法な占有権原を有しているか否かは別として、被控訴人との間では賃貸借は未だ終了していないといわねばならないから、被控訴人の控訴人に対する本件店舗部分の明渡請求は理由がなく棄却を免れない。

三  よって右請求を認容した原判決は不当であるからこれを取消し、被控訴人の請求を棄却することとする。

訴訟費用の負担について民訴法九六条及び八九条を適用する。

(裁判長裁判官 渡辺忠之 裁判官 鈴木重信 浅生重機)

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