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東京高等裁判所 昭和51年(行ケ)78号 判決

一 請求原因一ないし同三の事実は当事者間に争いがない。

二 そこで、原告の主張する取消事由の有無について検討する。

1 原告は、第二引用例の記載から本願発明における流出因子の具体的条件の規定に想到することは容易にできることではないと主張する。

成立に争いのない甲第二号証によれば、本願発明の特許公報第七欄二五行~第八欄一行には、「エポキシ樹脂粉末の検体を……小円盤ないしウエーハー形に圧縮する。次いで、このウエーハーを……平たい鋼パネル上に置く。該パネルは一五〇度Cであり、かつ、一五〇度Cに保たれた炉中に置かれている。このパネルは、水平に六〇度の角度で傾斜させられている。……パネルに沿つて流下する樹脂が流動のやむ点に到達するまで炉中に加熱する。次いで、ウエーハーの頂部から流出した部分の低部端までの距離を測定する。この距離が流出(flow out)因子である。こうした条件下において最低三八mmから約一二七mmに至る流出因子、好適には、最低四八mmないし約六三mmを示すエポキシ樹脂生成物は、流動床方法を使用した加熱工作物品上に本質的に均一な連続した変性エポキシ樹脂被覆を与えることを見いだした。」との記載があるから、これによれば、本願発明における流出因子の値は実験によつてその数値を決定したものであると認められる。

ところで、エポキシ樹脂の性質は、温度が高ければ流動し易く、温度が低ければ流動し難いものであるから、本願発明の明細書に記載の流出因子測定法と同じ操作を一五〇度Cとは異なる温度で実施すれば、樹脂が流出する距離は異なつたであろうと考えられる。そして、本願発明において、流出因子を定めるための温度を一五〇度Cに限定しているのは、その実施例(例えば、前掲甲第二号証第六欄二六行~三四行、第一〇欄四三行~第一一欄一行)に徴すれば、その場合、温度を一五〇度Cとして本願発明の樹脂粉末を使用し流動化床被覆法を実施したからにほかならないと認められ、他にこれを必然的に一五〇度Cにすべきものと解しうる記載は、右明細書には見当らない。

そうすれば、右流動化床被覆法の実施温度が変れば、その流出因子の最適値は、それに応じて異なるものになることは当然であるから、その温度における流出因子の最適値はまた実験によつて決定しなければならないものと解される。要するに、本願発明の樹脂粉末を使用して流動化床被覆法を実施するときには、その実施温度毎に、樹脂の適切な軟化溶融の程度(流れの程度すなわち流出因子)を実験的に決定することが必要であり、しかも、本願発明は、流出因子の上限のみを限定しているに過ぎないものである。換言すれば、本願発明は、右流動化床被覆法を実施するときの温度を決定するに当つても、その上限の温度を見出せば足りるということであり、結局具体的には、樹脂があまり流れ易い温度を避けるということを示しているに過ぎない。

他方、成立に争いのない甲第四号証によれば、第二引用例第三頁には、エポキシ樹脂と無水フタル酸硬化剤とから形成された樹脂粉末を流動化床被覆法で被覆する際の被塗布体の温度と付着程度が記載されていて(この記載があることは当事者間に争いがない。)、樹脂の軟化溶融の程度を検討しながら流動化床被覆法を行なう最適温度を決定することが示されているのであるから、本願発明における流出因子の限定は第二引用例の記載から当業者が容易に想到しうる程度のことと認めるのが相当である。この点についての原告の主張は理由がない。

2(一) 原告は、本願発明と第一引用例のものとでは発明の目的を異にするから、本願発明の単なる混合状態の樹脂粉末を同引用例から推考することは容易でないと主張する。

第一引用例の記載が溶射用エポキシ樹脂粉末の製造方法についてのものであることは当事者間に争いがなく、他方、本願発明においては、その樹脂粉末を流動化床被覆法に用いるものであることが、その特許請求の範囲の項に記載されているが、この樹脂粉末を溶射被覆法に使用する旨の明示の記載は存しない。

