東京高等裁判所 昭和51年(行コ)10号 判決 1977年6月27日
控訴人 高安安寿
被控訴人 小石川税務署長
訴訟代理人 渡辺等 海老沢洋 ほか二名
主文
本件控訴を棄却する。
控訟費用は控訴人の負担とする。
事 実<省略>
理由
一 請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。
二 本件更正処分の所得金額中、被控訴人主張の一時所得或いは譲渡所得の有無及び金額について検討する。
1 原告が東京都中央区人形町一丁目一番地一に所在する五階建の本件ビル内の一室である本件事務所(約三三平方メートル)を昭和一四年頃から賃借し、法律事務所として使用していたところ昭和四三年九月頃、貸主から明渡を求められ、家屋明渡移転補償金名義で一〇、〇〇〇、〇〇〇円を受領して、同年一二月二五日に明渡したことは、控訴人の明らかに争わないところである。
2 <証拠省略>を総合すると、次の事実を認めることができる。
本件ビルの所有者であり、控訴人に対する本件事務所の賃貸人であつた訴外株式会社トンボ鉛筆(以下トンボ鉛筆という)が、本件ビルを訴外株式会社古一堂及び同伊藤常次郎の両名に売り渡そうとしたが、右両名から本件事務所を控訴人が明渡さなければ買えない旨言われ、控訴人に交渉したが控訴人から拒絶され、訴外株式会社かじやま商事の代表取締役梶山秋男に控訴人に対する右明渡方の交渉を依頼した。梶山秋男が、控訴人と交渉したところ、控訴人は、他に法律事務所を借りて移転し本件事務所を明渡すとすれば、本件事務所のようにビルの一階の事務所を賃借するため支払う権利金として一〇、〇〇〇、〇〇〇円を要するであろうと述べた。梶山秋男は、本件事務所と同程度の事務所を探したが見つからず、前記金額をトンボ鉛筆に伝えたところトンボ鉛筆は右金額を承諾した。明渡時期についても控訴人はトンボ鉛筆の明渡より遅い時期を希望したので、右金額のうち二、〇〇〇、〇〇〇円をトンボ鉛筆が、残八、〇〇〇、〇〇〇円を前記買受人両名が、控訴人に支払う約束をしたが、実質的な出担は前記買受人両名がなしたのであつて、右金員は、控訴人が本件事務所賃借権を消滅させる対価としての性質を有する(この点は<証拠省略>の記載からも明らかである)。
以上の事実が認められる。
3 右認定事実及び前掲各証拠によると、本件事務所賃借権は、金銭に評価することができる(現実に有償譲渡の可能性がある)ものということができ、従つて所得税法(昭和四六年法律第一八号による改正前のもの)三三条一項にいう資産に該当すると解することができる。
なお、資産の所有者にとつて、相手方のために有償で資産を消滅させるのと、有償でそれを譲渡するのとでは、経済的効果に差異はないから、同項の資産の「譲渡」には権利放棄等により資産が消滅する場合をも含むと解することができる。
そうだとすると、前記認定の一〇、〇〇〇、〇〇〇円全額が、
譲渡所得の基因たる収入であるということになる。
そしてこれが譲渡所得に該当する以上、同法三四条一項にいう一時所得とはなりえない。
4 控訴人の、本件補償金が課税所得でないとの主張及び一時所得として課税した処分について譲渡所得であると主張することは違法であるとの主張に対する当裁判所の判断は、原判決理由二の1の(二)(原判決書一一枚目表一〇行目から同一二枚目表七行目まで)及び日(原判決書一二枚目表八行目から同裏九行目まで)に説示するところと同じであるから、これを引用する。
5 控訴人の控除の主張に関する当裁判所の判断は、原判決理由二の1の(四)(原判決書一二枚目裏一〇行目から同一三枚目表一一行目まで)に説示するところと同一であるから、次に付加訂正する外これを引用する。
(一) 控訴人主張の自宅を増改築した工事代金は、控訴人が本件事務所の賃借権を消滅させることに直接関係する経費ではないから、同法三三条三項にいう譲渡に関する経費には該当しない。
(二) 原判決書一三枚目表八行目に「法三四条三項」とあるのを「法三三条四項」と訂正する。
6 控訴人が本件事務所立退きのために、ガス工事、ガス器具購入代金五六、六五〇円、暖房器具購入費一〇、〇〇〇円、電話移転費八、〇〇〇円、移転通知費一三、七五〇円及び移転費用二〇、〇〇〇円、計一〇八、四〇〇円を出捐したこと、それが立退に直接要した費用であることは、控訴人が明らかに争わないところである。
7 そうすると、譲渡所得金額の計算は、次のとおりとなる。
収入金額 一〇、〇〇〇、〇〇〇円
経費控除額 一〇八、四〇〇円
特別控除額 三〇〇、〇〇〇円
残 九、五九一、六〇〇円
三 事業所得に関する当裁判所の判断は、原判決書理由欄の二の2に説示のとおりであるから、これ(原判決書一三枚目裏五行目から同一四枚目表六行目まで)を引用する。
四 以上の理由によれば、控訴人の総所得金額は、所得税法二二条二項二号により譲渡所得金額九、五九一、六〇〇円の二分の一に相当する四、七九五、八〇〇円と、事業所得金額三四〇、一五〇円との合計額五、一三五、九五〇円となり、被控訴人のなした本件更正処分(国税不服審判所所長の裁決により一部取消された残余の金額)は適法というべきである。
五 そうだとすれば、原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法三八四条一項によりこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 岡松行雄 園田治 木村輝武)