大判例

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東京高等裁判所 昭和52年(う)1040号 判決

被告人 飯田恵久

〔抄 録〕

原判決はその挙示引用の証拠により被告人に対する原判示殺害の故意を認めているのであるが、被告人には本件犯行の態様等からみて殺意のなかったことは明らかであり、原判決はこの点において事実誤認のかしがある、というのである。

記録並びに原裁判所が取り調べた証拠、特に、被告人の司法警察員に対する供述調書、鹿中和子の検察官に対する供述調書、被告人が本件犯行に用いた兇器の性状、創傷の部位、程度等によれば、被告人の原判示鹿中和子に対する原判示殺人の確定的故意を認められないわけではない。然しながら、原判決挙示引用の証拠に、当審における事実調の結果、特に、証人鹿中和子の当公判廷における供述によれば、以下の事実が認定できる。すなわち、被告人は、昭和三九年九月ころ原判示の鹿中和子と知り合い、同棲をはじめて、内縁関係に入ったが、昭和五一年一〇月ころから和子の入籍問題をめぐって争いを生じ、同女との間で別れ話が出たこと、被告人は、本件犯行当時実父の死亡により精神的ショックを受け、加えてその遺産分割をめぐって親戚間に意見の対立もあったことから懊悩、煩悶し、不安定な精神状態にあったこと、たまたま原判示昭和五一年一二月三日午後一時ごろ、同女から原判示の預金通帳のことで冷淡な態度をとられ同女がその所有する預金通帳を被告人に処分させることにつき不満の気配を示したところから、同女の態度にいたく憤慨し、同女の休んでいた部屋の隣室応接間の机の上にあった金属部分約一〇・七センチメートルの原判示工具用錐を用いて同女の顔面、胸部等を約二〇回にわたって突き刺したこと、当時被告人と和子との間に前記の如く別れ話は出ていたものの両人間の対立はそれほど深刻、決定的なものではなく、従来の一〇年余の内縁関係をずるずると継続していたもので、特に、本件犯行に近接した時期において両人が金銭問題で争った形跡は認められないこと、なるほど和子は、被告人から預金通帳と印鑑を出すようにいわれて、自室三畳間の布団に横臥したまま「しまってあるよ」と答えただけで、被告人の要求に応じ素直にこれらを出そうとはせず、同女の態度に不貞くされた拒否的なところがあったとしても、同女は従来被告人の要求に応じて預金を出してやっており、特にそのことで被告人に不満を示すとか、被告人の要求を拒否してきたという事情は証拠上窺われないのであり、同女の右拒否的態度が直ちに被告人をして同女を殺害しなければならないと思い込ませるほどの事情とは認められず、本件はあくまで犯行直前に示された和子の前示冷淡な態度に被告人が憤激したため、と認められるのであるが、反面、和子の方で被告人の憤激を助長するとみられる言動もなく、被告人が当時金の必要性に追われていたという格別の事情も認められないこと、次に、和子は被告人が原判示錐を持ち出して攻撃しかけてくるのを認めるや直ちに厚さ数センチメートルの冬の掛布団をかぶって全身をおおい避難したもので、同女の受けた創傷の部位が胸部等身体の枢要部に生じていること、しかもその一つは肺刺創の生命の危険をもたらすほどの重大なものであったこと、以上の事実が認められる。そして、一方、被告人において、特に意識して同女の身体の枢要部を目がけて突き刺したという証拠はなく、被告人としては憤激の情に駆られるまま右布団ごしに原判示錐を用いて和子の身体をただ目茶苦茶に約二〇回突き刺したものと認められること、そして、その攻撃の力はかなり大きなものがあったことが認められるのである。

右の事実関係に徴すれば、被告人が原判示の如く確定的に和子の死の結果を認識認容して本件犯行に及んだものと認定するには合理的疑いを抱かざるを得ず、被告人が昭和五一年一二月四日付司法警察員に対して語っている確定的故意についての自白は信用し難く、むしろ同年一二月一一日付検察官に対する供述調書で被告人が述べていることの方が被告人の真意を語っているものと認められるのであり、被告人の和子に対する攻撃力の強さ、攻撃の回数、創傷の程度使用された兇器の性状等に鑑みるときは、本件において所論の如く被告人に殺意がなかったと認定することはできないが、さりとて、原判決認定の如く確定的故意に出た犯行と断ずることには前説示のとおり合理的疑いを容れ、むしろ未必的殺意に出たものと認めるのが相当である。

(谷口 金子 小林)

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