東京高等裁判所 昭和51年(行ケ)133号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで審決の取消事由の存否について順次検討する。
1 取消事由1について
成立に争いのない甲第二号証、第三号証及び第七号証並びに当事者間に争いのない本願発明の要旨によれば、本願発明は、原告が主張するとおりの第一工程ないし第三工程の経時的結合を発明の構成要件に含むものであることは明らかである。また、成立に争いのない甲第五号証によると、引用例には、「焼結体に孔をつくる方法」との標題の下に、鉄粉末焼結軸受に給油孔をつくる方法として、焼結材粉末中に薄肉の銅管を埋め込んだ成形体をつくり、それを銅の融点以上の温度で焼結することによつて、銅を融解させ、鉄粉粒子間に浸潤させて、その薄肉銅管の跡に空洞をつくる方法及び焼結材粉末(具体的には炭化チタン粉末を主成分とする。)中にカドミウム線を何本も埋め込んだガスタービン翼型の成形体をつくり、それを高温で焼結し、カドミウム線を蒸発させ、その跡に通孔を形成する方法が記載されていることが認められる。
ところで、審決は、「焼結体に細い孔を通す場合、揮発性の金属あるいは焼結体中に溶浸させるような金属の細線薄肉の管などを圧粉の際埋め込んで焼結を行なうこと」(このこと自体すでに製造の工程を示すものである。)は、引用例からも明らかなとおり本願の出願前に公知であるとし、次いで、本願発明と引用例の方法とを比較し、本願発明が焼結を行なうに当り、線材を多数平行に一定間隔で粉末中に埋設するとその手段を限定した点において、引用例の記載との間に差異があるとし、かつ、その差異は、引用例ないし公知の技術から容易に推考できる程度のことであるとしたうえで、本願発明の進歩性を否定したものであることは、当事者間に争いのない請求の原因三の項の事実から明らかである。
そうだとすると、本願発明が、前記のとおり具体的な三工程からなる方法の発明であることにかんがみると、本願発明の進歩性を否定した審決の理由の説示は、簡に過ぎないではないが、審決が、焼結フイルターの製造方法に関する本願発明の構成について判断しているものであることは明らかであり、本願発明を物(焼結フイルター)についての発明であるかのように誤認し、本願発明を構成する工程に関する経時的関係について判断を遺脱しているものとはいえないから、原告のこの点についての主張は採用できない。
2 取消事由2について
(一) 構成上の差異
本願発明は、請求の原因三の項に記載のとおり三つの工程からなるものである。
これに対し、引用例には、前記のような記載があることからすると、引用例は、ガスタービン翼材のような細長い物体に細孔が貫通している焼結体を製造するには、銅線のような比較的融点の低い金属線又はカドミウム線のような比較的蒸発しやすい金属線を焼結材粉末中に埋め込んだ成形体をつくり、それを焼結させるときに、低融点の金属線を融解させて周囲の焼結材粉末中に浸潤させるか又は蒸発しやすい金属線を蒸発させることによつて、これらの金属線の跡に焼結体の長さ方向に貫通した所定の空洞ないし細孔を形成する技術を示唆しているものと解することができる。
この点について、審決は、焼結体の通孔を形成する部材の形状及び数によつて通孔の形と数がきまることは明らかであるから、その目的に応じて必要とする数の通孔を本願発明のように平行な直線とすることは適宜にしうる程度のことである旨説示し、被告も同趣旨の主張をする。そして、本願発明を、焼結体の長さ方向に通孔を有する柱状体の製造方法とみれば、引用例の記載から本願発明の構成を採用することは一見容易であるやに解せられないではない。
しかし、本願発明はフイルターの製造を目的としたその製造方法の発明であつて、その手段方法において比較的近似するのは、前記のとおり引用例に記載の技術のうちタービン翼に関する部分である(なお、焼結体の中につくられる比較的大きな空洞に係る記載部分については、この点についての原告主張のとおりと解される。)ところ、本願発明における線材の前記配列方法は、フイルターの製造に関するものであつて、その技術が異なる特定の分野に限定されることが明らかであるから、引用例における前記のような記載から、本願発明の構成が示唆されているものとすることは相当ではない。