しかしながら、前掲甲第四号証(第二引用例)第一頁左欄の記載によれば、流動浸漬法(本願発明でいう流動化床被覆法)は、無溶剤塗布法の一方法として溶射被覆法に続いて実用化された技術であり、それに使用される樹脂粉末は加熱により融着する樹脂粉末である点において溶射被覆法に使用する樹脂粉末と差異はないことが認められる。

その上、本願発明の明細書の記載においては、本願発明の樹脂粉末の用途が流動化床被覆法のみに限定される旨の記載は存しないのであるから、本願発明の樹脂粉末の用途には溶射被覆法も包含されるものと解される。

したがつて、本願発明と第一引用例のものとには、原告が主張するような相違は存しないのであつて、この点に関する原告の主張は理由がない。

(二) 原告は、本願発明の樹脂粉末はエポキシ樹脂と硬化剤とを単に混合したのみの、単なる混合状態に在るものであるから、これを第一引用例の記載から容易に推考することはできないと主張する。

成立に争いのない甲第三号証によれば、第一引用例には、特許請求の範囲の項に、「エポキシ樹脂に硬化促進作用を有するアミン化合物を添加し、溶剤を用いることなく加熱混合し半硬化の状態となし、これを冷却後粉砕することを特徴とする溶射用エポキシ系樹脂粉末の製造方法」と記載されているから、その樹脂粉末は半硬化の状態に在ることが明らかであり、ここに「半硬化の状態」というのは、同号証の「発明の詳細な説明」の項に、「……よく攪拌混合して、五〇~一五〇度Cに五分ないし二〇分加熱する。かくすると、エポキシ樹脂の硬化が進み、半硬化の状態となる。……。この際、加熱時間が短いとエポキシ樹脂とメラミン樹脂との反応が少な過ぎて適当なる熱硬化性のものとならず、また加熱時間が長過ぎるとこの両者が反応し過ぎて溶射により溶融しなくなる。要は、鎖状結合から網状あるいは立体結合へ適度に移行したものが望ましい。反応が適当に進んだものだと、溶射時の加熱のみですべて網状あるいは立体結合を有するもののみとなり、溶射後直ちに硬化する。」(第一頁右欄四行~一九行)との記載があるから、エポキシ樹脂が、硬化剤と共に鎖状結合から完全な網状あるいは立体結合(完全な硬化状態)にまで進行する過程のうちで、五〇~一五〇度Cの温度で、五~二〇分加熱混合されたときの硬化反応状態をいうものと解される。

これに対し、本願発明の樹脂粉末は、「混合物を半硬化状態……に変えることなしに……混合する」というのであるが、

(1) 当事者間に争いのない本願発明の要旨には、添加する硬化剤につき、特に「いわゆる潜在的硬化剤のうち、その硬化作用を促進する促進剤と接触するとき六〇度C以下の温度においても硬化を進行させる硬化剤を除く。」とされていること

(2) 前掲甲第二号証中、本願発明の実施例1の「エポキシ樹脂(商品名「エポン一〇〇一」)、無水クロレンド酸、ジメチルジオクタデシルアンモニウムベントナイトの成分を、約六六度Cに加熱されているラバー・ミル上で約六分間、半流動化した混合体にまで磨砕」する旨の記載

(3) 前記実施例1の原料であるエポキシ樹脂(「エポン一〇〇一」)について、成立に争いのない乙第一号証中の「エピコート一〇〇一(エポン一〇〇一と同じ。)は二五~三〇度C以上の温度で焼結することになる」、成立に争いのない乙第二号証中の「エポン一〇〇一は室温より僅かに高い温度で融解し……」との記載

(4) 右原料及び硬化剤を前記方法で混合加熱して製造した樹脂粉末につき、前掲甲第二号証中の「少なくとも三週間、約六〇度C程度の高温に耐えうる。」(第六欄一八、一九行)との記載 によれば、ここにいう「半硬化状態に変えることなしに」とは、エポキシ樹脂が硬化剤と共に混合加熱処理を受けて、当初の鎖状結合から完全な硬化状態にまで硬化反応が進行する過程のうち、約六六度Cの温度で約六分間混合加熱されたときの硬化反応状態にいたるまでの状態を含む趣旨のものと解せられる。

