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東京高等裁判所 昭和51年(行ケ)91号 判決

一 取消事由(一)について

成立に争いのない甲第三号証によれば、引用例の発明の要旨は審決で認定されているとおりであると認められる。

原告は、発振器とは、自励振回路だけを指す用語であるから、引用例の発明の要旨の発振器も自励振回路を意味すると主張する。

一般に発明の要旨の技術用語の意味は、その用語の学問的に正しい定義もさることながら、それが一般にどのような意味で慣用されているかということや、明細書の詳細な説明および図面の全趣旨等を総合して確定されるべきである。

そこで、まず発振器という用語が一般にどのような意味で慣用されているかについて検討する。

(1) 成立に争いのない甲第五号証の一ないし四によれば、電気学会発行「電気工学ハンドブツク一九五一年版」の四・四・一発振条件および四・四・二発振回路の各項(二二六頁)において挙げられているのは自励振回路であることが認められる。

(2) 成立に争いのない甲第六号証の一ないし五によれば、オーム社発行「電子工学ポケツトブツク(JR版)」の第四章発振回路の三五七頁から三六一頁に記載されているのは自励振回路であることが認められる。

(3) 成立に争いのない甲第七号証の一ないし四によれば、オーム社発行「無線工学ハンドブツク」(第一版)の第七章発振理論の三六三頁から三六五頁に発振器として記載されているのは自励振回路であることが認められる。

(4) 成立に争いのない甲第八号証の一ないし四によれば、オーム社発行「無線工学ハンドブツク」(第二版)第八章発振理論、八・一発振機構の項(八―五四頁)に「電気振動回路は自励振動回路と他励振動回路に大別することができる。自励振動回路には調和振動回路と弛張振動回路が含まれ、普通これらを一括して発振器とよぶ」と記載されていることが認められる。

他方、次のような用例も認められる。

(5) 前記甲第八号証の一ないし四によれば、オーム社発行「無線工学ハンドブツク」(第二版)一・二矩形波発生回路、一・二マルチバイブレータの項(九―四頁)には、「二個の真空管またはトランジスタを用いて再生結合を行ない、その非直線特性を利用して二種の電気的状態の間を交互に電気的に跳躍させるし張(本判決注。弛張)発振回路であつて、安定状態の数により非安定、単安定、双安定いずれの形式も実現でき、矩形波発生回路、特殊波形の発振回路として広く利用される。」と記載されていることが認められる。

(6) 成立に争いのない乙第一号証によれば、特公昭四一―七二九三号公報において「単安定発振器」という用語が使用されており、これは他励振回路であることが認められる。

(7) 成立に争いのない乙第二号証によれば、実公昭四〇―一二八九八号公報には「トランジスタを用いた双安定マルチバイブレータは、周波数が安定しており、比較的良好な矩形波形が得られるので矩形波発振器としてよく用いられる。」と記載されていることが認められる。

(8) 成立に争いのない乙第三号証によれば、内田老鶴圃新社発行「電子回路原論」(第二巻)の三七五頁に「マルチバイブレータは、したがつて、本来は非安定型のものの呼び名であつたが、単安定、双安定のものも同じようにマルチバイブレータと呼ばれることも多い」と記載されており、また三七四頁には「特殊発振器は、波形発生機構上、単安定、双安定、非安定回路の三種類に分類される」旨記載されていることが認められる。

(9) 成立に争いのない乙第六号証によれば、オーム社発行「テレビジヨン工学ハンドブツク」の六―二六頁にはマルチバイブレータに関し「トランジスタ(あるいはFET真空管など)を二個用いた弛張発振器で、回路が持つ安定状態の数により、フリツプフロツプ(双安定マルチバイブレータ)、単安定マルチバイブレータ、無安定マルチバイブレータの三種類に分類される。」と記載されていることが認められる。

このような各文献における用法をみると、発振器または発振回路という用語は、自励振回路の意味で使用されることもあるが、他方単安定マルチバイブレータおよび双安定マルチバイブレータのような他励振回路を含めた意味で使用される場合もあるということができる。そして、後者の用法を誤用であるとする根拠はないから、結局、発振器という用語は、狭義では自励振回路のみを意味し、広義では、他励振回路をも含めた意味で使用されていると解するのが相当である。