(二) 本願発明の効果
前掲甲第二号証、第三号証及び第七号証によれば、従来のフイルターが焼結材粉体の間隙を流体の通路としているのに対し、本願発明の方法の実施品においては、金属線の浸潤又は蒸発した跡である線状の細孔を流体の通路とするものであるから、従来のフイルターとほぼ同様の濾過効率を収めようとする以上、その細孔の直径は、焼結材粉末の間隙に相当する微細なものであり、かつ、その数も焼結材粉末の間隙の数に相当する極めて多数のものとする必要があり、しかも、細孔が微細であればある程、細孔の密度(単位面積当りの数)も大であることを必要とする。そして、焼結材粉末を柱状体に成形した後に、その長さ方向に微細な通孔を設けることは極めて困難であることを考えると、線状の細孔の形成手段として本願発明の方法によるときは、右に相当する多数の微細かつ平行な所望の貫通した細孔を形成することができ、これは格別顕著な効果というべきものである。更に、前掲証拠によると、本願発明は、その外に、従来の焼結材粉体の間隙を流体の通路とするフイルターよりも、細孔の直径及びその分布を制御しやすいこと、製品の濾過性能が均一であること、製品の機械的強度が大であること、製品単価も低廉であること等の効果を奏するものであることが認められる。そして、これらの効果は、フイルターに特有のものであり、また、成立に争いのない甲第九号証によれば、濾過孔である通孔が濾過される流体の流れの方向に沿つていることは、フイルターとしての理想的な構造により近いものであることが認められる。
したがつて、本願発明を単に微細な通孔を有する柱状体の製法にとどまらず、フイルターの製法として評価すると、引用例に記載のものからは予測することができない顕著な効果を奏するものであるというべきものである。
(三) 以上(一)及び(二)に述べたところを併せ考えると、本願発明は、審決挙示の引用例ないし公知の技術から容易に想到できるものではないとするのが相当であり、したがつて、審決の判断は、その余の点について判断するまでもなく結局誤つたものというべきである。
三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
(1) 金属、セラミツクス等の焼結材粉末を用いて互いに平行かつ一定間隔を隔てた多数の直線状の細孔を有する焼結フイルターを製造する方法において、前記焼結材粉末の焼結温度又はこれより低い温度で溶融又は燃焼する材質よりなる線材を多数平行かつ一定間隔を隔てて配列すると共に張力を与えて緊張せしめる工程と、該線材の緊張を維持しつつ該線材の周囲に該焼結材粉末を充填して、前記線材の少なくとも主要部を該焼結材粉末中に埋設せしめた成形体を形成する工程と、該成形体を焼成して線材を燃焼又は溶融せしめて除去することにより焼結体中に、多数の線状の細孔を形成せしめることを特徴とする焼結フイルターの製造方法。
(2) 金属、セラミツクス等の焼結材粉末を用いて互いに平行かつ一定間隔を隔てた多数の直線状の細孔を有する焼結フイルターを製造する方法において、前記焼結材粉末より融点が低く、かつ焼結材に濡れる性質を有する金属よりなる線材を多数平行かつ一定間隔を隔てて配列すると共に張力を与えて緊張せしめる工程と、該線材の緊張を維持しつつ該線材の周囲に該焼結材粉末を充填して前記線材の少なくとも主要部を該焼結材粉末中に埋設せしめた成形体を形成する工程と、該成形体を前記線材を構成する金属の融点より高い温度で焼成して該線材を構成する金属を焼結材粉末の空隙に溶浸させることにより該焼結材粉末のネツトワーク中の空隙を埋め、得られる焼結体中に焼結材粉末のネツトワーク中の空隙を溶浸金属で埋めた壁面を有する多数の線状の細孔を形成せしめることを特徴とする焼結フイルターの製造方法。