この点について、原告は、乙第一号証及び第二号証の前示各記載が過大な表現になつていると主張し、成立に争いのない甲第九号証を提出しているが、同号証においても、「エポン一〇〇一樹脂は、もし二五~三〇度Cよりも若干高く、六〇度Cよりも低い温度に短時間加熱された場合、……相互に融解し合いません。」と、「若干」「短時間」の限定を付して記載されているにとどまるものであるから、これをもつて直ちに乙第一号証及び第二号証の右記載が過大な表現となつているものとまでは断定しえないし、その上、エポン一〇〇一樹脂が実施例1の、約六六度Cの温度で約六分間の混合加熱処理を受けてもなお何らの硬化反応を生じないという記載は存しないから、この甲第九号証をもつて前記認定を覆すことはできない。

もつとも、右甲第九号証には、「もし六〇~七〇度Cに加熱された場合、樹脂は溶融するが、検知しうる程度の反応は起りません。」との記載もあるが、この記載は、同号証の他の記載部分から明らかなように、エポン一〇〇一単独の場合について述べているに過ぎないものであり、本願発明の実施例1のように硬化剤(無水クロレンド酸)との混合物となつている場合について述べているものではないから、この記載があるからといつて前示認定を妨げるものではない。

また、原告は、甲第六号証を挙げて、前記硬化反応の生じていないことは明らかであるというが、成立に争いのない甲第六号証によれば、その実験結果は、アセトンによるソツクスレー抽出器を使用して二四時間もの長時間に亘る測定値を示したものであることが認められ、かかる抽出方法を行えば、完全な不溶性成分以外の成分(硬化反応はすでに生じているが実施例1の程度に未だ完全な硬化状態にまでは至つていない成分はこれに含まれる。)は、すべて溶解、抽出されてしまうであろうと考えられるので(成立に争いのない乙第三号証第五頁右欄一行~五行及び同乙第四号証第四頁二行~三行)、これをもつて前記認定を覆すことはできない。

そうすれば、本願発明の樹脂粉末が、エポキシ樹脂と硬化剤との「混合物を半硬化状態……に変えることなしに……混合し」たものであることと、第一引用例の樹脂粉末がエポキシ樹脂に硬化剤を添加し「半硬化の状態となし」たものであることとの間には、両者が共に、鎖状結合の状態にあるエポキシ樹脂が硬化剤と共に混合加熱されて硬化反応を生じ、完全な硬化状態(完全な網状或いは立体結合)にまで進行する過程のうちの中間段階に在るものである点において差異はないというべきである。

そして、両者の右中間段階の状態を見ると、前掲甲第三号証によれば、第一引用例の樹脂粉末は、例えばエポキシ樹脂を原料として使用し、五〇~一五〇度Cの温度で五~二〇分混合加熱したものを、冷却後粉砕したものであり、硬化剤としてはメラミン樹脂のほかジシアンジアミド、ジエチレンアミン、尿素樹脂等をも使用するものであることが認められ、他方、本願発明の樹脂粉末は、前掲甲第二号証によれば、原料としては第一引用例のものと同じエポキシ樹脂を使用し、硬化剤としても第一引用例のものと同じジシアンジアミド(その他、イソフタリルジヒドラジツドジアミノジフエニルスルホン、無水ピロメリト酸等)(第三欄末行及び第四欄一、二行)を使用しており、混合加熱の温度、時間においても第一引用例のものの場合に包含される約六六度C、約六分間(第六欄三、四行)のものを包含することが認められるから、両者の間に格別の差異は存しないものと認められる。

その上、前掲甲第三号証、第四号証によれば、第一引用例(第一頁右欄一一行~一九行)、第二引用例(「樹脂の選択と調整」の項)には、エポキシ樹脂における網状あるいは立体結合が進行するにしたがつて樹脂が次第に硬化して、加熱した時の流出の程度が小さくなることを考慮して、適当な半硬化の状態に在るものを選んで使用すべき旨の記載があることが認められるから、第一引用例の記載から、当業者が適当な中間段階の状態(本願発明にいう「半硬化状態に変えることなしに」の状態)を選択して樹脂粉末を調整することは必要に応じ容易にしうることと認めるのが相当であつて、この点に関する原告の主張は理由がない。

