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東京高等裁判所 昭和51年(行ケ)5号 判決 1978年1月25日

原告

カーステン・ソルハイム

右訴訟代理人

ウオーレン・ジー・シミオール

右訴訟復代理人

大塚竜司

江副達也

被告

特許庁長官

熊谷善二

右指定代理人

徳田啓

桜井常洋

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

この判決に対する上告期間につき、附加期間を九〇日とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判<省略>

第二  原告の請求原因

一  特許庁における手続

原告は、片仮名で「ピン」と左横書してなる商標(別紙参照。以下、「本願商標」という。)につき、商標法施行令第一条別表第二四類ゴルフ用具(後に、ゴルフクラブと補正。)を指定商品として、昭和四二年九月五日商標登録の出願をしたところ、昭和四七年六月二三日拒絶査定を受けたので、同年一一月四日審判の請求をし、特許庁昭和四七年審判第七八四五号事件として審理されたが、昭和五〇年八月一三日右審判請求は成り立たない旨の審決があり、その審決謄本は同年九月二二日原告に送達された(なお、請求人たる原告のため出訴期間として三か月が附加された。)。

二  本件審決の理由

本願商標の構成及びその指定商品は前項掲記のとおりである。

本願商標を構成する「ピン」の文字は、ゴルフ用具の取引者及びゴルフ愛好者の間において、ゴルフ場におけるグリーン上のホールの位置を示すために旗もしくはこれに類する物をつけてホールの中心に直立するように立てる標識棒、及び一般家庭の庭もしくは空地等におけるゴルフ練習用として簡易に使用できるようにしたホールカツプ(地中に埋込む円筒)と組合わせた小型の標識棒を表わすものとして使用されているところである。そして、これらのゴルフ用標識棒は、ゴルフに専用される器具であり、ゴルフ用具の販売店舗において販売されているのが実情であるから、商標法施行令第一条別表第二四類の「ゴルフ用具」に包含される商品と認めるのが相当である。

したがつて、ゴルフ用標識棒を表わす「ピン」の文字からなる本願商標を、その指定商品である「ゴルフクラブ」に使用した場合、これに接する取引者、需要者をして、当該商品があたかもゴルフ用標識棒であるかのように商品の品質につき誤認を生ぜしめるおそれがあるといわざるをえない。

よつて、本願商標は、商標法第四条第一項第一六号に該当するから、登録を受けることができない。

三  本件審決の取消事由

本件審決の理由中、「ピン」の語がゴルフ用具の取引者及びゴルフ愛好者の間においてゴルフ用標識棒を表わすものとして使用されていることは認めるが、その余の認定及び判断は争う。

本願商標「ピン」は、これを指定標品であるゴルフクラブに使用しても、取引者、需要者に対し当該商品がゴルフ用標識棒(ピン)であるかのように誤認させるおそれは全くない。すなわち、

1  ゴルフ用標識棒は、通常ゴルフ場、ゴルフ練習場の経営者が購入して設置する備品(コース用具ないし管理用具)であつて、ゴルフクラブのように一般のゴルフアーが購入して使用するものではなく、運動具店やゴルフ用品店では取扱われていないものであり、また、その製造販売業者もゴルフクラブその他のゴルフ用具の製造販売業者と異なつている。したがつて、ゴルフ用標識棒とゴルフクラブとは、用途が異なり、取引者、需要者が全く異なつている。

2  ゴルフクラブは、ゴルフ用標識棒と比較して高価な商品であつて、最終需要者であるゴルフアーがそれぞれの好みや体力、技倆に合わせて選択し、購入するものであり、取引者、需要者が直接現物を確認したうえ取引をするのが実際の態様であるから、ゴルフクラブをゴルフ用標識棒と誤認混同することは起りえない。

3  原告は、昭和四六年四月以降日本国内で、商品であるゴルフクラブに本願商標「ピン」を使用し、大規模に広告、宣伝して販売しており、ゴルフ関係の新聞、雑誌等にも「ピン」のゴルフクラブとして度々紹介されているところから、本願商標「ピン」は原告の商品であるゴルフクラブについて取引者、需要者の間で広く認識されるに至つている。

したがつて、本願商標「ピン」は、これを指定商品であるゴルフクラブに使用しても、商品の誤認を生ずるおそれがないにもかかわらず、これにつき商品の品質の誤認を生ずるおそれがあるから登録すべきでないとした本件審決の判断は誤りであつて、違法として取消されるべきである。

第三  被告の答弁<省略>

第四  証拠関係<省略>

理由

一請求原因一、二の事実、すなわち、本願商標について、その構成、指定商品及び登録出願から本件審決の成立に至るまでの特許庁における手続の経緯並びに本件審決の理由に関する事実は当事者間に争いがない。