そうすると、引用例の発明の要旨の「発振器」については、それが狭義の発振器、即ち自励振回路であると解するか、あるいは他励振回路をも含むものとして広義に解するかは、その明細書の発明の詳細な説明および図面の全趣旨から判断すべきであつて、このような検討を経ることなしに、原告が主張する如く、引用例の発明の要旨の発振器は自励振回路のみを意味すると速断することはできないといわなければならない。

そこで引用例について検討すると、前記甲第三号証によれば、引用例には、「発振器は、正弦波発振器であつても、帰線パルスにより制御されるフリツプフロツプであつてもよい。)」(二頁左欄八行目から一〇行目)と記載されていること、および引用例の発明の詳細な説明および図面を総合すると、右発振器は、最少限、水平同期パルスを入力して制御され、その<省略>周波数の出力を発生するという機能を要求されているにとどまり、自励振回路に限るという記載はないことが認められる。そして、前記甲第八号証の三、乙第三号証、乙第六号証、および成立に争いのない甲第四号証、乙第五号証並びに弁論の全趣旨を総合すると、フリツプフロツプという用語は、少くとも日本においては、双安定マルチバイブレータを意味するものと認められ、原告主張の如く、非安定マルチバイブレータを指す用法は、日本はおろか海外においてもないことが認められる。しかも、引用例に実施例として記載されている自励振回路を双安定マルチバイブレータに置き換えても引用例の発明の目的および作用効果の達成上格別に差異は生じないことは当事者間に争いないのであるから、引用例に記載されているフリツプフロツプは、他励振回路である双安定マルチバイブレータを意味するということができる。(なお原告は、引用例のフリツプフロツプが非安定マルチバイブレータを指すという主張の根拠の一つとして、引用例には、双安定マルチバイブレータのような他励振回路を如何にして自励振回路に似た形で使用するかについては何も説明されていないと主張するが、明細書には、発明に含まれるすべての実施態様についていちいち具体的にかつ詳細にわたつて記載しなければならないというものでないことは他言を要しないから、引用例に双安定マルチバイブレータを使用した具体的実施態様が記載されていないという一事をもつて、引用例のフリツプフロツプが非安定マルチバイブレータを指すということはできない。)

以上検討したところによれば、引用例に記載されているフリツプフロツプは、他励振回路である双安定マルチバイブレータのことであり、したがつて、引用例の発明の要旨の発振器は、他励振回路をも含めた広義の意味で使用されているということができる。したがつて、引用例の発明の要旨の発振器は自励振回路であること、引用例に記載されているフリツプフロツプは非安定マルチバイブレータを指すことを前提とする原告の主張は失当である。

二 取消事由(二)について

前記(一)で検討したところから明らかなように、引用例の発明の要旨の発振器を自励振回路に限定して狭義に解すべき理由はなく、他励振回路である双安定マルチバイブレータを含むものとして解すべきであるから、右発振器を自励振回路に限るという前提をとる原告の主張は前提自体失当であるから採用できない。

三 以上のとおり、本件審決には、原告主張の違法はなく、その取消を求める原告の本訴請求は失当であるから棄却する。

〔編註〕 本願発明の要旨および審決理由は左のとおりである。

カラー・テレビジヨン受像機中に設けられた複数個の色信号復調器のうちの少なくとも一個を、所定の線周波数で交番する受信入力信号と整合した状態で各線毎に切換えるためのスイツチの切換動作を制御するための回路であつて、上記線周波数のパルスに応動して上記スイツチの線周波数切換動作を制御するための二分の一線周波数制御波を発生する双安定マルチバイブレータ回路と、上記制御波および上記受信入力信号から引き出された電圧に応動して、上記制御波の位相を変化させるためにゲート回路に位相制御電圧を供給するための弁別回路とを具備し、上記ゲート回路は上記制御波の位相が正しくないときに上記双安定マルチバイブレータ回路の別の入力に信号を供給して上記制御波の位相を変更させることを特徴とするスイツチング制御回路

