大判例

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東京高等裁判所 昭和52年(う)1221号 判決

被告人 橋口孝一

〔抄 録〕

2 次に、被告人が原判示川崎清暄に対し、原判示日時、場所において、原判示のごとき暴行を加えたことは、記録並びに原判決引用の証拠上明らかであるが、被告人の右暴行が果して窃盗犯人として、「逮捕を免れる」ためになされたものかどうか、川崎において被告人を窃盗犯人として逮捕する意思であったかどうかについて、検討を加える。

さて、原判決引用の川崎清暄の原審第二回公判調書中の供述部分によれば、被告人が前記畑の中で立ったり、しゃがんだりしており、近くの路上に尾灯をつけたまま駐車中の自動車を、たまたま、目撃した川崎清暄は不審を抱き釘が打ちつけてある長さ六〇センチメートル位の棒を持って被告人に近づき、路上からいきなり「何してんだ、この野郎。」と怒鳴りつけたところ、被告人は大根一本を手にして道路上に出て、一度は、「すみません」と謝ったが、川崎が聞き入れなかったため、被告人において「落ちてる大根を拾ってんだ。捨ててあるものを拾って何が悪いんだ。」などと怒鳴り返し、川崎に喰ってかかる態度を示し、さらに被告人が酒を飲んでいることに気付いたため、川崎は、「酒を飲んで車を運転して良いのか悪いのか」などと、咎めたところ、被告人が素直に謝らず、「酒飲んでいるのはお前に関係ない。」などと応酬し、険悪な空気となったので、被告人の態度に憤慨した川崎が、「酒を飲んで車を運転し、人の大根を盗むとは何事だ。お前のようなやつは警察につき出してやる。逃げるんだったら逃げてみろ、ナンバーだって覚えてるから。」と被告人を怒鳴りつけたところ、被告人が手に持っていた大根を返して行くからなどと一応謝罪するふりを示したが、その謝罪の仕方が気に入らなかった川崎は、前記棒に釘が打ってあることを示しながら「明るいところに来い。」と被告人に申し向けたところ被告人がこれを聞き入れず「車の中で話をしよう。」などといったため、川崎は、被告人の襟首をつかんで、前記畑の道路をへだてた北側の川崎方の門口のところまで引張って行ったところ、同所で被告人が同人の顔面を手拳で一回殴打したのをきっかけとして、以後同人に対し、原判示の暴行をくり返えしたが、川崎はその間二度ほど被告人から「もうやらないからやめてくれ。」との申出を受けて被告人を押えた手をはなし、また、被告人からの右暴行が行われている間、これに対抗して、被告人を電柱に押えつけたり襟首をつかんで引きずったほか、被告人が右のように「もうやらないから。」などといって暴行を一時中断したのち、再び被告人が暴行に及ぶや、被告人を路上に押えつけたりしたが、川崎としては終始被告人が自己の非を認めれば忠告して帰えしてやる積りであったことが認められる。

ところで、川崎清暄は、原審第二回公判廷において、「一時被告人を警察に突き出そうと思った」旨供述し、又同人の検察官に対する供述調書には原判示に副う供述記載も存し、他方、窃盗犯人たる被告人の右暴行行為が窃盗の直後行われたことを考えると、被告人が原判示のごとく窃盗犯人として逮捕を免れるために川崎に対し原判示の暴行に及んだものと認定した原審の措置を強ち首肯し得ないわけではない。

しかしながら、川崎の原審第二回公判廷の供述を仔細に検討すると、同人は、被告人を一時警察に突き出してやろうという気持があった旨供述する一方、前記畑の中の被告人を見咎めて「何してんだ、この野郎」と怒鳴りつけたのは、必ずしも被告人を窃盗犯人と確認しての言葉ではなく、まず声を掛けて、意見すべく考えて発した言葉であり、「酒を飲んで車を運転し、人の大根を盗むとは何事だ。お前のようなやつは警察につき出してやる。逃げるんだったら逃げてみろ、ナンバーだって覚えてる。」「明るいところに行こう。」などと怒鳴りつけたのも、被告人の謝罪が単なる言葉のうえだけのもので、しかも被告人が謝罪するそばから前記のように反抗的言葉をもって怒鳴り返す態度に出たため憤慨し、被告人を脅し且つ意見するためであって、真実被告人を逮捕するつもりはなかった旨供述しており、同人は、当審における証人尋問調書中においても、被告人を逮捕する意思、ことに、窃盗犯人として逮捕する考えのなかったことを明言し

また、被告人の襟首をつかんで右川崎方門口の方に連れて行こうとしたことについても、暗い所では何をされるか不安があったからで逮捕の意図に基くものでなかった旨供述しているのである。更に、被告人の暴行が開始されてからの川崎の行動も、腕力に自信のある同人が被告人の暴行に対応し、これに反撃するといった形態をとっていることを知ることができるのである。しかも、川崎は、被告人が暴行をやめた後、同人の妻から、警察に連絡した旨聞かされると、被告人に対し、警察官がくる前に早く逃げろなどと申し向けているのである。そして又、川崎は妻の急報で現場に来た警察官に対しても被告人を窃盗犯人として逮捕しようとしたとの事情については何ら説明することなく、現場でつかみ合いの口論となった旨申し述べているだけであり、一方、被告人としても窃盗犯人として逮捕されそうになったので、逮捕を免れるため川崎に対して原判示の暴行に及んだことについてはこれを争い、被告人としては川崎が高圧的に被告人を泥棒ときめつけたので憤慨し、さらに、酒飲み運転として警察に突き出すというので癪に触わって原判示暴行に及んだと終始供述しているのであって、以上の各事実によれば、川崎が被告人を窃盗犯人として逮捕しようとし、被告人において右逮捕を免れるため原判示の暴行に及んだものと断定するについては、やはり合理的疑いを容れる余地がある。

以上の次第であって、原判決が本件を窃盗犯人が逮捕を免れるため原判示川崎に対し原判示暴行傷害を加えたものとして、強盗致傷と認定した措置には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるものというべく、原判決は破棄を免れない。

(谷口 金子 中野)

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