大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和51年(行ケ)125号 判決

一 請求原因事実中、本願発明につき、出願から審決の成立にいたるまでの特許庁における手続の経緯、発明の要旨及び審決理由の要点は、当事者間に争いがない。

二 そこで、審決に原告主張の取消事由があるか否かについて検討する。

先願発明の要旨が審決認定のとおりであり、その明細書に実施態様として示された方法の添加物がクエン酸モノナトリウムであることは、原告の自認するところであり、本件の争点は、本願発明におけるクエン酸ナトリウムがクエン酸モノナトリウムを含むか否かのみに係つている。

ところで、成立に争いのない甲第四、第五号証、第一六号証の一ないし四、第一九号証の一ないし三、第二一号証の一ないし五、第二二号証の一、二、第二七号証の一ないし三、第三五号証の一ないし四(いずれも本願出願前に刊行された化学用語に関する文献。但し、第一九号証の一ないし三は「世界大百科事典」)を総合すると、本願出願当時、化学技術の分野においては、クエン酸ナトリウム(Sodium Citrate)の用語は、少くとも、一般には、クエン酸トリナトリウム(C6H5O7Na3正塩)という単一化合物を指し、クエン酸モノナトリウム(C6H7O7Na)やクエン酸ジナトリウム(C6H6O7Na2)とは異なるものとして用いられていたことが認められる。

もつとも、成立に争いのない甲第八号証の一、二によれば、「化学大辞典」(共立出版株式会社発行)の「くえんさんナトリウム」の項には、冒頭に「正塩のほかにクエン酸水素ナトリウム Na2HC6H5O7、NaH2C6H5O7が知られている。」との記載があり、その後の「性質」の説明中にはNa3C6H5O72H2O、Na3C6H5O75H2OのほかにNa2HC6H5O7・H2Oの小項目があることが認められ、これらからすると、「化学大辞典」においてはクエン酸ナトリウムをクエン酸モノナトリウム、クエン酸ジナトリウム及びクエン酸トリナトリウムの三種の化合物の総称として用いているものと考えられるが、他にこれと同様の用法を示している文献は証拠として提出されていないし、前記甲号各証とも対照すると、右の用法は極めて例外的なものであるとみるのが相当であるから、これをもつて前記一般的用法を否定することはできない。

また、成立に争いのない乙第二号証の二(「バイルシユタインス・ハンドブウフ・デル・オルガニツシエン・ヘミイ」)には、大項目「Salzerder Citronens〓ure」(クエン酸の塩類)の中に「Natriumcitrate」(クエン酸ナトリウム)の項目があつて、その中にクエン酸モノナトリウム、クエン酸ジナトリウム及びクエン酸トリナトリウムが掲載されているけれども、その「Natriumcitrate」は複数形(前出甲第八号証によれば、クエン酸ナトリウムのドイツ語名はNaturiumcitrat)であつて、クエン酸ナトリウム塩類とでも訳出すべきものであるから、右記載をもつて、クエン酸ナトリウムを右三種の化合物の総称として用いた事例とはなしえない。

その他前記認定を左右するに足りる証拠はない。

次に、成立に争いのない甲第二号証(本願の特許公報)によれば、審決も指摘するとおり、本願明細書には、クエン酸ナトリウムの用語について格別の規定は存しないが、反面、これをもつて、被告主張のように右三種の塩を任意に指すものと解すべき記載も見当らないのである。

そうだとすれば、結局、本願発明におけるクエン酸ナトリウムについては、その出願当時の一般的用法に従つて、クエン酸トリナトリウムを指すものと解するほかはないから、先願発明のクエン酸モノナトリウムを含むものとした審決の認定は誤りであるというべきである。

そして、審決は、右認定に基づいて、本願発明を先願発明と同一のものであるとし、特許を受けることができないとしたのであるから、その判断は違法であつて、取消を免れない。

三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容する。

〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

グリチルリチン酸塩を呈味成分とする調味料及び飲食品において、クエン酸ナトリウムをグリチルリチン酸塩の使用量に対して三〇%ないし五〇〇%の割合で添加することを特徴とするグリチルリチン酸塩の呈味性質を改良する方法

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!