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東京高等裁判所 昭和51年(行ケ)121号 判決 1979年1月30日

原告 御木本製薬株式会社

被告 株式会社三香堂

主文

特許庁が、昭和五一年九月二四日、同庁昭和四五年審判第一一〇四九号事件についてした審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実および理由

第一当事者の求めた裁判

原告は、主文同旨の判決を求め、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二当事者間に争いのない事実

一  特許庁における手続の経緯

原告は、登録第八六〇〇〇〇号商標(以下「本件登録商標」という)の商標権者である。本件登録商標は別紙の構成からなり、指定商品を第四類「化粧品(薬剤に属するものを除く)、香料類」として昭和三九年九月八日登録出願され、昭和四五年六月一一日に登録された。被告は、昭和四五年一二月一九日、原告を被請求人として本件登録商標につき登録無効の審判を請求し、同年審判第一一〇四九号事件として審理されたが、昭和五一年九月二四日、「本件登録商標の登録を無効とする。」旨の審決があり、その謄本は、同月六日、原告に送達された。

二  審決理由の要点

(一)  本件登録商標が登録される前に既に次のような商標が登録されている(以下「各引用登録商標」という)。

登録第三九三一三四号商標は、「パール」の片仮名文字を縦書きして成り、旧第三類「香料及他類に属せざる化粧品」を指定商品とし、登録第三〇二四九一号ほか数件の商標と連合する商標として、昭和二四年一一月一九日に登録出願され、昭和二五年一〇月二四日に登録された。そして、これは、昭和四五年一〇月八日に商標権存続期間の更新登録がなされている。

登録第五三〇八一四号商標は、「PEARL」の欧文字を横書きして成り、旧第三類「香料及他類に属せざる化粧品」を指定商品とし、登録第三九三一三四号ほか数件の商標と連合する商標として、昭和三二年一〇月一八日に登録出願され、昭和三三年一二月六日に登録された。

(二)  そこで以下において、本件登録商標と各引用登録商標を比較する。

本件登録商標を構成する文字中、とりわけ片仮名文字で表示されている「ムーン」と「パール」の各文字は、別紙から明らかなごとく、かなりの間隔をもつて表示されており、視覚上、それぞれの文字の部分は分離して観察されるものといわざるを得ない。さらに、前半の「ムーン」の文字は「月」を意味する語として、後半の「パール」の文字は「真珠」を意味する語として、それぞれ広く一般に親しまれており、明確な観念を有するものであるのに対し、両者はこれを結合一体のものとして特別の語を形成するほど密接な関係はない。したがつて、「ムーン」「パール」の各文字は、個々別々に親しまれ、記憶される場合が多いものといわざるを得ない。以上のような事情から、本件登録商標は、簡易迅速を尊重する取引においては、前半の「ムーン」の文字から「ムーン」の称呼、「月」の観念をもつて取引されることがあると同時に、後半の「パール」の文字から生ずる「パール」の称呼、「真珠」の観念をもつて取引にあたる場合もしばしばあるものというのを相当とする。

他方、各引用登録商標は、前記のとおりの構成であるから、いずれも「パール」の称呼、「真珠」の観念を生ずることは明らかである。

してみれば、本件登録商標と各引用登録商標とは、「パール」の称呼、「真珠」の観念を共通にするものであり、称呼・観念において類似する商標である。また、両者の指定商品が同一又は類似のものであることは明らかである。

以上のごとく、本件登録商標は、商標法四条一項一一号の規定に違反して登録されたものであるから、その登録は、同法四六条一項の規定により無効とすべきである。

なお、請求人(出願人)は、「パール」の文字を含む二語から成る商標の登録例を挙げて本件登録商標が引用登録商標に類似しない旨を述べているが、それらの事例はいずれも本件とは事案を異にしており本件類否判断の基礎とはなし得ないから、その主張を採用することはできない。

第三争点

一  原告の主張(審決を取消すべき事由)

本件登録商標と各引用登録商標とは、称呼、観念上類似ではない。したがつてこれに反する誤つた判断にもとづき本件登録商標を無効とした審決は違法であつて取消されるべきである。その理由の詳細は次のとおりである。

本件登録商標は、次の理由により、「ムーンパール」と一連に称呼されるものであるから、審決のいうように、「ムーン」の称呼、「月」の観念、または「パール」の称呼、「真珠」の観念をもつて取引にあたる場合はありえない。

(一)  本件登録商標の欧文字の「MOON」と「PEARL」との間はごくわずかであり、欧文字のみをみた場合はそれぞれの文字が分離して観察されるのではなくて、むしろ一連に観察される構成をとつている。ただその下に表示された片仮名文字の「ムーン」と「パール」はかなりの間隔があるが、一般の取引者、需要者は、このような場合、下に表示された片仮名の表示は上に表示された欧文字の発音を記載したと受取るのが通常であるから、本件登録商標は全体としてみれば、視覚上分離して観察されることはない。