審決の理由

本願発明の要旨は前項のとおりである。

これに対して原査定の拒絶理由に本願発明がこれと同一であるとして引用された特願昭四二―三〇三二三号(特公昭四三―一六五七九号、特許第五三四九二二号)の発明の要旨は、その明細書および図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載されたとおりの、「走査線周波数で位相が切換えられた受信カラー同期信号から得られる走査線周波数の二分の一の周波数の識別信号が走査線周波数の二分の一の周波数で振動する発振器を同期しその出力電圧をスイツチの制御電圧として使用するようにしたカラーテレビジヨン受像機における走査線周波数スイツチを同期させる回路において識別信号と走査線周波数のパルスによつて同期された発振器の出力電圧とを位相弁別器において相互に比較しその出力調整量を制御電圧の位相が正しくないとき発振器に作用させその出力電圧の位相を変化させ又位相が正しいとき発振器を調整量に影響されないようにすることを特徴とするカラーテレビジヨン受像機における走査線周波数スイツチを同期させる回路」にあるものと認める。

そこで本願の発明(以下「前者」という。)と前記の原査定に引用された発明(以下「後者」又は「引用例」という。)とを実質的に比較検討するに、両者は共に、例えばPAL方式のように一走査線毎に色副搬送波の位相が反転するカラーテレビジヨン信号から色信号を復調する受像機において、色復調器に供給される基準搬送波の位相を走査線毎に反転させる際に、この基準搬送波と色副搬送波との間の位相関係を所定状態に保つための回路であることにおいて一致している。

そしてその構成において、線同期パルスに同期する二分の一線周波数発振器と、受信入力信号から得られた色搬送波の位相を示す電圧と前記発振器の出力を比較する位相弁別回路と、この弁別回路の出力により制御されて前記発振器の出力の位相が正しくないとき前記弁別回路の出力に応答して前記発振器の位相を正しい位相に変化させる手段を備えている点で、表現上の差異はあるが実質上両者は同一なものと認める。

しかしながら審判請求人も主張するように両者の間には一応次のような差異が認められる。

<1> 前者においては二分の一線周波数発振器として双安定マルチバイブレータを用いているのに対し、後者ではこの発振器の形式が特定されていないこと。

<2> 前記発振器の出力の位相が正しくないとき、前者においては位相弁別回路の出力によりゲート回路からこの発振器すなわち双安定マルチバイブレータの線同期パルスの入力とは異なる入力に信号を供給するのに対し、後者においては位相弁別器の出力を発振器に作用させる、というのみであること。

そこでこれらの差異について検討するに、前記<1>については後者の特許公報第二頁第八~一〇行目に「発振器は(中略)帰線パルスにより制御されるフリツプ―フロツプであつてもよい。」と記載されており、フリツプ―フロツプは双安定マルチバイブレータと同義であるから、前者は後者の自明の実施態様を特定したに過ぎず、この点によつて前者と後者とが別個の発明であるとは認められない。

前記<2>の点については双安定マルチバイブレータのどの個所に制御信号を印加するかは設計上の問題であり、前者のように線同期パルスの入力以外に制御信号の入力を設けることは前記制御信号の印加点との関連において定むべき事項に過ぎず、またこのような構成に基づく格別の作用効果も認められないので、この点においても両者が別個の発明を構成するものとは認められない。

なお審判請求人は審判請求書において、二分の一線周波数発振器として双安定マルチバイブレータを用いたために発振位相を瞬時に正しい位相に合せることができる、と主張しているが、前記の相違点<1>について述べたように双安定マルチバイブレータを前記発振器として用いることが後者に記載されている以上この主張は採用し得ないものであるが、後者における前記発振器ないしはその関連する回路等を適切なものとすれば両者の間に実用上格別の作用効果の差異を生ずるものとは考えられない。

以上のとおり審判請求人の主張するところはいづれも採用するに由なく、本願発明と前記先願の特許発明とは同一な発明と認められるから、これを特許法第三九条第一項の規定により特許することができないとした原査定は妥当なものと認める。

技術事項

(一) 非安定マルチバイブレータは自励振回路であり、単安定マルチバイブレータおよび双安定マルチバイブレータは他励振回路である。

(二) 引用例に実施例として記載されている自励振回路を双安定マルチバイブレータに置き換えても、引用例の目的および作用効果に差異はない。

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