東京高等裁判所 昭和51年(ネ)819号 判決 1977年2月25日
控訴人
松田文雄
右訴訟代理人
安倍治夫
被控訴人
株式会社自動車工業新聞社
右代表者
中村幸男
被控訴人
中村幸男
右両名訴訟代理人
荻野陽三
外二名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実《省略》
理由
一当裁判所も控訴人の被控訴人らに対する本訴請求は失当としてこれを棄却すべきものと判断するものであつて、その理由は次のとおり付加、訂正するほか、原判決の理由説示一、二及び三の(一)(二)、と同一であるから、これをここに引用する。
1 原判決一〇枚目裏一行目に「全搬」とあるのを「全般」と訂正する。
2 原判決一〇枚目裏三、四行目の記載を次のとおり改める。
『これにあたつていたこと、ユーザーユニオンは事業活動の一環として関係官庁に対し種々の要望書等を発することがあり、その際の往復文書等において「ユーザーユニオン代表松田文雄」なる名義が用いられることもあつたが、昭和四六年二月当時には同団体の代表者として理事長(会長)がおかれており、法的には控訴人には同団体を代表する権限はなかつたことが認められる。』
3 原判決一四枚目裏七行目冒頭から同一五枚目裏六行目末尾までの記載を次のとおり改める。
「ところで、右文言は控訴人個人に関するものではなく、その余の見出し部分と併せ読めばユーザーユニオンなる団体に関するものであることが明らかであるところ、控訴人は、自らが形式的にも実質的にも同団体の代表者であり、またこれと一心同体、不即不離の関係にあるから、同団体の社会的評価を低下せしめる前記見出し部分は必然的に控訴人個人の名誉を毀損することになる旨主張する。よつて検討するに、控訴人が法的にはユーザーユニオンを代表する権限を有していなかつたことは先に認定したとおりであり、また、同団体は、法人格を有しないとはいえ、本件記事掲載当時会員多数を擁し、役員として社会的にも相当な地位にある者数名を理事に迎え、本部事務局には事務員一〇名近くが常時勤務して一応の規模、組織を有する団体として活動していたのであり、その中にあつて控訴人が日常の事業活動を統括する中心人物であつたことは事実であるとしても、内部的にも外部的にも、ユーザーユニオン即ち控訴人であると観念されるような実態があつたものとまでは到底認め難いが、控訴人が同団体創立当初から専務理事兼事務局長として実質的にその運営全般を統括するとともに、日常の事業活動においても先頭に立つてこれにあたり、官庁との往復文書等においてユーザーユニオン代表と表示されることもあつたことは先に認定したとおりであり、このような控訴人の同団体内における地位、立場を考えると、仮に同団体の社会的評価を低下せしめるような違法な中傷記事が掲載されたとすれば(特に前記文言自体は本件記事の他の部分と併せ読めば控訴人の運営方法に対する批判と密接に結びついているといえる。)、これによつて控訴人個人の名誉が毀損されるものとみる余地がないわけではない。これを前記見出し部分について具体的に考えてみるに、一般的に新聞の見出しは読者の関心を呼び起こすことを使命とし、記事導入の契機を作出するのを目的とするという認識は読者の間にほぼ定着していると考えられること、「疑惑に包まれた幽霊団体」という文言はそれ自体としては無内容で完結的な意味を有するものではなく、これに続く「元総務部次長がユーザーユニオンを糾弾」「公開質問状出す」という文言と併せ読むことによつて一定の意味づけを与えられるものであるが、これらを通読すれば、「ユーザーユニオンの元総務部次長が同団体を“疑惑に包まれた幽霊団体”と指弾して、公開質問状を出した」との趣旨に読みとることができること、見出し部分の末尾に「松田事務局長は質問状と真疑取材無視」という文言が付加されていることなどに照らして考えれば、本件記事の見出し部分において、被控訴新聞社がユーザーユニオンを「疑惑に包まれた幽霊団体」と断定したものとはにわかに断定し難い。
もつとも前記見出しは、一部読者が被控訴新聞社においてもユーザーユニオンを「疑惑に包まれた幽霊団体」と結論し、その見出しをつけて報道したものと読みとる余地なしとしない。
しかしながら本件記事中に転載されている公開質問状及び本文記事を読むと、控訴人はユーザーユニオンの事務局長として公開質問状において問題としている点、特にユーザーユニオンの総会またはこれに代るものの開催がないこと、各事業年度の財務諸表を会員に発表していないことについての被控訴新聞社の取材に何ら答えることなく、またサンケイ新聞社のこの点についての取材についても要点を外ずして答え、他の方法でこれを明らかにした事実も認められないことが記されており、<証拠>によれば右の経過は真実と認められる。
そして総会の開催と財務諸表を会員に発表することは団体として最も基本的な事項であり、殊にユーザーユニオンが前記の通り消費者のため諸々の活動をするという社会的使命を持つた団体であることを考えれば、これはより切実な問題であると言わなければならない。従つてその実施を明らかにしないため、ユーザーユニオンの内部の運営が独裁的に、会員に秘密に運ばれているとの印象を他に与え、被控訴新聞社がそう解釈したとしても、これには一応の根拠があつたものと言わざるを得ない。そればかりでなくそこに至るまでの経過を記事として本文中に載せ、更に前記公開質問状を発表した「元総務部次長は企業側のスパイの疑がある」旨の控訴人の談話やユーザーユニオンの会員二名の談話をも載せ、読者をしてユーザーユニオンをどのように見るか、批判の材料も提供しているのであつて、新聞の見出しが読者の関心を誘つて記事導入の契機を作ることを目的としていること、新聞の社会的使命及びユーザーユニオンの社会活動とを併せ考えると「幽霊団体」という言葉が名誉毀損のひびきを持つとしても、前記の見出しは新聞報道として違法性を欠くものと言うべきである。
以上の次第であつて、前記見出しが控訴人の名誉を毀損するものとは認め難い。
二よつて、控訴人の本訴請求をすべて棄却した原判決は相当であつて本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(室伏壮一郎 三井哲夫 河本誠之)