原告は、仮に実施例中に、多少の反応生起の可能性があつたとしても、本願発明の本質を失わせるものではないというが、前記のとおり、本願発明の樹脂粉末は、すでに硬化反応が生じて完全な硬化状態にまで進行する過程のある中間段階の状態に在るものを包含するものと解せられるから、その主張は当らない。

3 原告は、第一引用例と第二引用例の関係が明らかでなく、また、硬化反応移行の程度をどれ程にすべきかも示されていないから、第一引用例の半硬化状態から第二引用例の方法(流動浸漬法=流動化床被覆法)に使用する樹脂粉末の結合状態を決定することは容易でないと主張する。

しかしながら、前掲甲第三号証によれば、第一引用例は、発明者を武井武、長坂秀雄とする「溶射用エポキシ樹脂粉末の製造法」に係る発明を記載した特許公報であり、その発明は、「エポキシ樹脂に硬化促進作用を有するアミン化合物を添加し、溶剤を用いることなく加熱、混合し、半硬化の状態とし、これを冷却後粉砕することを特徴とする溶射用エポキシ系樹脂粉末の製造」であることが認められ、他方、甲第四号証によれば、第二引用例は、第一引用例の右発明者を含む四名の執筆に係る「流動浸漬法による樹脂の無溶剤塗布について」の記事で、その中には、「筆者らは溶射法における研究結果を基礎として取り入れ、本実験の原料を調製した。」(第四頁右欄下から五行~四行)、「無溶剤塗布法を大別すると、樹脂を直接加熱し、溶融軟化状態で、これを被塗布体に吹き付けて塗布を行う粉末溶射法と、あらかじめ加熱した被塗布体を粉末中に浸漬して塗布を行う浸漬法になる。」(第一頁左欄一七行~二〇行)との記載があることが認められるから、第一引用例と第二引用例が密接かつ具体的な関係を有することは明らかである。

そして、第一引用例のいわゆる「半硬化状態」から第二引用例の方法(流動浸漬法=流動化床被覆法)に使用する樹脂粉末の結合状態(適当な中間段階の状態)を選択することが当業者にとつて適宜、容易にしうることは前記2の項説示のとおりであるから、原告のこの点に関する主張も理由がない。

三 よつて、本件審決の取消を求める原告の主張はすべて理由がないので、本訴請求は失当として棄却することとする。

〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

エポキシ樹脂とそれの硬化剤とからなる貯蔵可能な樹脂粉末において、この粉末は、任意所望の形状の加熱された作業片に、流動化床被覆のような公知の樹脂粉末の吹き付け法または被覆法によつて適用するための急速に熱硬化性の、一時的に溶融可能な常態で固体の脆い、個々ばらばらな粒子の集団であり、しかも、この粉末は、

(1) 約六〇度C以上の融点を有する1・2―エポキシ樹脂と、加熱するとこれと相互反応して不融性の生成物を与える割合の潜在的、熱活性化可能硬化剤(ただし、いわゆる潜在的硬化剤のうち、その硬化作用を促進する促進剤と接触するとき六〇度C以下の温度においても硬化を進行させる硬化剤を除く。)と上記硬化剤及び必要に応じ上記エポキシ樹脂間の反応速度を増加する触媒作用を及ぼす促進剤とを、所望ならば更に濃化剤として働く充てん剤を加えて、半流動性塊を生ずるのに丁度十分な温度で、かつ、混合物を半硬化状態または熱硬化不融状態に変えることなしに均質な溶融可能な混合物を得るのに丁度十分な時間、一緒に混合し、

(2) 得られた混合物を急速に冷却して、室温で安定な固体の融解可能な形態にし、

(3) 得られた固体生成物を、次に約四二〇~四四μの範囲内の粒子サイズを有する粒状形に変えることによつて製造されたものであり、しかも、上記粉末は、約一五〇度Cの炉中で加熱すると三〇分以内に硬化不融状態にまで急速に進行でき、かつ、約一五〇度Cでの融着の間約六三mm以下の流出因子を有することを特徴とする貯蔵可能樹脂粉末。

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