二そこで、原告が請求原因三において主張する本件審決の取消事由の存否につき判断する。

1  「ピン」の語がゴルフ用具の取引者及びゴルフ愛好者の間においてゴルフ用標識棒を表わすものとして使用されていることは当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すると、ゴルフ用標識棒(ピン)は、ゴルフクラブ、ゴルフボール等と異なり、主としてゴルフ場、ゴルフ練習場に設置される備品であり、最終需要者の多くはゴルフ場、ゴルフ練習場の経営者ないし管理者であるけれども、ゴルフクラブ、ゴルフボール等のゴルフ用具の製造販売業者もこれを製造販売している場合があり、ゴルフ用具の小売販売をしている運動具店や百貨店においても現実に取扱われており、とりわけ、練習用の小型標識棒については、これらの小売販売店から購入して使用するゴルフアーも少なくないこと、また、ゴルフ場、ゴルフ練習場の経営者ないし管理者がゴルフ用標識棒及びゴルフクラブを共に様々な態様で講入、入手するのはいうまでもないことが認められる。してみると、ゴルフ用標識棒とゴルフクラブとは、それぞれの取引者、需要者が重複しており、原告の主張するように、両者が取引者、需要者を全く異にしているといえないことは明らかである。

2  一般のゴルフアーがゴルフクラブを購入する際、直接現物を見て取引をする場合が多いことは当事者間に争いがないけれども、ゴルフクラブについて、生産者から最終需要者に至るまでの流通過程における全取引がそれぞれその場で現物を確認して即時になされるものであるとは認定し難い。すなわち、ゴルフクラブは、原告の主張するように比較的高価であり、製法、材質、構造等によりそれぞれ特徴を有しているものとしても、それが美術品、宝石等にも比すべき価格や個別性を常に備えているとは限らず、一定の規格に基いた大量生産及び大量取引の対象となりうるものであることは顕著な事実であり、ゴルフクラブの現実の取引態様が他のゴルフ用具やゴルフ用標識棒と全く異なつた特殊なものであることを認めるに足る的確な証拠はない。したがつて、現実の取引態様からみておよそゴルフクラブとゴルフ用標識棒とが誤認混同されることは起りえないとする原告の主張は採用することができない。

3  <証拠>を総合すると、原告が経営するピン・ゴルフクラブ・カーステン社(アメリカ合衆国所在)の製造販売にかかるゴルフクラブは、昭和四六年四月頃以来日本国内においても販売されるようになり、その広告、宣伝もかなり大規模にされるにいたつているところ、右商品であるゴルフクラブ自体にはすべて「PING」の英文字からなる商標が刻印されていて、「ピン」の片仮名からなる本願商標が刻印されたものはなく、また、広告、宣伝においても、右ゴルフクラブにつき「ピンクラブ」、「ピンパター」或いは「ピンの(ゴルフ)クラブ」と表示されているものがあるけれども、その多くが「PING」なる商標またはこれが刻印されたゴルフクラブの写真とともに掲載されていて、本願商標「ピン」が単独で右ゴルフクラブの商標として直接使用されている例は少ないため、「ピン」の表示部分は、前記会社の略称または商標である「PING」の発音を表記したものとみられる場合が多いことを認定することができる。

右認定事実に照し考究すると、前記会社の略称または商標である「PING」はゴルフクラブの取引者、需要者の間において相当広く知られるに至つており、これを称呼する場合は「ピン」と発音するところから、本願商標「ピン」も、少なくとも称呼上は、ゴルフクラブの取引者、需要者の間で、その限度において商品の出所を表示する機能を果しているものといつても妨げがないであろうが、他面、前示のとおり、ゴルフ用具の取引者、需要者の間においては、「ピン」の語がゴルフ用標識棒を表わす言葉としてきわめて広く使用されている以上、「ピン」の文字からなる本願商標は、これに接する者にゴルフ用標識棒(ピン)を想起させるものといわざるをえず、また、ゴルフクラブとゴルフ用標識棒とはその取引者、需要者において重複しているため、本願商標「ピン」をその指定商品であるゴルフクラブに使用するときは、取引者、需要者をして当該商品がゴルフ用標識棒(ピン)であるかのごとく直感させ、商品の品質につき誤認を生ぜしめるおそれがあることは否定しえないところである。

したがつて、本願商標につき品質の誤認を生ずるおそれがない旨の原告の主張は理由がなく、本件審決の結論は正当というべきである。

三<省略>

(荒木秀一 橋本攻 永井紀昭)

<別紙>

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