(二)  「ムーン」即ち「月」も「パール」即ち「真珠」も美しいものであり、女性的なやさしさ、やわらかさという感覚が同じであつて、その輝きにおいても似たものがある。また、古来より、真珠の成因が月に由来するという説があり、現代においても詩などにおいて、月と真珠は連想で結ばれることが多い。したがつて、「ムーン」と「パール」という語は、一連のものとして親しまれ記憶されるということができる。

(三)  原告は、本件登録商標の登録時から現在に至るまで、本件登録商標を化粧品に使用して、これを多数販売しているが、その販売にあたつては、すべて「ムーンパール」と一連に称呼してのみ取引が行なわれ、購買者も購入にあたつてはすべて「ムーンパール」と一連に称呼してのみこれを求めているのであつて、「ムーン」のみまたは特に「パール」のみの称呼観念をもつて取引されたことは一切ない。

(四)  本件登録商標のように欧文字の「PEARL」または片仮名文字の「パール」を含んだ結合商標で登録されているもの(例えば、「パールメート」、「Pearl Water」)が数多く存在する。このような登録の実態からすると、右のような結合商標は、全体を不可分一体のものとして把握されるのが取引界における経験則とみるべきである。

二  被告の答弁

原告の主張は次のとおり失当である。

(一)  原告の主張(一)について

本件登録商標は、審決で認定されているとおり分離して表示されていることは明らかである。

(二)  同(二)について

二つの語を結合した商標については、それが一体に結合して特別の観念を有する語を形成する場合に一連に称呼されるのであるが、本件登録商標においては、「ムーン」と「パール」が不可分一体に結合して充分熟した熟語を形成している訳ではないから、単に、「パール」と称呼され、「真珠」と観念される場合もあるといわなければならない。

(三)  同(三)について

原告は、自社の化粧品に、「MOON」と「PEARL」を二段に併記し、単に「ムーン」のみ、または「パール」のみの称呼観念が生ずる態様で使用しているから、原告の右主張は事実と反するものである。

(四)  同(四)について

「PEARL」、「パール」を含んだ商標が他に登録されているとしても、被告の商標の地位に何ら変動をもたらすものではない。

第四当裁判所の判断

一  本件登録商標は、別紙の構成からなるものであることは当事者間に争いがない。この構成によれば、本件登録商標の欧文字の「MOON」と「PEARL」との間隔はごくわずかであり、欧文字のみをみた場合には、右二つの単語は、一連に観察される構成をとつているということができる。ただその下に表示された片仮名文字の「ムーン」と「パール」の間には、間隔のあることが認められるが、一般の取引者、需要者は、このような場合、下に表示された片仮名の表示は、上に表示された欧文字の発音を記載したものと受取るのが通常であるから、本件登録商標は、全体としてみれば、一連のものとして観察されうるものである。更に、本件登録商標は、右二つの単語を結合した造語であるが、この造語自体に特別の観念はないとしても、ムーン、即ち月と、パール即ち真珠との間には、形状や、美しい輝き等の点で類似性があり、かつ、取引者、需要者に対する印象において特段の主従・軽重の関係はないということができ、しかも「ムーンパール」と一連に称呼しても、特に冗長にわたるわけではなく、殊更後半部の「パール」をもつて略称しなければならない必然性もない。してみれば、本件登録商標は、「ムーンパール」と一連に称呼するのがむしろ自然であり、いかに簡易、迅速を尊重する取引といえども、後半部の「パール」のみの称呼、「真珠」のみの観念をもつて取引にあたるということは例外であるといつてさしつかえない。

被告は、原告が、自社の化粧品に「MOON」と「PEARL」を二段に分離併記して使用していると主張するが、そのような使用は、本件登録商標の本来の使用といえないうえ、たとえそのように使用された事実があつたとしても、ともかく両者が併記されていれば「パール」、「PEARL」とは識別が可能であり、殊更後段の「パール」の称呼、「真珠」の観念で取引されるとは考えられないことは前記のとおりであるし、またそのような取引の事実の立証もない。なお証人中溝芳夫、同前川昇の証言によれば、原告の本件登録商標を付した商品の販売代理店として、「九州パール化粧品株式会社」、「四国パール化粧品株式会社」、「東海パール化粧品株式会社」、「札幌パール化粧品株式会社」等が存在していたことが認められるが、他方右両証人および証人小野里雅子の各証言によれば、本件登録商標を付した商品は、実際にはすべて、訪問販売形式で、「ムーンパール」と称呼されて販売されており、「パール」と略称されることはなかつたことが認められるから、前記名称の販売代理店が存在していた事実をもつて、本件登録商標につき、「パール」の称呼、「真珠」の観念をもつて取引されることの証左とすることは、とうていできない。

二  以上によれば、本件登録商標につき、「パール」の称呼、「真珠」の観念をもつて取引にあたる場合もあることのみを前提として、本件登録商標と各引用登録商標とが称呼、観念上類似とした審決の判断は誤りであり、この誤つた判断にもとづき本件登録商標を無効とした審決は違法であるから取消を免れない。

よつて原告の本訴請求を正当として認容することとし、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小堀勇 小笠原昭夫 石井彦壽)

別紙

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