東京高等裁判所 昭和51年(行ケ)80号 判決 1977年7月20日
原告
エスエス製薬株式会社
右代表者
森山喜由
右訴訟代理人弁理士
鈴江武彦
外二名
右訴訟代理人弁護士
寒河江孝允
被告
武田薬品工業株式会社
右代表者
小西新兵衛
右訴訟代理人弁理士
福田雅美
主文
特許庁が昭和五一年五月二五日同庁昭和四一年審判第四六一三号事件についてした審決を取消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実
第一 当事者の申立<省略>
第二 請求の原因
原告訴訟代理人は本訴請求の原因として次のように述べた。
一、特許庁における手続
原告は、片仮名で「ハイチオール」と左横書してなり(別紙参照)、指定商品を第一類化学品(他の類に属するものを除く)、薬剤、医療補助品とする登録第六八五六五九号の商標(昭和三九年四月二一日登録出願、昭和四〇年九月一四日登録、昭和五〇年一一月一一日存続期間更新登録。)について、商標権を有するものであるが、特許庁は、被告が昭和四一年七月一一日になした登録無効の審判請求に基づき、同庁昭和四一年審判第四六一三号事件として審理の結果、昭和五一年五月二五日右商標の登録を無効とする旨の審決をし、その審決謄本は同年六月二三日原告に送達された。
二、審決の理由
右審決は、右商標の構成及び指定商品を前項のとおり認めたうえ、大要、次のような判断を示している。
右商標の構成中、「チオール」の片仮名文字は、「thiol」、すなわち、催眠薬sulphonalの原料となり、石炭ガスの着臭、酸化防止剤などにも使用される化学構造上アルコール類似の化合物で、アルコールの酸素原子の代わりに硫黄原子の入つた化学物質(別名メルカプタン)の普通名称を表わしたものであり、かつ、「thiol」ないし「チオール」といえば、右のようなアルコール及びフエノールの硫黄類似体を指称するものである。また、同構成中、「ハイ」の片仮名文字は、英語の「high」を意味するものとして、最近においては普通名称の商品名等と結合させ、その商品等が上級ないし高級品であることを誇示するため、取引上広く使用されているものである。
従つて、右商標は「ハイチオール」と一連に表わされていても、これを指定商品に使用する場合には、取引者、需要者は、その構成中、「チオール」の文字が「thiol」すなわちアルコール及びフエノールの硫黄類似体を表わしているものと直感し、それ故に、これと結合されている「ハイ」の文字が「チオール」の品質を誇示しているものと認識するであろうと判断するのが取引上の経験則に照し相当である。すなわち、このような構成の右商標は、これを指定商品中、「チオール」に使用するときは、単にその品質を表わすにすぎないから、商標法第三条第一項第三号の規定に該当し、また、これを指定商品中、「チオール」以外の商品に使用するときは、その商品が「チオール」であるかのように品質についての誤認を生じさせるおそれがあるから、同法第四条第一項第一六号の規定に該当するものといわざるをえない。
よつて、右商標の登録は、商標法第四六条第一項第一号の規定により、無効とすべきものである。
<以下省略>
理由
一前掲請求の原因のうち、原告が商標権を有する登録商標について、その登録を無効とする旨の審決の成立にいたる特許庁における手続、商標の構成及び審決の理由に関する事実はいずれも当事者間に争いがない。
二そこで、右審決の取消事由の有無につき判断する。
同請求の原因のうち、三の(一)、(二)の事実は当事者間に争いがなく、右事実によれば、1 右登録商標は、これを構成する「ハイチオール」の文字が不可分一体に結合されているため、後記2の点と相俟つて、「ハイ」と「チオール」とに分離して観察したり、称呼したりすることを必然とする理由がなく、むしろ、外観上、一体として観察し、また、一気の称呼するのが自然であり、取引の実情にも合致すること、また、2 「チオール」の語は、卑近な化学用語と異なり、有機化学の分野においてアルコール及びフエノールの硫黄類似体を指称する極めて専門的な用語であるため、取引者、需要者が右商標の「チオール」の部分からそのような化学物質の観念を想起することは殆んどないことが推認される。
してみると、本件登録商標は、その指定商品のいずれに使用されても、商品の出所表示力、識別力に缺けるところがなく、従つて、商標法第三条第一項第三号または第四条第一項第一六号に該当するものとはいうことができないから、これと異なる考え方のもとに、その登録を無効とすべきものとした審決の判断は失当というべきであつて、審決は違法たるを免れない。
三よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条及び民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(駒田駿太郎 橋本攻 永井紀昭)
別紙<省略>